182. 現実と夢とこれからの事
スタッフに控室まで案内され、アンジェラが奥の部屋で衣装に着替えるのを待つ。
その間、スタッフから今日のイベントはライブで中継予定なので、スマホがあればここで視聴可能だと、配信サイトを教えてくれた。
「あっ、ほんとだ。もう始まってるんですね。アンジェラはいつ出る予定ですか?」
「アンジェラさんは、最後の2曲を歌う予定なんです。」
「今歌っているグループの次の次ですね。」
「ありがとうございます。」
アンジェラの歌を聞けるとは思っていなかったので、瑠璃は不思議な気持ちだった。画家とか、オペラとか、アーティストとかってすごいなぁ。
よそ見をしているうちに、アンジェラが着替えを終わって、スタッフと共に控室から出て行ってしまった。ステージの脇で出番を待つようだ。
私はスマホでライブ配信を見ながら、アンジェラの前の人の曲が終わってアンジェラが出てくるのを見ていた。
『うわっ、ヤバいね。アップが…。何人かは心臓麻痺で即死だわ。』
じっくり見ながら、楽しんでいると、2曲目の曲が始まった。
『あ、あれ?…涙が、止まらない…。』
ライルの記憶だと思うけど、アンジェラとライルが一緒になれない時間を歌った曲だとわかった。現実には、今までの自分とアンジェラに置き換わっているのだろうけど…。
「ぐすっ。」
涙を拭いて、曲をしっかりと聞こうとする。
♪ すべての 希望をあつめられたなら
♪ いま 二人 ここで会えた 奇跡
『あっ、歌詞が違う…。』
ライルの記憶の中の歌詞と、最後の部分が違っている。
曲が最後まで演奏され、音と照明が徐々にフェイドアウトしていく…。
その時だ、『ガシャーン』と音がしてライブ映像の画面が真っ暗になった。
画面の明るさが戻ったとき、自分の目を疑った。
スタジオの天井から照明が落ち、アンジェラが血を流して倒れている。
頭がぐらっとした。気を失いそうだ…。
『キーン』という音がして、2曲目の途中からの映像が見えている。
「え?」
♪ すべての 希望をあつめられたなら
♪ いま 二人 ここで…
『まずい。』
私は慌ててアンジェラの前に転移した。翼を広げてアンジェラのマイクを持つ手を握る。
♪ 会えた…奇跡…
アンジェラを連れて控室に転移した。
『ガシャーン』
私のスマホからすごい音が聞こえた。
「瑠璃、今、ステージの最中だったんだけど、いたずらしたのか?」
私は無言で首を横に振った。黙って、スマホの画面を見せる。
落ちた照明器具がアンジェラが立っていたところに散乱している。
アンジェラが慌てて私を抱っこしたまま、走ってスタジオに戻る…。
幸い怪我人はいないようだ。
「瑠璃、助けてくれたのか?」
私は黙って頷いた。
その後は、警察を呼んで現場検証をしたり、事情聴取を受けたりの大騒ぎだった。
母留美からもメッセージがあった。
『あの照明落下って本物?合成?』
なるほど…視聴者にはそう見えるのね。
『本物。危なかった。』とだけ返した。
「私の映像が残っちゃったね。」
瑠璃がそう言うと、アンジェラは笑って言った。
「大丈夫だよ。本当の奇跡が起きたんだ。」
配信の映像が拡散され、どんどん広がり、アンジェラの曲が更に売れ、とにかく話題に上った。
事故の原因は固定金具のボルトのゆるみ、たまたま起きたと結論付けられたが、瑠璃はライルの記憶から、スタッフの一人が細工をしたのではと考えていた。
ライルが経験したものと、全く同じってわけじゃないから、様子見ながら対応していこう。
イベントが終わって、アンジェラに食事に連れて行ってもらった。
高級そうなお店で、子供の自分には似合わない場所だった。
「ふぇ~、なんだか緊張するし、疲れる。」
「瑠璃、こういうお店じゃない方がよかったのか?」
「うぅ、まぁ。子供いないもんね、自分以外…。」
「じゃあ、次からは私の家で食べよう。」
コクコクと頷くと、アンジェラも微笑んでくれた。
食事が終わり、アンジェラは一度アンジェラの家に二人で行って話をしたいと言う。
瑠璃も話しをしたかったので、母親にメッセージで『今日はアンジェラのおうちに泊まるね』と送り、二人でイタリアへ転移した。
アンジェラの家のアトリエで、海沿いの岸壁に面した何枚も連なる大きなガラス面は、スイッチ一つで完全に外の明るさを遮断することができるようになっていた。
「お、すごい。」
間接照明の薄暗い中、小さな丸いテーブルを挟んで向かい合わせに椅子に腰かけた。
ホットチョコレートが入ったカップを受け取った。アンジェラが口を開いた。
「瑠璃、もう体は大丈夫なのか?」
「うん、ライルが治してくれたから、大丈夫。」
「ライル…、昨日も言っていたね。もしかして、ライルってあそこに掛けてある絵の天使と同じかい?」
アンジェラが指さす方の壁を見た。
「あ、ライルだ。」
一番左に自分の絵が、真ん中に透き通るような白い肌にサラサラの金髪の悲しい面持ちで遠くを見つめる、濃い碧眼の少年天使が描かれていた。
「やっぱり、そうなんだね。」
アンジェラが言うには、夢で度々見るそうだ。私と同じようにアンジェラを助けたこともあるらしいが、実体がないのか、癒したり、嵐を起こしたり、雷を起こすことができても、アンジェラが触ろうとすると光る粒子になって消えてしまうという。
「ライルっていうのは誰なのか知っていたら教えて欲しいんだ。」
「んー、私にも正確にはわからないんだけどね。今、私の中にライルが入ってるの。どこかから白い小鳥になって飛んできたんだ。私の傷と命を助けるために。」
そして瑠璃は続けた。
「でもね、私を助けたいって思って来たんじゃないって知ってるんだ。お爺様がライルを見た時にアンジェラが死にそうだって言ったの。そうしたら急に私を治し始めたの。多分、アンジェラを助けるために、私を治したんだと思う。」
アンジェラは自分はライルを知らないのに、なぜ助けようとするのか疑問に思っているようだ。
「信じてもらえるかわからないけど、私本当はライルで生まれるはずだったんだと思う。でも、何かの原因で運命が変わって、瑠璃で、女の子で生まれたから、ライルが最後に自分で自分を殺すような終わり方にはならないんだと思う。」
「ライルは自殺したのか?」
「…ちょっと違う。本当の天使の代わりに身代わりになって死んだの。」
「どうして死にたくなったのかわかるか?」
「それは、アンジェラと一緒にいられなくなったからかな…。」
「…。」
「気にしなくて大丈夫だよ。違う世界の話だと思っていいよ。」
納得がいかないが、理解するのも難しいので、この話はここまでとなった。
「瑠璃、起きているときに話せていなかったが、結婚して欲しいんだ。」
「アンジェラ…うれしいけど、私まだ九歳だからあと九年は結婚できないよ。
約束だけだったらできるけど。それでもいい?」
「あぁ、もちろん。でも、ずっと一緒にいて欲しいんだ。」
「どうやって?反対されるよ。」
「何かいい方法ないだろうか?」
「うちの家に一緒に住んじゃえばいいんじゃない?アンジェラの実家でもあるんだし…。聞いてみようか?」
二人は日本時間の朝になるまでイタリアで仮眠をし、日本の朝霧邸に行った。




