188. ライルへの恩返し
皆で夢の中のユートレア城の扉を出た時、目の前が眩しく感じた。
暗闇だった場所から、家の中のソファの前に戻ってきたのだ。
マリアンジェラの手には白くて小さい半透明の小鳥がちょこんとのっている。
「あの…ライル君がいなくなった日ってわかりますか?」
瑠璃が聞くと、アンジェラがスマホで誰かに電話をかけ、確認している。
「8月25日だそうだ。あまりにもライルが引きこもっているので、アズラィールがカギを壊して部屋の中に入ったらしい。その日を最後に消えたと言っている。」
「その日に行った方がいいんでしょうか?」
「まずは、その日に行ってみよう。」
マリアンジェラが主導して、封印の間という瑠璃は行ったことのない場所に連れて行かれた。
それは、ショッキングな場面だった。
乳白色に光る天使の前に跪いたライルが、まさに自分のお願いをルシフェルに伝えているところだった。
『僕を、殺して…。』
その後、一瞬でライルの魂を手にしたルシフェルは大きく羽ばたきスッと消えた。
ライルの核=魂の抜けた亡骸はその場に倒れ、腹に大きく穴をあけたその体は血だまりの中で、顔の色を失い、静かに横たわった。
皆、駆け寄った。アンジェラがライルを抱きかかえ涙を流している。
「泣くな~!」
瑠璃は怒った。ライルのそばに駆け寄り、腹部の穴をふさぐ、出血は多いが、内臓に損傷があるわけではない。
「ライル君、聞いて。私、あなたが迷い込んだ世界の瑠璃だよ。
あなた、なんでもかんでも自分でやらなきゃすまないのか知らないけど、こんなに小さい子たちや、愛する人たちを悲しませていいと思ってるの?あんたが自分で殺してとか言うから、この世界のリリィとリリアナだっけ?二人とも死にそうになってるんだよ。
だったら戻ればいいだけじゃん。どうしてそんなにネガティブになるのかな…。」
怒る瑠璃の袖を引いて、マリアンジェラが目元をこすりながら言う。
「やめてよ。知らないくせに。ライルはみんなのために自分の命をけずってきたの。もっとみんなで大切にするべきだったんだよ。」
「そうだよ、みんな、ライルが大好きで、みんなでライルを取り合って、そしておかしくなったんじゃないか。」
ミケーレの言葉に、おまえが言うなと突っ込みたかったのはアンジェラである。
「君がいないと、私は生きている意味がない」
アンジェラはそう言い、やさしくライルに口づけをした。心臓は止まっており、息もしていない。瑠璃は思い出していた。
自分を生き返らせるとき、心臓も呼吸も止まっていたんだった。
それを頭の中を、脳の損傷を治して、その後心臓を刺激して、そして、ライルは、彼は、自分の魂を瑠璃の中に入れることで生き返らせたんだった。
今、目の前にいる小鳥だ…。これがライルの核であることは間違いない。
瑠璃はライルの心臓に手をあて、少しずつ細胞に干渉し、動くように念じた。かすかに筋肉が連動して動き始めた。
「人工呼吸してよ。」
アンジェラに人工呼吸を頼む。
2,3回息を吹き込んだところで、瑠璃は白い小鳥に向って顔を近づけて言った。
「早く帰ってあげて。皆が悲しんでるわ。」
小鳥がぴくんと動いてよたよたと飛び、ライルの胸の上に下りた。
瑠璃はガッツポーズをして「よし!」と言うと、突然金色の光の粒子になって、ライルの体に入り込んだ。
ライルの体は瞼を開け、深く呼吸をした。
「しばらく、この状態で様子を見ます。」
そう言ってゆっくり起き上がり、床に座ったまま手をアンジェラの方へ向ける。
「一度着替えに、と父様と話をしに日本へ行きたいのですが、いいですか?」
マリアンジェラとアンドレとミケーレは、リリアナとリリィの様子を見にイタリアの家に戻った。
アンジェラとライル+瑠璃が日本の朝霧邸に転移した。
「ドア、ぶっ壊れたままですね。」
本物のライルと違い、若干言葉遣いが乱暴である。
「直させるよ。」
アンジェラが言うと、手を横に振って「あ、いいです。このままで。」と言う。
「しかし…。」
「勝手に決めちゃいますけど、もうここには帰らない方向で決着つけます。」
ライルの顔で瑠璃がニンマリ笑った。
「あ、ライル君はまだ眠ったままです。今のうちにやることやって備えたいと思います。これ、私の恩返しなので、任せてください。」
瑠璃はライルの机を物色した。
ライルの日記を見つけ、すごいスピードで読んでいく。
「オッケー、じゃ、行きますかね。」
瑠璃はブラブラしているドアをバンッと思いっきり開けると、徠夢の部屋に行った。
『ドン、ドン、ドン』
ノックをして、声をかける。
「ちょっといいです?」
「ら、ライル今までどこに行っていた?みんなに心配かけて、どういうつもりだ。」
瑠璃はニヤリと片側の口角を上げて笑うと、徠夢の目を見て言った。
「あんたさ、自分の息子が死んでも全然悲しくないわけ?
俺さ、一回どころか何回も心臓止まってるんだよ。その原因、だいたいあんたが作ってるんだよ。あ、ん、た。」
「な、なにを言いだすんだ。」
「俺、もうここに戻ってこないよ。アンジェラのところに住んで、学校に通う。
手続きが必要な時は、お爺様に言うから、対応よろしく。」
「生意気な口をきくんじゃない!」
「あ、そだ。あんた、早く嫁でももらった方がいいよ。」
「おまえってやつは…。」
「俺ってどんなやつ?ははは、あんたに関わったら命がいくつあっても足りないな。かわいそうなライルちゃんってな。」
「喧嘩売ってるのか?」
「ま、そんな感じだな。次、俺に傷つくようなこと何か言ったら、本当に死ぬぞ。」
「…なっ。」
三歩ほど離れたところでアンジェラは見守っていた。
話はそこで終了だと言わんばかりにライル+瑠璃はいったん部屋に戻る。
そこで、服に大きな穴が開いて血だらけなのを思い出し、服を着替えた。
「アンジェラさん、悪いんだけど服は後で買ってあげてよ。」
「あぁ、もちろんだ。」
「あとさ、この日記保管してあげて。」
「わかった。」
「でもこれでいいと思うか?」
「いいんだよ。死ぬよりマシ。ライル君が私の父親にも同じようなこと言ってくれたんだ。次、ひどいこと言ったら瑠璃は一瞬で死ぬよって。まるで呪いのようにね。おかげでおとなしくなったんだ。」
「自分の親じゃなきゃ言えるのにね。」
そう言って瑠璃は苦笑いをした。
「しばらくしたら、心神喪失状態だったとでも言っておいてよ。」
そう言って、何枚かの服と下着をリュックに入れ、イタリアのアトリエに転移した。
「今のうちにいっぱい食べといたほうがいいかな…。」
「わかった、すぐに用意させる。」
三十分ほどで、たくさんの料理がデリバリーされ、リビングにあるダイニングテーブルでたくさん食べた。
「胃がびっくりしちゃうかな?ははは。」
食べ終わって、アンジェラ達の寝室に行くと、リリィが目を開けていた。
「あ、人口呼吸器取ってあげないと…。」
テープを外して引っこ抜き、傷を癒す。タオルで口を押さえ、気管に残っていた血を吐き出す。
「すごいな、完全連動別個体か。私も欲しいな。」
「おもしろいやつだな。」
「誉め言葉だと思っておくね。私さ、アメリカの大学と日本の大学両方行きたいんだよね。あ、でも子持ちじゃ無理だね。私の世界では今、十三歳で、日本の実家に住んでるんだけど、まだアンジェラとは婚約したけど、清い交際中です。ふふふ」
アンドレが部屋に駆け込んできた。
「リリアナが目を覚ました。」
瑠璃がリリアナの人口呼吸器も外して傷を癒す。
「ライル?」
リリアナが聞いてきたが、首を横に振って返事をした。
「ライルと瑠璃の合体中。」
「あ、そだ。私そろそろ帰らないと…たぶん大騒ぎになってると思うんだ。」
大きいベッドの上に横になり、自分の体だけを外に出す。
「じゃあ、戻るね。マリーちゃんとミケーレ君、かわいいね。みんなで仲良くね。」
「ありがと、おねえちゃん。」
玄関じゃなく、クローゼットを抜けてと言うのが笑えるところだが、仕方がない。
布のかかっている絵の側まで行き、布をよけて、さっき手に取った子供たちの絵を持ち上げる。景色がグニャリとゆがんだ。どうやら戻ってきたようだ。




