205. 残念な結末
僕たちは決断を下せないまま誕生日の日を迎えていた。
アンジェラの配慮で、ライナはマリアンジェラとお揃いの淡い紫のドレスを作り着ていくことになった。
僕も同じ生地でシンプルなワンピースを作ってもらった。リリアナは赤味の入った紫で同じデザインのワンピース。
ミケーレとアンジェラとアンドレは白地に黒のアクセントがあるスーツだ。
プレゼントは、親族の誰に渡ってもいいようにあの黒い羽のデザインの指輪とイヤーカフ、そして腕輪にした。アンジェラがやり直す前の事を覚えていて、フィリップの母方の遠縁の職人さんに専用の鉱石とデザイン画を送り、加工してもらったものだ。
なんだか懐かしい感じだ。
あの時は父様に地下書庫で殴られて、人生を終わらせる決心をしたのだった。過去を変えた後の人生とは別物なので、あまり深く考えないようにしているが、僕が死にかけたのは今回の人生でも同じことだ。
服を着替え準備をしているときに、マリアンジェラがリリィになっている僕の側にきた。
「ママ、こっち見て。」
「ん?」
ちゅっとおでこにキスをされた。僕の全身が白い光であふれた。
「マリー、これ何?」
「ママが幸せになれるチューよ。」
よくわかんないけど、何かしたみたいだ。愛の女神はやることが謎だらけだ…。
マリアンジェラは同じ部屋で着替えていたライナにも同じようにおでこにキスをした。
ライナの体も白く光った。
ライナは『???』わけがわからないという感じだったが、悪い気はしなかったようだ。
でも、その直後にマリアンジェラの爆弾発言が落とされた。
「ねぇ、ライナ。うちのママはね、ライナのママじゃないのよ。だから皆の前でそんなこと言っちゃだめよ。そして、あなたの持っている写真に写っている人が今日来るから、その人の前で言いなさい。『パパ、ママ会いたかった。』って。」
「何言ってるのマリー、おじいちゃん怖いから、そんなことしたら…。」
「ママは黙ってて。いい、ライナ。言うときに二人の手に触れなさい。同時によ。
私の力で、あの人たちに真実を突き付けるから。それで、どうするか見極める必要があるわ。いい、わかった?」
「うん。わかった。」
僕は、どうしていいかわからなかった。でも、マリアンジェラは特別な子だ。
きっと従った方がうまく行く、根拠のない確信が僕の中に芽生えた。
僕もフォローするつもりで、言った。
「ライナ、僕が調べた限り、君が生まれていたことさえ彼らは気づいていなかったんだ。今日、それを知ってどうなるかはわからないけど、君のしたいようにしたらいい。彼らと一緒に生きていくことを選んでもいいし、ここで僕達と生きていくことを選んでもいい。でも、僕は君の兄であり、母ではないんだ。」
「兄?」
「そう、僕は男なんだよ。君のお兄さんだ。君と同じ時に生まれたんだよ。」
「え???」
やはりわかっていなかったようだ。少し動揺したようだったが、理解したようだった。
約束の時間の少し前に、リリアナとマリアンジェラに転移を頼み、僕はドイツのマルクス達のところへ行った。
今日は、彼らも久しぶりに集合予定だ。フィリップとマルクスとルカとニコラス、彼らはドイツの薬局のチェーン店と商船会社を切り盛りしている実業家だ。
「迎えに来たよ~。」
そう言って事務所の中の書類庫から出た。
三人は着替えの真っ最中。
「え?何?コスプレ?」
四人が教会の司教と司祭服で統一していた。
「え、そうコスプレ大会だって聞いたからさ。ニコラス司教とその他司祭、全員同じ顔バージョン。」
「結構インパクト強いわ。つーか、誰、その情報流したの?」
「徠央だよな?」
くーっ、結構おバカなんだけど、うちのおっさん達…。笑いをこらえて四人の手を取り徠神の店のVIPルームに転移する。
先に来ていたリリアナとアンドレ、アンジェラ、ミケーレ、マリアンジェラ、ライナが四人の衣装を見てギョッとする。
「すっごーい。」
ミケーレがポジティブな反応をすると、おっさん達が調子に乗った。
「ははん、うちの王子は、この衣装お気に召したかな?」
「カッコいー。」
「だろ?」
その横で、おとなしい性格のルカがライナをガン見している。
「この子、誰?」
うちの家系は基本女の子はいないのだ。僕が女になっている時と、僕の別個体のリリアナ、そして僕とアンジェラの娘マリアンジェラのみだ。
「あとで、説明しますね。」
僕はそう言って、その場を取り繕った。
約束の時間になり、店が貸し切りで通常のお客を出したあと、未徠夫妻が車いすに乗った左徠を伴い、徠夢、そして北山留美が到着した。
店では徠神、徠央、徠輝、アズラィールが業務を終えて、パーティーの準備を進めていた。これで全員揃ったことになる。
店の大ホールに集まり、皆それぞれに挨拶をする。
そこへ、徠神がパーティー開始の宣言をするために出てきた。
「みなさん、遠いところ、あるいは近いところからお越し下さりありがとうございます。ぜひ楽しんで行って下さい。お会計はうちの偉大なる弟君に後でお渡ししますので、よろしくお願いいたしまーす。」
ひどい兄貴である。
皆がそれぞれ好きなものを飲み、好きなものを食べ、好きなことを話している中で、やはり目を引いたのは、左徠だ。
左徠が無事だったことを皆心から喜んでくれた。そんな中、徠神が口を開いた。
「それで、どうして助かったとかわかってないんだろ?」
「あ、ええ。そうなんです。気絶していて、気づいたら大理石でできた部屋に…。
そこにどれくらいいたかもわからなくて…。」
「まぁ、とにかく無事でよかった。」
そんな風に、皆が声をかけてくれた。
そして、他に注目を集めたのが、リリィだ。アズラィールが近づいてきた。
「リリィ、ドアを壊しちゃった時はごめん。なんだか事情を知りもしないで、決めつけて怒っちゃって…。僕が悪かったよ。」
「あ、あぁ、もういいよ。済んだことだし。おかげですごく不思議な体験ができたよ。」
そこにアンジェラが割って入る。
「全く、父上のやったことは殺人未遂だぞ。謝って済むことではない!リリィはそのせいで死にかけたのだからな。」
アズラィールはとても反省していた。命の恩人でもあり、一番の親友だと思っていたライルにひどいことをしてしまったのだ。
少し話し声も落ち着いてきたところで、ルカがまたライナを指さし、聞いた。
「ねぇ、あの子は誰なの?」
その時、マリアンジェラがライナの背中を押した。
ライナがよろよろと前に進み、徠夢と北山留美が立っているところに行った。
そして、二人の手を取って言った。
「パパ、ママ、ずっと会いたかった。」
どよめきが起こった。それと同時に、マリアンジェラの仕込んだ能力が発動した。
徠夢と留美の頭の中に、留美の出産が再生された、留美から見たもの、助産師見習いから見たもの、そして、ライナがどうやって生きてきたかを一瞬で叩き込んだ。
「わーっ。」
大きな叫び声をあげ、徠夢がライナの手を振り払った。
留美はライナの手を放し、その場でしゃがみこんだ。
二人はライナに声をかけるどころか、化け物でも見るような目で、後ずさった。
「おいで。」
僕は、ライナに手を差し出した。
ライナは泣きながら、僕に抱きついてきた。
「ごめん、ライナ。最初から僕が君のママになればよかったね。」
ライナは返事をしなかった。ただ悔しくて泣いた。
僕はライナだけを連れ、イタリアの家に帰った。
ライナを子供部屋で寝かせ、しばらく添い寝をした。
嫌な夢を見ないように、夢を操作した。最初からうちの子に生まれて、5人で楽しく暮らす夢だ。今は、こんなことくらいしかできなくて、ごめん。
誕生日の会場では、徠夢と留美を未徠がひどく責めていた。
たとえ知らなかったとはいえ、自分たちの子供をあんな扱いするなんて、人間じゃないとまで言われていた。遅かれ早かれきっと同じ結果になったであろう、アンジェラも未徠達も徠夢と留美にはライナを任せることはできないと感じていた。
ライナの事でしらけながらも、他の者は食事をし、二時間ほど皆で過ごした。
アンジェラ達が帰宅したときには、日本時間では午後十時、イタリアでは午後三時だった。ライナを寝かしつけたリリィが子供部屋から出てきた。
「アンジェラ、ごめんね。途中で帰ってきちゃって。」
「大丈夫だ。こっちにおいで。」
子供たちをアンドレ達に任せ、アンジェラは僕を抱きしめてくれた。
僕はアンジェラを連れてユートレアの王の間に転移した。
僕が泣き疲れて眠るまで、アンジェラは僕の頭を撫でてくれた。
朝、目が覚めたら僕とアンジェラの間には子供たちが眠っていた。
夫の美しい横顔と、二人のかわいい寝顔を見て、幸せを感じる。
さあ、まだやらなければいけないことだらけだ。泣いてばかりはいられない。




