200. 記憶から見えたもの
僕がアンジェラに見せたのは、その子が持っている記憶だった。
どこかの教会に併設されている孤児院が見える。
その子は、その一室のキャビネットの収納の中に入って、盗み聞きをしているようだ。
年をとったシスターの様な服装の女性がキャビネットのドアの隙間から見える。
「やっと、ライナの養子縁組が決まりましたね。」
もう一人、男性も同じ部屋にいるようでその言葉に返事をする。
「あの子がこの教会の前に捨てられてからもう十年以上です。それなのにまだ三歳程度の大きさで、行動も知能も三歳児並み…これで引き取り先を探すのは難しいですよ。」
「あの子の出生に関するものは、その万年筆だけなんですか?」
「あと、男女の写真が一枚。」
キャビネットの隙間からははっきりとは見えない。二人は翌日の正午に引き取りの夫婦がやってくるといいながら、その出生に関する物を小箱に入れ、ライナと呼ばれる少女が持ち出すものとして準備していた。
翌日、引き取りの夫婦がやってきた。
上等とは言えないが、こぎれいな服を着せられ、その夫婦に引き取られた。
新しい養父母に手を引かれ、その人たちの家に行くのかと思いきや、その夫婦を名乗っている者たちは人身売買グループの一員だったらしく、ライナが連れて行かれたのは窓に鉄格子がはまり、ドアには外から鍵がかけられている部屋だった。
そして、そこには何人もの子供たちが、すでに入れられていた。
臓器を取り出されて誰かもわからない子供の手術に使われるのか…そんな場所だった。
ライナは持たされた出生に関する物を箱から出し、ポケットに入れた。
ギリギリの食事で生を繋いでいる様な環境だった。
その中で、一人の子供が餓死寸前までいっていた。
ライナは自分の食べ物を半分その子に多く食べさせてあげた。
その子はどうにか死を回避した。その日、ライナの目は青く光り、背中に翼が生えた。
手にしたものを、念ずれば、数秒間消すことができた。
鉄格子のはまった窓を開けておき、翼を出し空中へ浮かび上がる。
まずは自分だけ鉄格子を消し、外に出、外から他の子を引っ張り鉄格子を消しては、一人ずつ外に引き出した。
その後は、みんなバラバラに逃げた。
ライナはどこにも行く当てがなかった。
彼女がいた場所は、ドイツの田舎町だった。他人の家のキャビネットに潜り込んでは、ほんの少しの食べ物を拝借して数日過ごした。
そうしながら少しずつ移動した。
ある日、隠れていた家で、住人がテレビをつけていたのが目に入った。
ライナとは無縁な世界、世界的なアーティストの特番をやっていた。
そう、それはアンジェラとリリィの結婚式や仲良く買い物をしている様子を放送していたのだ。そして、ステージの様子や、事件が起き、リリィが現場に天使として現れ助けたという話まで、放送していたのだ。
ライナは確信した。『自分と同じ天使さんだったら、ママやパパの事も知っているかもしれない。』
結婚式を挙げたユートレア城は地元では有名だった。
地元の人がうわさしている内容から、歌を歌っている天使さんは、イタリアに住んでいるとわかった。
ライナはそこから、夜中に毎日数十キロを飛び、イタリア方面に移動してきた。
この家にたどり着いたのは、たまたまおいしそうなスィーツのお店で、マリアンジェラとミケーレを連れたアンジェラがスィーツをたくさん買わされているのを見たからだ。
あの天使さんだとわかり、こっそり、後をつけた。
家に入るのは、物質を少しの間消す能力で、簡単だった。
家の中に入った後、ここの家のお母さんが死にそうになっているとわかった。
今、出て行ったら相手にしてもらえない。そう考えて出て行きそびれてしまった。
でも、ある日この家のおかあさんがいなくなった。おかあさんが消えてお兄さんになった。すごく混乱した。
二人いる子供たちも家の中では時々翼をだして飛んでいる。
やっぱり、自分と同じ天使さんだと確信した。
ケーキは、一度食べたら我慢ができなくなって、ついついこっそり冷蔵庫から出して食べてしまった。
今、まさにアンジェラにここまでの情報が入り込んできた…。
「こいつ、臭いな…。」
アンジェラがライナをつまんで持ち上げたまま言った。
確かに、何か月かかったのかわからないが、ものすごく汚れていそうだ。
僕は、安心させるため、ライナに言った。
「ライナだね?僕は、ライル。どうやら君は僕の双子の妹みたいだよ。
ここに来るまで苦労したね。でも、もう大丈夫だよ。とりあえず、体、きれいにして、服を着替えようか。その後で、ちょっと調べてから、両親のところへ連れて行ってあげるから。」
男の人にお風呂に入れられるのは嫌かと思い、リリィに変わる。
突然、おにいさんがおかあさんになりパニックになり、激しく手足をバタバタする。
「あ、ごめんね。おどろかせちゃった?僕ね、元々さっきの男の子なんだけど、このアンジェラの奥さんでもあるんだ。奥さんの時は女の人になるんだよ。」
元々は男、と言うのを聞いたせいか、微妙な顔をしながらお風呂に入れられるライナだった。
「うわっ、きちゃない。お水が真っ黒…。」
バスタブの中でボディーソープを使って洗ったが、水が真っ黒に濁った。
僕がライナをお風呂に入れているうちに、アンジェラがポケットから万年筆と写真を出して確認していた。
万年筆にはネームが彫ってあった。『Rumi.K』
写真は、徠夢と北山留美のツーショット。
どうしてこの子が捨てられたのか、調べてから両親に引き渡すべきだとアンジェラは思った。
ライナは、というと。自分の兄と名乗られたが、実際にはおかあさんに洗ってもらっているような錯覚に陥っていて、幸せをかみしめていた。
髪も優しく洗ってもらい、リリアナがユートレアに行くときに使っていた3~4歳用の下着やワンピースが丁度ぴったりだ。
「ほら、かわいくなった。」
髪を乾かして、ツインテールにしてリボンをつけてあげた。
リリアナが三歳の頃にそっくりだ。
そう言えば、ライナはまだ一言もしゃべっていない…。
「お話、できない?言葉、わかんないかな?」
僕は彼女の額に手をあて、自分の日本語能力をライナに付与する。
「どう?これなら言ってることわかる?」
「…。」
言葉が理解できないより、警戒しているのかもしれない。
そこで、ライナのお腹がぐぅ~と鳴った。
「あ、お腹すいてたね。ピザ、温めようか。ケーキばかりだと病気になっちゃうよ。」
ピザを温め、お皿にのせてライナの目の前に出す。
布のナプキンをエプロンのようにして服を汚さないようにしてあげた。
ピザをパクパク食べ、少ししたとき、急にライナが泣き始めた。
「え?どうしたの?どこか痛い?お腹?」
僕が慌てて聞くと、首を横に振ってライナがすごく小さい声で言った。
「おいしい。」
「あ、そうか。よかった。ゆっくり食べてね。」
こうして、ライナが僕たちの前に現れたのである。




