191. 書き換えられた日記
アンジェラは僕の手を引いて、寝室まで連れて行った。
ベッドの横のキャビネットの引き出しを開けると、ノートを取り出した。
僕の日記ノートだ。アンジェラはそのノートを僕に渡しながら言った。
「多分、これにはお前が見てきた過去が書いてある。でもその下に、新たな過去が書いてある。これは、もう一つの世界の瑠璃がお前の部屋から持ってきたものだ。赤い字で書いてあるのは彼女の文字だ。まずは食事だ。食べ終わったらゆっくり読めばいい。」
「アンジェラ、ありがと。」
僕は日記ノートを引き出しにしまった。
二人でダイニングに戻り、夕食を皆ととる。
「「いっただきまぁす。」」
マリアンジェラとミケーレが元気よくいただきますをした後、食べ物を取り分けるのだが、今日の食事はちょっと変わっていた。
お皿に盛られた食事になぜか小さい国旗がつまようじに貼ってあり、食べ物の上に刺さっている。
「何、これ?」
「最近、うちで流行ってるやつ。ご当地グルメだな。」
アンジェラがどや顔で教えてくれた。
「ミケーレ、これわかっちゃうもんね。」
ミケーレがそう言うと、フィッシュアンドチップスの上のイギリスの国旗をミケーレが手に取って言った。
「イギリス~。フィッシュあんどーチップす。イェー。」
「はい、正解。えらいぞ」
そう言ってアンジェラが少しずつフィッシュアンドチップスをミケーレのプレートにのせる。
「あ、マリーもこれわかるよー」
イカ墨パスタの上の旗を取ってマリアンジェラが自信あり気にいう。
「いかすみパスタは、イタリアが本場なのよ~ほーほほほっ」
実に楽しそうだ。
「はい、正解。マリーすごいな。」
アンジェラがイカ墨パスタをマリアンジェラのプレートにのせる。
他にもスウェーデン風のミートボール、日本のお寿司、中国のエビチリとメニューはバラバラだ。
たくさんは食べられないので、少量ずつ色々食べるのが面白いらしい。
マリアンジェラの口の周りが、樽に入って飛び出すおもちゃの人形みたいになっている。
「マリー、その顔、ヤバいって…。くくく…。」
「ライル、笑っちゃダメよ~。くくく」
ミケーレもつられて笑う。アンジェラが見かねてマリアンジェラの口の周りを拭く。
毎回、食事も本当に楽しい。
食事の後、リリアナとアンドレが子供たちをお風呂に入れてくれた。
その間に、僕はさっきの日記を読むことにした。
黒い仔犬を拾いアダムと名付けたことが書いてあった。あぁ、覚えている。
でもその下に赤い字で、黒い仔犬には持ち主がいて、連絡を取って飼い主が引き取りに来た。となっていた。
親戚の話で地下書庫で写真を見つけたと書いてある。そうだ、アズラィールの写真だった。その下に、これはそのまま同じことが起こった。と書いてあった。
市の資料館に行った話もそのままだ。だが、そこにはアダムではなく、僕の母親が一緒にいて、僕が魔女狩りの犠牲者家族の写真立てに触り消えたと書かれていた。
『僕の母親?杏子のことだろうか?』
消えた僕と一緒にアズラィールが池に落ちたのは、同じだと書かれていた。
アズラィールが雷に打たれてから、僕がアズラィールと鈴を治すまで、特に違うところはなかったようだ。
そして、アンジェラが斬られた事件も、全く同じようだ。
ドイツに向かったアズラィールのところへアンジェラを連れて行って、アズラィールを連れ帰って癌を治したのも同じだと書かれていた。
数々の拉致事件の事を書いてあるところには、かなり変更が加えられていた。
由里拓斗、および宗教団体を隠れ蓑にしたテロ組織は存在せず、拉致事件は一件も起きなかった。
アンジェラが所有する城を調べているうちにアンドレに会ったり、ニコラスを助けたり、暗殺されそうになったアンドレを放っておけなくて連れてきてしまい、リリアナが生まれてしまったことも書かれていた。
未徠を車の爆発事故から救った。徠人は車の運転手だった使用人が身代金目的で誘拐し、その場で殺害されていた。
徠神は城跡に大きな防空壕を作り避難していたおかげで、家族は戦火を免れ、徠神は現在、城跡に建てた洋館で、スィーツの店を営んでいる。徠央と徠輝はその手伝いをしているそうだ。左徠は研究所の爆発事故で亡くなった。妻たちは天寿を全うした。
そして衝撃の事実、ライルは北山先生と徠夢の子供だった。ヨーロッパに留学が決まっていた北山留美が、向こうに着いてから妊娠が発覚し、出産していたらしい。学生結婚を留美の両親に反対されたため、そのまま生まれたばかりの子供を連れて一時帰国したが、結局両親は譲らず、徠夢が子供を引き取ることになり、北山先生は留学先に戻ったという…。
ライルが小学三年の夏にストーカー被害にあった北山留美を救ったことがきっかけで、徠夢が留美と再会し結婚に至ったらしい。
市の資料館に行った時、ちょうどストーカー被害の少し前で、自分の息子が自分のクラスの教え子だとわかって、本人には言わずにちょくちょくサポートをしていたようだ。
ひどく遠回りをしたようだ。
そして、最後にアンジェラとの出来事は全部そのまま起きたこと。そして、ライルがすべてをリセットするために、ルシフェルに核を入れて願ってしまったことが書かれていた。
最後に、瑠璃からの伝言が書かれていた。
ライルへ
あなたね、「自分を殺して」とか、あり得ないんだけど。
結局のところ、ルシフェルはライルを殺したりしなかった。
ルシフェルは天界でルシフェルの恋人が殺される前の時間にライルを送ったんだよ。
ライルは天使を助けることで、生まれながらにして十二の能力を持って生まれてきたんだと思う。最初からね。
そして、わざわざ間違えて私の世界に来て、私と私のアンジェラも救ってくれた。
だから、ライルの魂を返しに来たんだよ。
砕け散った天使の核から生まれたんじゃなく、天界から降りて希望を託した天使の末裔である私達に、誇りと自信を持って生きていこう。
そして、最後に自分たちをこの世に送り出した二人の天使にたまに会いに封印の間へ行ったらいいわ。
P.S.日記の内容と変わっちゃったところ調べるの大変だったんだから…。
何か面白いことあったら、アンジェラの倉庫中で布がかかっているマリーちゃんとミケーレ君の絵があると思うんだけど、その上にお手紙乗せておくね。絵を持ち上げちゃだめよ。
違う世界の朝霧瑠璃より
日記はそこで終わっていた。




