203. 出生の詳細(3)
迎えの車の中で、デリアの記憶を僕から渡されたアンジェラは悲鳴にも近い様な声を上げた。
「な、なんてことだ…。」
僕が取り込んだデリアの記憶は衝撃的だった。
従妹のリンダに電話で呼び出され、車で片道4時間かけて行ってみると、未婚の女性が陣痛で苦しんでいた。どうして病院に行かないのかと問いただしたが、リンダは彼女から子供の父親の事を聞いていないという。何か訳があったのかきっと頼れる人がいなかったのか、そう思って緊急を要することには変わりなかったため、手助けすると決めた。
出産にはそれほど長い時間がかからなかったが、子供は男の子で金髪、体は普通の赤ちゃんの半分ほど、後から妊娠期間が7カ月ほどだったと聞いて納得した。
そこで、デリアは不思議な体験をする。
その赤ちゃんをきれいなシーツの中に取り上げた時のことだ、赤ちゃんの体が一瞬金色の光の粒子に包まれ、消えたような気がした。
でもハッと思った時には、赤ちゃんには特に問題もなく、その場にいた。
赤ちゃんの体をきれいに拭き、別のきれいなシーツでくるみ、胎盤や血の付いたシーツは丸めてビニール袋に入れた。赤ちゃんの産声は非常に弱々しかった。
家で出産することは珍しくない。自分も仕事でそういう人の手助けをすることはある。
出産後、体は小さいが赤ちゃんの様子が落ち着いていたこともあり、胎盤や臍帯などの処理を請け負いその場を去った。
翌日、出生証明書を作成し、届ける必要があったからだ。
家にいったん戻り、書類を作成した。見習いだったデリアは勤め先の助産師に相談し、書類をその人の名前で作成した。
書類を持って、翌日家を出ようとした時、カサカサと音が聞こえることに気づいた。
昨日持ち帰った汚れたシーツの中から聞こえる。
ビニール袋は口を縛っていなかったため、ねずみでも入ったのかと思い中を覗いた。
そして、仰天した。
中には昨日取り上げた赤ちゃんの半分もないほど小さな赤ちゃんが動いていたのだ。
『どうしよう…。』
デリアは困った。このまま放置すれば、多分数時間で死ぬだろう。
かといって、もう一人いましたと昨日のこの先育てていけるかどうかわからない女学生に渡すことも考えられなかった。
とりあえず、ビニール袋ごと車に乗せた。リンダのアパートに着き、家の中に入れてもらった。昨日の赤ちゃんは特に問題がなさそうだ。しかし、リンダのルームメイトはすっかり疲れ切った様子だった。赤ちゃんには「ライル」と名付けることにしたとリンダが言っていたのを聞いた。
悪意があったわけではない、どうせ死んでしまうだろう、ならば彼女には知らせずにおこう。そう思ったのだ。
でも、この世に生まれたことの証は一緒に置いておいてあげたかった。
出生証明書を置き、棚の上の万年筆と手帳にはさまれていた写真を盗んだ。
デリアはリンダにも、留美にも一言も伝えないまま、女の子のとても小さい赤ちゃんを家に帰る途中の教会の前に段ボールに汚れたシーツごと入れて万年筆と写真を添えて放置した。メモを一枚添えた、「名前は『ライナ』」、小さな天使という意味である。
この赤ちゃんが、誰からも望まれないと勝手に思い込んだデリア。そしてあまりにも小さい赤ちゃん。すべては留美が愛のない妊娠をしたせいであるが、最悪の条件が重なった。
そこまでを一瞬で見たアンジェラは、ライナにひどく同情した。
そして、僕に言った。
「北山留美に今のデリアの記憶を見せよう。そして、ライナの記憶も。」
どうやって生き抜いて、僕とアンジェラの元へたどり着いたのか、ライナの気持ちを考えるとものすごく嫌な気持ちになった。
普通に考えれば、父様と留美に育てさせるべきだと思う。
でも、一緒に暮らしていた僕でさえ、歩み寄れない父親と心が読めない母親だ。
本当に悩む…。そして、多分僕のせいもある。
デリアが見た金色の光の粒子は、僕が自分の体内からライナを出した瞬間だ。
僕は天使を助けて人生をやり直したことで、生まれながらに覚醒し、いくつもの能力を持って生まれた。
自分の肺で息を吸い、生まれ出た瞬間に、自分の中にある異物として双子のもう一人を体内から出したのだろう。
僕は慎重にことを進めたいと思った。
「アンジェラ、まず、お爺様に相談したい。」
「そうだな。」
二人はユートレア城に着くと、王の間から自宅へ転移した。




