184. 婚約発表とその後
アンジェラの朝霧家での同居は至って普通で、問題と言えば家の前に報道陣がうろついたりすることぐらいだった。
瑠璃は新学年から学校に登校を再開した。
毎朝毎晩片道五分の道のりをアンジェラが一緒に送り迎えしてくれる。
学校に登校復帰してすぐの頃、同じクラスの強烈女子、橘ほのかに待ち伏せされた。
「朝霧さん、ちょっといい?」
「え?なに?」
「あなたと毎朝一緒に門まで来ている人って誰?」
「私の婚約者よ。遠い親戚にあたる人なの。」
「え?婚約者?」
「そうなの。素敵な人なの。うふふ。」
「だって、あの人ってアンジェラ・アサギリじゃないの?」
「なんだ、知ってるんじゃない…。そうよ。」
「婚約者とか笑わせないでよ。」
「…。」
その日の帰り道、いつもと同じようにアンジェラが迎えに来てくれた。
一緒に手を繋いで帰る。幸せを感じる時だ。
「あ、今日ねぇ。アンジェラが私の婚約者だって言ったら、笑わせるなって言われちゃった。強烈女子に…。」
「瑠璃、婚約発表しないか、どうだろう。」
「え?いいの?世界的なアーティストがそんなことして。」
「全く問題ないよ。」
結局、その後家に帰って家族に相談した。
皆、アンジェラの仕事への影響を心配したが、本人たちが望むならと了承してくれた。
週末に、都内のホテルで記者会見を行った。
アンジェラが手配したスタイリストさんに用意してもらったワンピースを着て控室で待つ。アンジェラが迎えに来てくれた。
「アンジェラ、王子様みたい。」
「瑠璃だってお姫様みたいだよ。」
まぁ、ちょっとサイズが違うけど…。ロリコン疑惑とか大丈夫なのかな?
瑠璃の心の声である。
アンジェラの会社に関係しているメディアしか入れないで会見をしたので、8年後に結婚する予定の婚約者として紹介され、未成年のため、氏名は伏せられ、『温かく見守ってください。』と二人並んでお辞儀をした。
当然のことながら、その日から外がメディアの取材でにぎやかになった。
学校では、会見を見た人が『おめでとう』と言ってくれた。
橘ほのかはさすがに何も言ってこなくなった。
『ロリコン』は言われてるみたいだけど、本人は全く気にしていないみたい。
あと5年もしたら、年齢差を感じないくらいになるって言って笑ってたもん。
そんなこともあったり、騒がしい毎日を過ごしていた。
時々、アンジェラの周りには危ないことも起きたりで、そのたびに助けることもあったけれど、気がつけば、中学一年生十三歳。急に背も伸びて165センチになった。
この頃になると、アンジェラとの婚約のこともそんなに騒がれることもなくなった。
二人でいてもただの外人カップルにしか見えないし、日本国内で外に行くのは学校への往復がほとんどだった。中学は私立の少し離れたところに通っているので、毎日アンジェラが車で送り迎えをしてくれる。
この頃になると、週末はイタリアの家に滞在することが多くなった。
アンジェラはイタリアの家に私の部屋と二つの客間をを作ってくれた。
お爺様とお婆様や、父様とママを連れて滞在することもある。
ただ、こんなに順調だと、逆に不安になる…。ライルの記憶のせいか、何か恐ろしいことが起きそうな気がする。
ある週末、初めて父様とママを連れて、アンジェラと四人でイタリアで過ごしていた時の事だった。
父様とママが、初めてアンジェラの家を訪問した日のことだ。アトリエに入って二人は驚いた。話には出ていたが、かなりの大きさの翼のある9歳の時の瑠璃の絵を初めて見たからだ。そして、もう一つ、少年天使ライルの絵を見たせいもある。
瑠璃の絵は、今すぐでもに動きだしそうに生き生きとしていたし、ライルの絵は、ものすごく悲しい表情で、引き込まれていきそうだから…。
今のこの世界には実在していないライルなのに、存在感ありすぎだ。
夜になったら、アンジェラが父様を誘って、アトリエでおいしい赤ワインとおつまみののったコールドプレートを出してきて、二人で飲み始めた。
私はワインではなく、ホットチョコレートとクッキーで少し二人から離れたところで二人の話を盗み聞きしていた。
二人は最初に瑠璃がアンジェラを助けた時がいつだったかという話をしていた。なぜ、瑠璃はアンジェラのところに行ったのか…誰にもわからないからだ。でも、一つわかっていることがあった。それは、脳腫瘍がきっかけではないか、ということ。頭が痛くて寝ている時も時々うなされた。そういう時にアンジェラの夢を見た。
父様は、瑠璃の日記を読んで、そのことを知っていた。
ただ、脳腫瘍のせいで幻覚を見ていると思っていたのだが…、まさか実在し、時を超えて助けに行けるとは、思ってもみなかった。
母親の留美が瑠璃の横にやってきて、「こっそり盗み聞き?」と言った。
「そう、だって父様がアンジェラをいじめるかもしれないでしょ…。」
「そうかな。ライルに釘刺されたから、大丈夫なんじゃない?」
「え?どういうこと?」
「瑠璃は知らなかったのね。あなたの心臓が止まって、お義父さんが死亡宣告しようとしたときに、白い小鳥が窓をすり抜けて飛んできたのよ。
そして、あなたの胸の上にとまった後で、あの絵のまんまのライル少年になった。
翼もあったし、痩せてたけど、すらっと手足の長くきれいな顔をしていたわ。」
「話せたの?」
「もう、父様の犠牲にはなりたくないって言ってる。って言ったの。
そして、アンジェラが自殺したってお義父さんが言うと、もう飛ぶ力も残ってないって、すごくかなしい顔で言ったの。」
「やだ、その話、知らなかった。」
「そしてね、私たちに約束して欲しいって、瑠璃が行きたいと言えば行かせて、嫌だと言えば、それ以上何も言わないでって。瑠璃はライルと同じで弱いからって。」
「ぐすっ。悲しい。」
「でね、その約束が守れるなら、瑠璃がもう一度笑うところを見せてくれるって言ったの。でも、徠夢君は頷かなかった。」
「え?ひどい。」
「その時、お義父さんが徠夢君を殴ったのよ。それで、渋々頷いたの。」
「そんなこと、知らなかった。」
「それでね、最後に、もし同じようなことが起こったら、瑠璃は一瞬で死ぬ。約束は守れって。すごくきれいな顔で言ってた。
その後、ライル君は小鳥になり、小鳥はその後、あなたの中に飛び込んで消えちゃたのよ。」
「それは、知ってる。だってライルは私の中にいるもん。時々昔の悲しい記憶を思い出させる。どうしてこんなにたくさんの人に尽くして与え切ってしまうんだろうっていうくらいのお人好しで…。アンジェラの事が大好きで…。ぐすっ。」
悲しい気分になって、それ以上は話せなかった。
ライルの世界では幸せになれなかったけど、瑠璃の世界とは違うから、きっと大丈夫…。




