196. 封印の間
帰宅後、軽く食事をした後、子供たちは疲れていたのか、すぐに寝てしまった。
僕はアンドレとリリアナに留守番をたのみ、アンジェラと二人で出かけた。
出かけた先は封印の間だ。
もう一つの世界の瑠璃が僕の日記に書いてあったからだ。
僕はアンジェラを連れて転移した。
僕たちは目を疑った。
玉座には、ルシフェル=アンジェラが転生前の天使、王妃の座には、アズラィール=僕の転生前の天使が座っていた。
彼らは、以前と同様石像のような乳白色の物質となり目を閉じて座っていた。
そして、もう一人、他の十二脚の座の一つに座っている体があった。
「左徠!」
僕は思わず駆け寄り、左徠の体を揺さぶった。
白衣の様な服を着て、眼鏡をかけている。年は僕が知っている左徠よりも上のようだ。
顔や、手など衣服のない個所に傷がある。慌てて傷を癒すと、気が付いたようで目を開けた。
「あ、君は…?ここはどこなんだろう。どこにも出口がないんだよ。」
「左徠、僕だよ。ライルだよ。未徠の孫だ。」
「…ここからどうやったら出られるんだい?教えてくれないか…。」
体をチェックしたが、細かい傷はあちこちにあるが、心臓も正常に動いている。
「アンジェラ、左徠をお爺様のところに連れて帰っていいんだよね?」
「そうだな、ここにどうして来たのかはわからないが、生きている以上こんなところに閉じ込めておいていいはずがない。」
そうだ、この封印の間は普通の人間が迷い込んでルシフェルの像に触ると、どこかに飛んで行ってしまうと小さい子供のころに迷い込んだアンドレに聞いたことがある。
でも僕たちの家系だけはこの部屋に留まるのだと。
触ったときに情報が流れてきた。左徠の傷は彼が務めていた研究所での爆発が原因のようだ。ただ、気を失っている間にここに来たようで誰に運ばれたかはわからなかった。
「かわいそうに…。家に連れて行ってあげるからね。ちょっと待ってて。」
僕は一つ確認したいことがあった。それは、過去が変わる前にルシフェルに触ると涙の石が零れ落ちた。今でも同じようになるのだろうか…。
僕はアンジェラと共に二人の天使像の前に立ち、それぞれの頬に触った。
天使像が瞼を開いた。その瞳は深い瑠璃色で、愛に満ちていた。
涙は出なかった。その代わり、僕達には彼らの声が聞こえた気がした。
『私たちのかわいい子達。』
そして、頭の中に自分たちの起源が、入り込んできた。
砕け散った核ではなく、彼らの意思でこの地へ降り、人間を創造した後、その中に自分たちの分身を置いたのだ。
僕とアンジェラはお互いを見て微笑んだ。
「僕、天使を助けられたんだね。」
「そうみたいだな。」
僕は左徠を抱き上げたアンジェラの手と左徠の手を取った。左徠の体に黒い粒子が覆い、瞳が黒く輝く。僕の瞳も一瞬黒く光ったようだ。
左徠は爆発事故の際、同僚をかばって助けたことで覚醒したと後日わかった。
どんなことができる能力なのかはこの時はまだ不明であった。
三人で日本の朝霧邸の自室に転移した。
「お爺様、大変です。」
アンジェラと左徠を自室において、僕は廊下を走って、未徠の部屋に急いだ。
「どうした、ライルさっき帰ったばかりだろう?」
「僕の部屋に来てください。」
未徠が僕に従い、後についてきた。
「なっ、左徠。どうして、ここに…。生きていたのか…。」
「兄さん、僕にもよくわからないんだ。爆発が起きて気を失ったら、変な部屋にいて、そこからは出られなかった。ずっとずっと一人で過ごしていたんだ。」
よほど孤独に耐えていたのか、涙を浮かべて未徠に訴えている。
「そうか、大変だったな…。もう大丈夫だ。ここは、お前の家だからな。」
未徠は、僕に後でもう少し詳しく聞きたいが、今は左徠を休ませようと言い、客間の一室を用意した。未徠が診察をし、特に問題が無さそうだが、翌日の朝、一応大きな病院で検査をすることにしたようだ。
僕が過去を変えてしまったから死んでしまったと思っていた左徠が生きていたことに少し安堵し、その反面、長い間一人で封印の間に閉じ込めてしまった罪悪感も感じた。
何があったのか調べてみたいと思ったが、アンジェラを心配させるのは心苦しく、この時は言いだすことはできなかった。
いずれにせよ、過去に戻り調べなければいけないのであろう。
左徠を未徠に託し、僕とアンジェラは家に戻った。




