198. ケーキどろぼう
三月十二日、木曜日。
日本時間の夕方七時。未徠は朝霧邸敷地内の医院を開業しており、そこで主に内科の診療をしている。午後六時には診療を終える。その時間に合わせ、僕は朝霧邸を訪ねた。
自室の中に転移する。
薄暗い中、そこに人がいてびっくりした。
「わっ。」
北山留美だった。そう言えば、この前も勝手に入って来ていた。
「北山先生、何か僕の部屋に用があるんですか。ここには大したものはないですよ。」
「あ、ごめんなさい。探し物とかじゃなくて…。」
彼女は、そのまま口ごもった。
「すみません、お爺様に用があるので、失礼します。」
僕は、そのまま足早にダイニングの方に歩いて行った。
丁度お爺様がサロンの勝手口経由で戻って来たところだ。
「お爺様、お仕事、お疲れ様です。」
「お、ライル。昨日はありがとう。左徠は落ち着いているよ。今朝、総合病院で検査を受けたが、特に問題はなかったよ。明日にはすこしずつ食事も摂れるようになると思う。」
「そうですか、よかった。」
「何か聞きたいことがあるのかな?」
「あ、そうなんです。実は、左徠を誰が爆発事故から封印の間に連れて行ったのかが、わからなくて、事故の日時がわかったらアンジェラと確認しに行こうかと思っています。」
「そうか。ライル、気を付けるんだぞ。爆発の原因はわかっていないからな。」
「そうなんですか?実験の失敗とかなのかと思っていました。」
「そんな危険な実験をする研究室ではなかったから、爆発事故は外部から持ち込まれたものが原因と考えるのが妥当だと、当時の刑事から聞いている。」
「他に怪我した方とかいるんですか?」
「同僚の女性が怪我をして運ばれたらしいが、たいしたことはなかったようだ。」
「では、事故の詳しい場所と日時をメモに書いてください。」
未徠は一度自室に戻り、古い手帳を取り出し、そこに書かれていることをメモに書いてライルに渡した。
「ありがとうございます。すぐに行けるかはわからないんですけど、何かわかったら報告します。」
「ライル、一緒に晩飯食べていかないか…。」
「あ、はい。じゃあ、遠慮なく…。」
「遠慮って、ここはお前の家だぞ。いつでも好きにしていいんだから…。」
「…。まぁ。そうですね。ところで、北山先生がよく僕の部屋に入っているんですが、転移してきたときにぶつかりそうになるんで、ちょっと危ないかな…と。あと、驚きますし…。」
「そうなのか、あの人はよくわからない行動を取ることがあるんだよ。部屋には鍵をかけておきなさい。」
「あ、はい。実は鍵は壊されてしまっているので、かけられないんです。」
「わかった、早めに直すように言っておく。」
「ありがとうございます。」
僕は、夕飯を祖父母と一緒に食べ、未徠達に聞かれるままマリアンジェラとミケーレの事を話し、二時間ほど過ごした。
アンジェラから「早く帰ってきて」とメッセージが来た。ミケーレがごねてるらしい。
「お爺様、すみません。ミケーレの機嫌が悪いらしくて、もう帰りますね。」
今度はミケーレとマリアンジェラも連れて来なさいと言われ、笑顔で挨拶をし、自室からイタリアの家に転移する。
お昼ご飯を食べ終わって、お昼寝の時間のはずなのに、一人でミケーレがギャン泣きしている。
「ミケーレ、どうしたの?おいで。」
ミケーレを抱っこして話を聞く。
「ミ、ミ、ミケーレの、の、イ、イ、イチゴのケーキを、だ、だ、だれかが、食べた。」
「…イチゴのケーキ?誰が食べたんだろうね…。」
びぇぇぇえん。としつこく泣くので、仕方なく、提案をする。
「じゃあさ、僕と一緒にケーキ、食べに行こうか?カフェがいい?」
「かふぇ?」
「そう、カフェ。今ならイチゴのスペシャルとかいっぱいありそうだし。」
「いいの?」
「いいよ。二人で行こうか。」
涙でぐちゃぐちゃの顔をきれいに拭いて、財布を持ち、ミケーレを抱っこして少し考える…。イートインなら日本のファミレスかな?
「あ、そうだ。ミケーレ、日本のいちご狩りに行ってみようか?」
「…い、い、いちご、がり?」
まだ、ひっくひっく言いながら、首をかしげるミケーレがかわいくて、頬にチューをしてから転移した。
日本の朝霧邸い近い町だ。時間は少し戻った時間にした。昼間じゃないとやってないからね。そこら辺にいくつものイチゴ狩りのノボリが出ている。
その中に、カフェが併設されているところがあった。
「ほら、ミケーレ着いたよ。その場で食べられるいちご狩りとお持ち帰りするのとあるよ。カフェでケーキも食べられるし、どれでも選んでいいから。」
ミケーレは少し考えてから、言った。
「カフェで食べてから、お持ち帰りもやりたい。」
「いいよ。じゃ最初にカフェに行こう。」
カフェで念願のイチゴのケーキを食べ、すっかりご機嫌になったところで、ミケーレが意外なことを話し始めた。
「少し前くらいからね、ミケーレのおやつがなくなるの。マリーのもなくなるの。」
「でも、家にいる人は二人のおやつなんか食べないよね?」
「一回見たことある。ミケーレより大きい子供だった。」
「え?」
それは、なんだか怖いな…。と思いつつ、家に帰ってからアンジェラに相談するねとミケーレに話し、ケーキが食べ終わった後に、お持ち帰り用のいちご狩りをした。
たくさん、ピカピカのイチゴを摘んで、専用のプラスティック容器に入れてもらった。
「よし、じゃあ帰ろうか…。みんな待ってるよ。」
「うん。」
家に帰り、お昼寝を終えたマリアンジェラにイチゴを洗って食べさせて、入れ替わりにミケーレが遅いお昼寝となった。
アンジェラが、書斎で何か仕事をしていたようだったが、出てきたときに話してみた。
「ミケーレとマリーのおやつを食べちゃう子がいるらしいんだけど、何か聞いてる?」
「いや、初耳だな。」
「キッチンの冷蔵庫の方向に向かって監視カメラを設置しようよ。」
「そこまでするか?」
「一応、もし誰かが食べてるなら、はっきりさせておいた方がいいでしょ?」
頭ごなしにミケーレの言っていることを否定するのはかわいそうなので、証拠集めをすることにした。
予備のセキュリティカメラを冷蔵庫に向けて取り付ける。結構くだらないことをしている自覚があるが、そのまったり平和な感じが楽しくも思える。
カメラを設置して二日後、意外なものが映り込んでいた。
それは、背中に翼のある、三歳くらいの女の子。
金髪で碧眼の、どっからどう見ても発生した時のちびっこリリィそのものだった。
映像を確認しながら、アンジェラと僕は言葉を失った。
「アンジェラ、誰?これ。」
「見た目はリリアナの小さい時にそっくりだな。ライル、お前、どこかで女と…」
僕はアンジェラの口を押えて頭突きした。
「僕、まだ中学一年だからね。そう言うこと言うならもう帰ってこないよ。」
「冗談だよ、冗談。そんなわけないよな…。いや、あまりにもお前に似てるから…。」
確かに似ているけど…。僕の子供はミケーレとマリアンジェラだけだ。
とりあえず、見つけたら確保しようと言うことになった。
アンドレとリリアナも動画を見て驚いていた…。
自分たち以外の系統の子孫がいるのでは?という仮説も考えられる。




