表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/676

20. ライルの賭け

 アズラィールが落雷と共に消えて約一日が経とうとしていた。

 僕は不安で胸が苦しくなっていた。

 徠夢も同じだが、運命には逆らえないと思っていた。

 自分たちにはどうにもできない、次元が違うのだ。


 動物病院の休み時間に僕が父様に地下の書庫で一緒に書類をもう一度確認してほしいと頼んだ。

 父様は快諾し、地下へ二人で行き、箱の中身を全部テーブルの上へ広げ、細かく調べ始めた。

「あっ、父様。これは、アズラィールがしていた首飾りです。」

 日記の下になって見えなかった首飾りが、二人の目に触れた。僕は何も考えず、首飾りを手にした。

「ライル!」

 父様の声が遠くで聞こえる。

 そして、首飾りの中にある情報がライルの頭の中に流れ込んでいる。

 アズラィールの父親が身に着けていた首飾り、それは、代々アズラィールの祖先に伝わる「封印の印」だというのだ。

 それを身に着けていれば、成長が通常の人間の三分の一の速度になるというデメリットもあるが覚醒せずに平凡な生涯を送ることができる。

 能力が覚醒したがために不幸な人生を送る者も多数出たからだ。家系の血筋を残すために必要な封印であったとうのが、真相のようだ。

 しかし、ライルにはこれは決して吉報ではなかった。

 アズラィールが覚醒しなければ、鈴の命を助けることもなく、結果として朝霧家の子孫は途絶え、自分と父様とまたその前の祖先は存在しないものとなる。

 あぁ、アズラィール、僕は何か思い違いをしてしまったのかもしれない。

 ごめんよ、会って首飾りを外さなければいけないと教えてあげたいよ。

 あぁ、本当にごめんよ。

 ライルは悲痛の叫びをあげた。

 ライルの父徠夢は目の前で金色の光の砂のようにサラサラと指先から崩れ落ちる息子の姿に、息が止まる思いで恐怖を味わっていた。

「ライル!ライル!ダメだ、行ってはダメだ!」

 ライルを掴もうとした手が空を切る。


 そして、ライルは薄暗い部屋の布団に横たわるアズラィールの首にかかる首飾りに手をかけた状態でアズラィールに馬乗りになった状態で意識を自分のものにする。

「ここは…。」

 目の前のアズラィールは静かに寝息を立てている、首飾りを離せば自分が元の場所に戻ると考え慎重に周りを見渡す。

 緑次郎の娘の鈴が、少し離れたところに敷いた布団に寝かされている。

 鈴の顔は土気色になり、医者でなくてもとても状態が悪いとわかるほどだ。

 アズラィール、なぜ寝ているんだ。

 僕は、周りに目を凝らした。

 あ、人が二人。ちょんまげの人と奥さんらしい。

「あの、緑次郎さんですか?」

 僕が訪ねると、緑次郎はひれ伏しながら泣き叫んだ。

「天使様、天使様。どうか娘を助けて下さい。あの時と同じように。ずっとお待ちしておりました。娘を助けて頂けたら、あなたのために、なんでもいたします。

 もう娘は、あとどれくらいもつかわからないのです。」

 それを遮るようにもう一つ質問をぶつける。

「この寝ている少年は、ここに来た時からこの状態ですか?」

「はい。早く娘をお助け下さい。」

「あぁ、もう。ちょっと待って。順番ね。こっちの方がやばいかな。」

 僕はアズラィールの体に手を当て、全身を確認する。

 内臓、脊椎など、内側の損傷がひどい。見た目にはわからないが危篤状態と言っていい。

 落雷で瀕死の重傷を負ってしまったのだろう。

「一回しか言わないから、よく聞いて。この少年が目覚めたら、この首飾りを外して力を試すように言って。いい?」

 僕はアズラィールの体の中に力を注ぎ、修復を試みる。

 熱い、手の先も、体の中も、自分のエネルギーをアズラィールに注ぎ込み、自分が消耗しているのがわかる。

「あぁ、早く目を覚ませ、アズラィール!」

 がくん、と僕の体が前後し、首飾りから手が離れた。


 バタッ。と音がして、朝霧家地下書庫の床にライルが倒れこむ。

「あぁ、ライル、ライル!」

 父様が涙を流し僕を抱き上げる。

「父様。僕は大丈夫です。時間がありません。早くしなければ、僕たちも消えます。」

「何があったんだ。」

「アズラィールは雷に打たれて重篤な状態です。僕が行って治さなければ…。」

「そんなにひどいのか?」

「はい、かなり力を送ったのですが、意識が戻りませんでした。」

「どうすれば…。」

「僕に考えがあります。昨日アズラィールが花瓶の破片で怪我をした時のハンカチはまだありますか?」

 父様が急いで洗濯物の中から血のついたハンカチを持ってきた。

「これをどうするつもりだい?」

「北山先生の時と同じように、アズラィールの中に入ります。父様、待っていて下さい。きっと大丈夫。」

 言葉を最後まで言わないまま、僕はアズラィールの血の付いたハンカチを握りしめた。

 僕の体は意識を失いその場に倒れこんだ。


 僕は、真っ暗闇の中にいた。

 いや、真っ暗ではない。瞼が閉じていただけだ。

 瞼を開いて上体を起こした。

 よし、アズラィールはまだ意識を失っている。

 北山先生の時にわかったこと、それは命の危険にさらされている人の血液に触れたときに、本人の体に魂が転移するということ。

 そして、意識がないからその体を動かしたり使うことが可能なのだということ。

 意識が戻る前に、鈴の体を治さなければ。

 僕の、いやアズラィールの体は黄金の光で輝いていた。


 僕は立ち上がり、鈴のそばまで行き跪いて布団をはぎ取り、衣服をよけると、腹の真ん中に手を当て、体内を手から出る白い光で照らした。あった。腐肉の塊だ。

 僕は半信半疑ではあったが、伝説を信じ自分の手を鈴の体の奥まで突き立てる。

 ずぶッという嫌な音がして、緑次郎とその妻が悲鳴を上げる。

 やはり、これは完全なるホラーだ。

 僕は自分でも思いっきり気持ち悪いのを我慢しつつ、それを持ち上げ緑次郎の方へ差出し何か入れる物と拭くものがないか聞いた。

 緑次郎が少し大きな桶と手ぬぐいをあわてて持ってきた。

 全ての腐肉をその桶の中に入れ、手ぬぐいで手と鈴の腹の血液を拭きとる。

 その時だ、取り出した腐肉全体から金色の粒子が湧き出し、小さな金色の球になったかと思うとそれが僕の頭に向かって飛んできた。

 それは一瞬のことで、消えてしまったように見えた。

 こうしてはいられない、鈴は腎臓などにもかなり負担があるようだ。

 少しの間手を当て、内臓を癒しながらこの腐肉は本来鈴の双子の姉妹となるはずのものであったことを緑次郎達に伝えた。


 あぁ、だめだ、めまいがする。もうすぐ僕にも限界が来る。でもまだだ。アズラィールがここにいない。

 脳に損傷があるのあろうか。

 僕は、自分が今支配している体の頭部に、顔を覆うように手を当て癒しを継続しながら願った。

 心の中で話しかける。

 アズラィール。ちゃんと覚えているかい?名前を聞かれたら「亜津徠竜」というんだよ。

 朝霧に婿に入ったら朝霧徠竜になるんだよ。

 君のつけている首飾りは覚醒を封印する物だったよ。

 今後、力が必要になるかもしれない、その時は外して力を使うんだ。

 アズラィール、聞こえるかい?

「ライルなの?…。」

 あぁ、そうだよ。間に合ったよ。

 またいつか会えるといいな。

 アズラィールも楽しいこと、日記に書いてよ。大好きだよ、アズラィール。元気でね。

「うん、わかった。僕も大好きだよ。」


 アズラィールの体はその場に倒れた。

 ライルの意識はもうそこにはなかった。

 ライルは自分に賭けたのだった。自分の未知の能力に。

 そして、今回の目標=アズラィールの生還と鈴の治癒が達成されたところで、自分の体へと転移していた。

 魂が元の場所に戻ったのだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ