186. もう一つの世界で
瑠璃の目の前の景色がぐにゃりと変形した後、今までそこら辺にたくさんあった女の子の天使の絵が消え、男の子の天使の絵ときれいな女性の天使の絵に変わった。
「え?何これ?」
瑠璃は慌てて、クローゼットを抜けた先に倉庫から出た三人を追いかけた。
そこは、アンジェラの寝室だが、先ほどと様子が違っていた。
アンジェラのベッドの横にもう一つベッドがあって、そこには人口呼吸器と点滴を繋がれた若い女性が寝ていた。
そして、その女性の横には泣きはらした目で眠る二人の子供…。
『あ、さっきの絵の男の子と女の子だ。』
なんか、おかしいよね。さっき、この人たちはいなかったし…。
起こさないように、そーっと通り抜け、アトリエに行った。
『え?なんで?』
壁にかかっていたはずの自分の絵がない。そして、少年天使の絵と置き換わっている。
その右には、女性の天使が手を差し伸べているような絵だ。さっきの人?っていうか、私?その右には、さっき布がかかっているところにあったのと全く同じ結婚式の衣装を着たアンジェラとさっきの人…。s
アトリエには、その外へつながる一面ガラスの壁の向こうにさっきまでなかったサンルームがあり、白いグランドピアノが置かれていた。
『ここ、どこ?』
頭の中が真っ白になって、立ち尽くしていると、後ろから物音が聞こえた。ガタッ。
「ママ?」
さっき寝室で寝ていた男のが階段を上ってきたのだ。瑠璃を見て、『ママ』と呼んだ…。
「え?いや、私はママじゃない、瑠璃だけど。ここどこ?」
「ここは、パパとママとアンドレとリリアナとマリアンジェラと僕、ミケーレのおうちだよ。」
「パパとママって誰?」
「パパはアンジェラ・アサギリ・ライエンでママの名前はリリィ・アサギリ」
「えー??どういうこと?」
さっぱりわからない。
「おねえちゃん、何歳?」
「13歳。」
「ふーん、ライルと同じ年だね。」
「え?ライルいるの?今どこにいる?」
「おねえちゃん、ライルのこと知ってるの?」
「うん、助けてもらったことがあって。」
「そうなんだ…。ライルはね、今どこかに行っちゃってもう何か月も帰ってこないんだって。帰ってこなくなっちゃったら、うちのママも動かなくなっちゃったの。」
もしかして、自分の中に入っているライルはこの世界の人で、間違って私の世界に来たんじゃないだろうか…。
そう思い至って、いくつか質問をした。
「ねぇ、ミケーレちゃんだっけ?パパとあとの二人って大人?」
「アンドレとリリアナは大人だよ。」
「その三人は今どこにいるの?」
「リリアナもママと同じで動かなくなっちゃった。パパとアンドレはライルを探しに行くために合体してるの。どこに行ったかはわかんない。」
「子供だけ残して?」
「お世話してくれる人、キッチンにいるよ。」
キッチンに行くと部屋を片付けている女性が二人いた。
「あの、すみません。」
話しかけても、言葉が通じなかった。そっか、ここイタリアだっけ。
仕方がないので、アトリエに戻り、ミケーレ君に質問をする。
「アンジェラに電話って掛けられる?」
「ママのスマホだったら、ベッドの横においてあるよ。」
急いで寝室に行き、ミケーレ君のママのスマホを借りる。あ、指紋認証が通った。
ということは…やはり同じ個体として別々の世界に存在しているんだ。
瑠璃は自分のスマホでアンジェラの名前が検索されていたことを思い出した。ライルは私のスマホを指紋認証で解除できたのだろう。
アンジェラに電話をかける。
「もしもし。アンジェラさんですか?家に帰って来てもらえないですか?お話があるんです。え?私、私は朝霧瑠璃です。」
ブツッ。と電話が切れて、目の前に銀髪の見目麗しい男性が現れた?
「え?アンジェラさん?私のアンジェラと違うんですけど…。」
「君は誰だ?」
「あ、朝霧瑠璃です。多分、違う世界の…。」
アンジェラがアンドレとの合体を解いて二人に分離する。
「ひぇ~。二人になった~。」
二人はニコリともせず、瑠璃をガン見している。
「あ、あの~、どっちがアンジェラさんかなぁ?」
「私だ。」
少し背の大きい方がアンジェラのようだ…。自分の世界のアンジェラと容姿は全く同じだが、雰囲気というか威圧感が違う。ちょっと怖い。
「えっとですね~。私の世界のアンジェラの家の倉庫で絵を見ていたら、なんだかグニャっとなってこっちに来てしまったようなんですけれど…。うまく言えないんですけど…ライルさんをお探しと、さっきミケーレ君に聞きまして…。」
アンジェラとアンドレが私の方を見下ろす。アンドレが返事をした。
「それで?」
「あの、実は四年ほど前に、私が脳腫瘍の手術を受けまして。危なかったところをライル君に助けていただいたんですよ…。多分、この世界のライル君だと思うんですが…。」
「何が言いたいのかね。」
「はぁ、そうですよね~、私も何が言いたいかっていうとよくわかんないんですけど…。」
「用がないなら自分の世界に帰ってくれ。こっちはそれどころじゃない。毎日ライルを探し回っているんだ。」
「本当にいなくなったんですか?」
「あぁ、もう何か月も帰らない。いなくなった日にリリィとリリアナが意識不明になった。自発呼吸もできないほどの状態だ。ライルがどこかで大変なことになっているとしか思えない。」
「あ、あの~、実は…言いにくいんですけど。」
「なんだ?」
「ライル君って、すごく痩せてて背が高い金髪の子ですよね?」
「そうだ。」
「もしかすると…なんですけど、私の中に入ったままです。」
「何を言っている。」
瑠璃はびくびくしながら、説明した。
ライルの記憶は断片的で、ほんの少し時々見えるだけだったが、アンジェラと一緒に居ることが叶わずに心を病んでしまい、最後にルシフェルの石像みたいなところで、お腹の中にあった黒い心臓をルシフェルに入れたのが見えたことを…。
そして、天界に行ったライルが、女の天使の代わりに矢を受けて死んだこと。
残った核が白い小鳥になって、私=別の世界の瑠璃のところへ飛んできて、心停止していた自分を助けてくれたこと。
そして、その時に小鳥になったライルが自分の中に飛び込んできて、そのまま中にいると感じていること。
「ライル君は、自分の分身のおねえさんがアンジェラさんのそばにいても、寂しくて辛くて、どんどん苦しくなっていったみたいです。あと、私の世界は彼の世界の過去が変わったものだと思っているみたい。私もまさか、別に存在する世界だと思っていなくて…。」
アンジェラとアンドレは俯いて苦しそうな顔をした。
「ライル、辛いなら帰ってこいと言ったのに…。」
「リリィからアンジェラさんを奪えないって思っていたみたいです。」
「どうしたらいいんでしょう…。」
アンドレが唇をかみしめて言った。
「君、どうやったらライルと話ができると思う?」
「え?うーん…話したことはないです。意見も言わないし。いつもお互い一方的な感じです。私の目を通して見えているのかもわかりません。でも、いるのはわかる。」
アンドレが、アンジェラに向き合って言った。
「アンジェラ、覚えてますか?私があなたの中に入って出てこなかったとき、鏡に話しかけたら会話が可能だったこと。」
「あぁ、そんなことがあったな…。でも、ライルの体がどこにあるのかわからない。マリーは、気配が全くないと言っていた。核=魂が抜けていては探すこともできないのだろう。」
なるほど、それは確かに複雑そうだ。どこにいるかわかるとか、すごいね。マリーって誰だろう…。
その時、後ろから声がした。
「パパ、アンドレ、おかえりなさい。」
「マリー遅くなってごめんよ。」
アンジェラが今までの威圧感が嘘のように銀髪の赤ちゃんを抱っこして抱きしめている。その足元で、最初から最後まで話を聞いていたミケーレが、口を開いた。
「パパ、僕もここにいるんですけど。」
「あぁ、ごめんよミケーレ。話に夢中で見えていなかったよ。チュ」
男の赤ちゃんにも抱っこしてキスしてる…どうやら、ここのアンジェラは子煩悩オヤジのようだ。
ミケーレがマリアンジェラに話しかけた。
「ねぇ、マリー。このおねえちゃんね、別の世界のリリィで、今ライルが中に入ってるんだって。マリー、ライルのこと見える?」
「えー?他の世界なんてあるの?えーー、中にライルいるかも…。」
「ライルにお話しして帰って来てもらおうよ。」
「じゃあ、ミケーレがいつものやつやってよ。強制的に寝かせて夢に入るやつ。」
???強制的に寝かせて夢に入る???すごいな、赤ちゃんでもそんなことできるのかしら?
「なるほど、試してみたいが、君は協力してくれるか?」
アンジェラに問われ、同意した。
ソファに横になって、ミケーレに首筋を触られる。
スーッと周りが暗くなって、一瞬で眠りに落ちた。




