183. ライルの影
瑠璃は事前に祖父未徠と母留美にメッセージを送っていた。
アンジェラが日本の朝霧邸で暮らすことを許可して欲しいというものだ。
「おはようございます。」
瑠璃は自室に転移した後、アンジェラを伴いダイニングで食事をする家族に合流した。アンジェラも朝の挨拶を済ませ、瑠璃の隣に座る。
そこで、母である留美が口を開いた。
「瑠璃昨日、大変だったわね。日本では、ニュースとかでも取り上げられてて大騒ぎだったのよ。大丈夫なの?」
「うん。驚いたよね。でも大丈夫だった。」
「お騒がせして申し訳ありません。瑠璃にまた助けられました。」
「いたずらしたと思ったみたいだったもんね。びっくりした顔になってたもん。」
「驚いたさ、そりゃあもう。」
そう言いながら、アンジェラがくすっと笑う。瑠璃も「だよねぇ。」と言いながら、ぎゃははと笑っている。
お手伝いさんのかえでさんが、皆のテーブルに、今日の朝食のパンケーキを運んできた。瑠璃の大好物だ。
「うひょ~、久しぶりのパンケーキだぁ。」
ずっと昏睡状態で食事をとっていなかったので、家で何か食べるのもあの火災を回避しに行った時に食べていたサンドウィッチ以来と言える。
いっぱいメープルシロップとホイップをのせて、ブルーベリーものせてもぐもぐ食べる。
「ん~、おいひい。」
そこで、未徠が口を開いた。
「瑠璃、昨日メッセージもらってた件なんだけどな。」
「うん。」
「この家と医院は、そもそも私の父徠央が建てたものなんだが、その両親が遺した遺産で建てたと聞いていたが、アンジェラさんから相当な額を送金されていたんだ。」
「え?そうなの?」
「あ、家が焼けてしまったと聞いたので、送金した記憶はあります。」
「だから、アンジェラさんの物と言ってもいい。好きなだけ滞在してください。」
瑠璃の顔に喜びがあふれる。
「お爺様、ありがとう。ちなみに相当な額ってどれくらい?」
「やめなさい、瑠璃。」
徠夢が瑠璃の言葉を遮った。しかし、未徠は続けた。
「いや、かまわんよ。記録では、今の価値で十億円以上だろう。」
「うわ。どっからそんなに出てくるの?」
「瑠璃のおかげなんだよ。瑠璃の姿を思い出して、君の絵ばかり描いていたんだ。そうしたら、売って欲しいっていう人が多くてね。気が付いたらすごく高い値がついていて、一枚で五億以上で買ってもらえたんだ。」
アンジェラが言った金額に、皆、目が点…。
「すごい、一枚五億?うひょ~。モデルがいいからだね。ふふふ」
「そういえば、有名な美術館に「リリィ」って題名の絵が収蔵されているって出てましたね。」
留美がそう言うと、アンジェラが恥ずかしそうに頷いた。
意外にあっさり同居を認められ、拍子抜けした二人だった。
アンジェラから皆にこれからの事を話し始めた。
「あの、まだ瑠璃は子供で、この先長い時間待たなければいけないのですが、私は瑠璃と結婚したいのです。それを認めて頂きたい。」
徠夢が口を開いた。
「絶対に裏切らないと約束してくれ。」
「もちろんです。約束します。ありがとうございます。」
瑠璃は少し徠夢の反応がいつものと違うなと疑問に思っていたが、深く追求しなかった。
朝食の後、瑠璃の部屋の隣の部屋をメインに改築して大きくし、アンジェラが住むことになった。
仕事の拠点を日本に移すつもりでいたアンジェラは、とても喜んでくれた。
家の中を案内しながら、瑠璃がホールで、グランドピアノに触れた時、瑠璃はピアノを習ったことも弾いたこともないのに、そのピアノを弾く大人の自分の姿が頭に流れ込んできた。
「あれ~?変な感じした。」
瑠璃がピアノの蓋を開け、椅子に座る。
「ん~?」
「瑠璃どうしたの?あなたピアノは弾いたことも習ったこともないでしょ?」
母・留美が言うが、瑠璃は少し考え込んでから鍵盤に手を置いた。
いきなりだった。ピアノ・ソナタ第17番テンペスト第三楽章。
瑠璃の指が勝手に動く、早いテンポの曲に合わせるようにホールの空間に金色の光の粒子が集まりだし、嵐のように動き回る。
未徠夫婦も、徠夢と留美も、アンジェラも息をのんだ。
そして、光の粒子は度々、少年天使の姿を見せては消し、彼がそこに存在していることを見せているようにも見えた。
曲の最後に金色の粒子が瑠璃に降り注ぐ。
「これ、弾いたら力出るみたい。」
アンジェラと徠夢が泣いていた。
「アンジェラ、なんで泣いてるの?げ、父様まで。」
ライル少年は父・徠夢の夢にも度々出てきていたのだ。しかも、どの夢も徠夢のひどい態度や言葉に耐え切れず死ぬ結末だったという。だから、瑠璃が助かったときに現れた光の粒子で現れた少年天使を見た時には驚き、彼に『父様』と言われたときには背筋が凍ったというのだ。
『かわいそうなライル…。』
瑠璃は夢の中にしか存在していないライルをかわいそうに思った。




