204. 葛藤
自宅に帰るとちょうどお昼寝を終えたマリアンジェラとミケーレがサンルームで遊んでいた。
「ただいま~。」
「「おかえり~。」」
僕がサンルームに入っていくと、マリアンジェラとミケーレが走って抱きついてきた。
僕は二人を抱っこして家の中へ、キッチンでは子供たちのおやつの準備をしているアンドレとリリアナがいた。
「二人ともありがとう。助かった。」
「大丈夫よ。特に何もしていないし、見てると面白いから。ふふっ」
「え、面白い?」
「面白いわよ。ミケーレはアンドレの小さい時にそっくり。王子様って感じで…。」
「リリアナ…。」
はい、ごちそうさまで~す。僕はそーっとその場を後にした。この二人も近いうちに子供を持つんだろうな…。そういう場合、また双子なのかな?すごいにぎやかになりそう…。
おやつの時間、子供達とライナをダイニングテーブルに座らせて今日はプリンを食べる。
「一人一個だよ。ホイップのせたい人、手上げて~。」
「「あーい」」
マリアンジェラとミケーレとアンジェラが手を上げる。おい、おい、子供か!
「ライナはホイップいらない?」
「…。」
ホイップわからないか…。スプーンにちょっとのせてライナの目の前に出してみる。
「ライナ、ホイップの味見してみて。おいしかったらプリンにのせてあげるから、ほら、あーんして。」
口を開けたので、スプーンを口に突っ込む。
ライナが僕を見上げて目を見開いた。目がキラキラ…。
「のせる?」
ライナは黙ったまま頷いた。僕はホイップをにゅ~と出して、プリンにのせてあげた。
「あははは…ママへたっぴ。」
ミケーレに言われた。
「え?へたっぴ?」
「ぎゃははは、それ、犬のうんこみたい。」
「うひょひょ~、犬の…う、」
僕はすかさずミケーレの口を手でふさぐ。そして窘めた。
「君たち、食べ物をそういうたとえはやめなさい。」
「パパ、マリーのはパパがやってぇ。」
「ミケーレのも、パパがやってぇ…。」
アンジェラが笑いをこらえるのに必死の様子で、僕からホイップを奪い取った。
丸く絞って上に形よく絞り出されたそれを見て、マリアンジェラが言った。
「パパ、お上手、宮殿のお屋根みたいね~。」
「ライナのもパパが直してあげてぇ。」
ミケーレが言った。アンジェラも黙ってやってあげた。
ライナは目をぱちくりして、黙ってプリンを口に運んだ。
少しずつ、子供たちに慣れてきたようだ。
その翌日5月5日火曜日祝日、お爺様の都合に合わせて朝霧邸を訪ねることにした。
ついでに、アンドレとリリアナと子供達とライナに徠神のレストランで夕食をとっていてもらう。ライナ、初めての外食だ。
自分の両親だと思われる写真に写っていた男性に似た金髪・碧眼の男の人ばかり何人も出入りして料理を運んでくれる。
ライナはドキドキした。そこに、ミケーレが話しかけてきた。
「ここにいる人たちは、みんな親戚だよ。でもライナのパパじゃない。」
「…。パパはどこ?」
「ライルがさがしてるから、まってあげて。」
「うん。」
ライナはリリィ(ライル)がお母さんでアンジェラがパパだったらよかったのにと思っていたが、やっぱり違うんだと少しがっかりした。
アンジェラとリリィになった僕は、朝霧邸の地下書庫で、祖父母に鍵をかけて会っていた。
まず、出生の詳細をデリアの記憶から未徠夫妻に見せる。
お婆様は泣き崩れた。
「こ、こんなこと…。あっていいことじゃないわ。」
「私たちも驚きました。あまりにも不幸で、不運なことが重なって…。」
アンジェラが、言葉を詰まらせながら話し続ける。
「本来であれば、このデリアの記憶と、留美の記憶、そして、ライナの記憶を徠夢と留美に見せて、不幸な偶然から孤児となってしまったことを受け入れさせ、ライナの養育を実の親である彼らが担うのが筋かと思います。」
「そうだな。」
お爺様も同意し、お婆様も首肯した。
「しかし、これは私たちの意見ですが、あの二人がライナを大切に育てることができるのか疑問です。一番重要なことはライナが幸せだと感じられる環境ですから。」
「最もな意見だ。だが、現実として本当の親がいるのに、知らせず、会わせないわけにもいかないだろう。」
お爺様もアンジェラの意見は理解しつつも、知らせないわけにはいかないと主張した。
「では、いつ彼らに知らせたらいいでしょう。」
僕はなるべく決断を未徠にさせようと考えていた。ライナは祖父母の孫でもある。
行き場がなければ僕とアンジェラで面倒を見ることになってもいいと思っている。
でもそれは最終手段だというのも僕たちの本音だ。
「早い方がいいんじゃない?でも、ライナに先に聞いてからの方がいいかもしれないわよ。」
お婆様がそう言った。
「どんなことを聞くんですか?」
僕が聞き返すと、お婆様は慎重に言葉を選んでいった。
「ライナがどこまで理解できるかわからないけど、この記憶を見る限り。どこにも悪意はなかったと思うのよ。助産師見習いさんは留美の事や、死にそうだと思った赤ちゃんの事を考え、留美はその子の存在すら把握していなかった。そんな自分の存在に気づいていない親に会いたいのかも本人に確認してあげた方がいいと思うの。」
僕は混乱した。
「本人がいくら把握していなくても、この世に送り出した責任があるでしょう。
存在に気づいていないなら、僕らが知らせて、遅くても自ら責任を取るべきだと思います。彼女がどれだけ親を求めているのか、考えるだけで辛いよ。そして、決断は早い方がいい。」
僕が感情的に言ってしまったせいもあり、皆黙ってしまった。
とりあえず、話し合いを保留にして祖父母とアンジェラと僕は徠神の店でみんなと合流して、夕食を一緒にとることになった。
歩いて朝霧城跡へ向かう。道すがら、アンジェラが口を開いた。
「来週月曜日に皆の誕生日なんですが、今年はどうしますか?」
僕は、そう言えば言い忘れてたと思い。それに答えた。
「あ、やるなら徠神の店で夕方から貸し切りがいいって、アズラィールと徠神が言ってたよ。」
「え?どうしてだ?」
「自分たちも参加したいからだろうね。仕事は休めないけど、貸し切りなら仕事してるうちに入るってことでしょう。」
「高くつきそうだな。」
「確かに、売り上げに貢献しそうだね。」
「そういえば、左徠の具合はどう?」
「そうだ、言うのを忘れていたよ。左徠は失踪していたことにして失踪中の記憶がないと診断され、少し休んでから大学の研究職に戻りそうだ。」
「そうか…。よかった。」
「ただな、私と双子なのに、年齢が開いてしまってその言い訳ができず、病院でかなり検査されたんだ。結局、DNAまで検査され、私と一卵性双生児だと判断されて納得してもらったがな…。」
「そっか、大変だったね。」
「あ、そうだ。ライナも誕生日に連れてこよう。」
アンジェラが言った。
「まぁ、そうだね。」
合流後、皆でたくさん食べ、いっぱいおしゃべりをした。
お店はすごく順調で、スィーツのネット通販も始めるそうだ。
「すごいね、徠神。成功の秘訣は?」
「そりゃ、お前、この美貌だろ~。」
「ぎゃははは、らいじんおじちゃん、それ、ウケる。」
ミケーレの発言に、マリアンジェラがかぶせる。
「何言ってるのよ~、うちのパパに比べたら、らいじんおじちゃんは、犬のう…」
僕はマリアンジェラの口をふさいだ。
「マリー、それやめて。」
皆、大笑いで和やかに時間は過ぎて行った。ライナは僕の横に移動してきてちょこんと座ったまま、取り分けられた食べ物をゆっくり食べて、皆を観察していた。
途中、ライナは僕の袖を引っ張って、もじもじしていた。
「どうしたの?」
「ママ、おしっこ。」
え?ママって呼ばれちゃった…。ははは…。わざと誰も聞かなかったライナの事を、ライナが僕の子供だと宣言しているように言った。
まぁ、仕方がない、トイレが先だよね…。ライナをトイレに連れて行き、手を洗って戻ってきた。アズラィールと徠神と徠央が、ものすごく僕とライナをガン見している。
「あはははは、みんなの視線が痛いな…。」
後で説明しないと…。僕が浮気したみたいじゃないか…。




