201. 出生の詳細(1)
ライナをお風呂に入れ、リリアナのおさがりを着せた後、ピザを食べさせた僕は、ライナがどこかに行ってしまわないよう、ライナに赤い目を使って命令をした。
「アンジェラと僕の言うことをよく聞くこと。そして勝手にどこかに行ったりしないこと。」
ライナの目に赤い輪が浮き上がった。
アンジェラが業者に頼んで手配していた子供部屋の改築が終わっていたこともあり、とりあえずはそこへ家具を入れて住まわせることにした。
子供用のベッドに、机などだ。
マリアンジェラとミケーレは突然現れたライナに困惑し、自分たちからは近づこうとしなかった。
まぁ、もし自分が子供で、突然「この子は今日からうちの子よ」と知らない誰かを連れて来られてもそう簡単に受け入れられるはずがない。
僕とアンジェラもかなり慎重に接する必要があった。
自分たちの子供ではないので、干渉しすぎても、放置しすぎてもいけないと思っていたからだ。しかし、僕の双子の妹であるならば、今の状況で僕が面倒見てあげなければ、彼女にはわずかな希望もないだろう。
アンジェラと僕は度々リリアナとアンドレと乳母たちにに子供たちの面倒を頼み、夜にユートレアに移動して話し合うことが多くなった。
ライナに関する今後の事に関してだ。
ライナはかなり変な子だった。
ベッドを用意しても、必ずキャビネットの下の開き戸の中に毛布を持って入りこみ寝るのだ。その度に「ベッドで寝なさい」と指示しなければいけなかった。
僕達家族とかなり距離を取っているのもよくわかる。
しかし、他の家族がいないときには、僕には異常な甘えを見せる。
膝の上に乗り、しがみつき、顔を見上げてくる。その度、罪悪感で心が押しつぶされそうになる。もし、この子が僕の子供だったらどんなに良かったか…。
アンジェラと相談したうえで、一度、未徠に相談することにした。
二人で、お爺様が仕事のない日に約束をした。
その日は2026年4月4日、土曜日日本時間の午後。
朝霧邸地下の書庫で未徠夫妻が待っていた。書庫の鍵を閉めてもらう。
極力、北山留美と徠夢にはこのことを聞かれたくないからだ。
「お爺様、先週末はミケーレとマリアンジェラをいちご狩りに連れて行ってくれてありがとうございました。大変だったでしょう。」
僕がお礼を言うと、お婆様が答えた。
「まぁまぁ本当にすごいのよ~、30分でどれだけ食べたんでしょう、マリアンジェラったら。服が真っ赤になっちゃうくらいの勢いで…。」
「すみませ~ん。やっちゃいましたか…よくお腹壊さないなと思うくらい食べるんですよね…。ははは。」
「ミケーレはお上品に食べてましたよ。お持ち帰りもちゃっかり頼んでいて。ふふ」
二人の可愛さにメロメロのお爺様とお婆様である。
いよいよ、本題だ。
「あの、お二人にお話ししたいのが、実は三週間ほど前からうちに預かっている女の子がいまして…。」
そう話を切り出し、ライナがうちにたどり着いた経緯を、彼女の記憶を見せながら説明した。
「その子の記憶と所持品からすると、その子は留美さんが産んだと仮定できるということだな…。」
「はい、そうなんです。ただ、状況証拠である写真と万年筆だけでは断定はできません。あと、ご存じかもしれませんが、僕たちの家系はDNAが全く同じになりますので、例えば、僕や、アズラィール、徠神だって可能性があります。」
「未徠、私は北山留美があの子を捨てたのかが気になるのだ。」
アンジェラはもし、留美が捨てたのだとしたら許せないと言っていいた。
どうやって調べたらいいのだろう…。
「北山留美に、この万年筆は彼女の物か聞いてもらえませんか?」
本人の物とわかったら、出産したときの記憶をもっと詳しく取り出してやろう。
そうお爺様達に伝え、二人もそれ以外は調べようがないと同意してくれた。
万年筆は家に匿名で送られてきたと言うことにし、わざわざライナが捨てられたドイツの孤児院の近くから郵便で送った。
一週間後、未徠から電話がかかってきた。
「ライル、あの万年筆は、留美がオーストリアに留学中に失くした物だと本人が言っていたよ。当時は同年代のドイツ出身者とルームシェアをしたそうだ。」
「わかりました。お爺様、今晩、遅い時間に、父様をどこか外に連れ出せませんか?」
「わかった、やってみよう。そうだ、徠神のところで泊りで宴会をすると言うことにして、連れて行くよ。」
「ありがとうございます。では、今夜北山留美に接触します。」
まるで、探偵もののドラマの様だ、とアンジェラはドキドキしていた。
その日の夜、未徠はどうにか徠夢を夜9時過ぎに城跡の店舗の二階である徠神の家に連れ出すことに成功した。
アンジェラから事前に協力を要請されていた徠神はノリノリで、客間にとまる準備をし、広いダイニングでパーティーの準備をしていた。
「うわ、ここってアンジェラの城と中まで同じ造りなのか?」
徠夢が感心して言うと、徠神がニヤニヤして言った。
「弟が城持ってるんだから、俺も持ってないとな。なーんちゃって。せっかく広い土地あるんだし、父上がしゃれで提案してくれたんだけどな。ユートレアの城の写真を見せたら、施工会社がものすごいノリノリになっちゃってさ。」
そんな雑談をしながら、お酒がどんどん消費されていく。
料理は徠神のお店で作ったものだが、酒はリリアナが物質転移でアンジェラのワイナリーから大量に送ったものだった。
さて、その頃、ライルは朝霧邸に転移する準備をしていた。
祖母から留美がダイニングにいると連絡を受けたのだ。寝ているすきに記憶を見ることもできるが、気づかれたら面倒なので、祖父母へいちご狩りに子供たちを連れて行ってもらったお礼に来た、という設定での訪問をする。
祖母にお茶をすすめられ、お茶を飲むときに眠らせる作戦だ。
僕はあらかじめリリィに姿を変え、アンジェラと共に朝霧邸に転移する。
まずは、自室に転移した。かけてあった鍵を開け、アンジェラと共に外に出る。
いきなり、部屋の前に北山留美がいた。ダイニングにいるんじゃなかったのか~?
「わっ。びっくりしました。」
「あ、あの、ごめんなさい。」
「どうかしましたか?何かご用ですか?」
「あ、いえ別に…。」
そうだ、お茶を飲むように仕向けなければ…。
「あ、あの北山先生。僕達お婆様にお礼のスィーツを持ってきたんです。
たくさんあるので、よかったら一緒にお茶でもいかがですか?」
多分、僕の顔は引きつっていると思うが…アンジェラが笑いをこらえてうつむいているのが腹立つ…。
留美は、少し驚いた様子だったが、嬉しそうに言った。
「いいんですか?私も一緒に頂いて。」
「は、はい。どうぞ…。」
ぎこちなく返事をしたところで、お婆様が近づいてきた。
「リリィ、待ってましたよ。サロンでお茶を頂きながらたべましょう。あ、留美さんもご一緒に、いかが?」
「あ、はい。ではお言葉に甘えて…。」
アンジェラは僕の腰に手を回しながら小刻みに震えて笑いをこらえている。
むぅ、後でお仕置きしてやる。
サロンで小皿にスィーツをとりわけ、紅茶を淹れた。
「ここのお店のイチゴのミルフィーユが最高においしいんですよ。ね、アンジェラ。」
「そうそう、ここのはミケーレのおすすめなんだ。」
紅茶を運ぶときに、留美の肩にさりげなく手を触れた。
ガクッと体の力が抜け、留美は深い夢の中に入る。
お婆様と僕の目が合い、二人とも頷いた。僕は留美の額に手をあて、彼女が留学してから最終的に帰国するまでの記憶を詳細漏らさず取り出した。
同時にもう片方の手でアンジェラとお婆様の指先に触れ、リアルタイムで記憶を共有する。全部取り出した時、何もなかったように、また肩に触れる。
留美が目を開けた。
「お疲れですか?お茶、冷める前にどうぞ。」
僕はそう言って、自分のミルフィーユをパクパク食べた。ミルフィーユはサクサクでおいしいけど、ボロボロになって食べにくいな。
「これ、マリーが食べると周りがぐちゃぐちゃになるやつだね。」
僕がマジ顔で言うと、アンジェラがニンマリ笑って言った。
「イチゴよりマシだよ。」
お婆様が大笑いしていた。留美はなんのことかわからなかったらしい。
そこで、お婆様がイチゴ狩りの時の動画を見せていた。
「うわ、お婆様。恥ずかしいわ、それ。」
口の周りも服も手も真っ赤っかにして食べまくるマリアンジェラの動画だった。
三十分経った頃、子供たちがお散歩から帰るからもう帰るねと伝え、自室の前まで行き、室内に入ろうとしたときに、留美が追いかけてきた。
「あ、あの…、二人がとても幸せそうで、よかった。」
留美は僕達にそう言った。その真意はよくわからなかったが、アンジェラがそれに答えた。
「リリィは私の全てですから。」
そう言って、アンジェラが僕の頭にキスをする。僕はなんだか恥ずかしくなって、顔が赤くなった。
「あははは、真面目な顔でクサイこと平気で言えるんですよ。アンジェラったら。」
「嘘じゃないよ、リリィ…。」
アンジェラの僕を触ってくる手が段々いやらしく絡んでくるので、足早に室内に逃げ込んで、鍵をかけた。
「ちょっと、アンジェラ~。さわりす…」
話してる途中の口をキスで塞がれた。やだ~、ここの家ではそういうことしないって約束したのにぃ…。
最近、リリィになっている時間で二人きりになることがあまりないから…?
僕はアンジェラを連れて、イタリアの家の寝室に戻った。
同時に僕はライルに戻った。アンジェラはどっちでもいいみたいで、キスしようとしていたけど、「ちょっと、メッセージ送れないよ」と彼を制した。
留美の留学中の詳細な記憶を取り出した。
その報告をメッセージで祖父母に送った。
留美は妊娠に気づいたが、医療機関には行かなかったようだ。
親に知られたくないというのもあったが、人間として未熟だったから考えが至らなかったようだ。妊娠した時期はわかっていたが、かなり早くに、早産という形で陣痛がきてしまい、ルームシェアしていたドイツ出身の音大生リンダが焦って、リンダの従妹のデリアに連絡をした。
デリアはドイツで助産師の見習いをしていたのだ。
リンダが、勝手に留美は公にできない子供を身ごもっていると思ったのか、病院に連れて行くのではなく、ルームシェアしている部屋に助産師見習いを呼び寄せた。
妊娠期間7カ月ほどでの早産、助産師見習いのデリアには相当な衝撃だったはずだ。
留美の記憶では、陣痛が始まり意識がもうろうとしている中、初対面のデリアが色々と世話をしてくれた。浴室で出産し、赤ちゃんが泣いた声が聞こえた直後に気を失った。
次に目を覚ました時には、出産で出た胎盤などをシーツにくるみ、デリアが処分してくれる。と言って持ち去った後だった。
翌日、またデリアが訪ねてきた、自分が勤めている助産院で出生証明書を作ってきたのだ。その頃、手帳にはさんでいた徠夢との唯一のツーショット写真と万年筆を紛失した。
赤ちゃんはあまり泣かなかったが、一人でどうすることもできず、日本に一時帰国して徠夢に託すことになった。出生届の受理には留美が揃えなければいけない書類なども多く、手間取ってしまった。
記憶の断片から、どうして妊娠するようなことをしたのか、本人は覚えていないようだった。
お爺様、お婆様、結論として、留美は双子を生んだ認識がないものと思われます。
そして、ルームシェアしてた人の名前をフルネームで調べられないでしょうか?
助産師見習いのデリアがかなり怪しい…と思います。
お爺様達への報告はこれで終了となった。
今後は留美と同室だったリンダと従妹のデリア探しにシフトしよう。




