18. さよならアズラィール
七月二十六日月曜日の朝を迎えた。
いつもより早く目覚め、かえでさんに朝はサンドウィッチがいいとリクエストをした。
八時には食事を終え、身支度を整える。
今日は、アズラィールと過ごせる最後の日だ。
アズラィールも身支度を整えて居間へとやって来た。
「ライル、これ、つけてくれないか?」
アズラィールはお守りを彼のベルト通しの紐に着けて欲しいと言ってきた。
「いいよ。後ろ向いて。後ろのポケットに入るようにつけてあげるよ。」
お守りを付け終えると、アズラィールは僕に相談ごとがあるという。
「ライル、その…日本のずいぶん前の時代に僕が行ったらさ、僕の名前って浮かないかな?どういう名前が普通なのかわかんないから。不安でさ。」
うん、確かに。そうだね。浮きまくりだと思うよ。と心の中で小さく頷く。
「確かにいないよね、そういう感じの名前の人は。金髪も碧眼も多分皆無だし。」
「あぁ~、どうしよう。捕まって見世物とかになったりしない?」
「大丈夫だよ、資料館で見ただろ?伝説のヒーローなんだよ。」
「う、うん。」
「あ~、でも名前は呼びにくいといえば呼びにくいし、昔の日本人には発音できないかもしれないな…。」
「え、なんか嫌な予感しかしないよ…。」
「あ、じゃあさ、僕がいいやつ考えてあげるよ。アズラィールってのはちょっと長いからさ。僕と父様の漢字を一つ使って徠と竜でライリュウってのはどう?竜ってドラゴンって意味ね。ちょっと強そうだし。そのうち朝霧になるんなら、日本名があった方がいいと思う。
亜津徠竜とか名乗っておけば、かっこいいと思う。」
アズラィールは少し首を傾げ固まりつつも、最後には笑顔でかっこいいねと言って喜んでくれた。
途端、アズラィールの碧眼に金色の輪が浮き上がり、元に戻る。
やべっ、何か起きたかな?誰も見ていなかったので、そのまま素知らぬ顔をしてやり過ごすライルであった。
しっかりポストイットに「亜津徠竜」と書いてお守りの中に追加する。
ちょんまげは拒否っておいた方がいいんじゃないか、などの軽いアドバイスを雑談でしながら、アズラィールの緊張をほぐしてあげられたと思うことにしよう。
気づくともう正午に近い時間だった。
「アズラィール、肝心なことを言い忘れていたよ。」
僕は昨日の夜、父様と覚醒した時のことについて話したことをアズラィールに伝えた。
命を助けたことで覚醒が起きる可能性があることだ。
「誰かを助ければ、僕にも力が与えられるかも知れないんだね。」
アズラィールは理解したようだ。
かえでさんが昼食は裏庭でと父様に言われていると伝えに来た。お昼寝しているアダムを起こし、三人で裏庭に出る。
午後一時には父様と母様も動物病院の休憩時間で合流した。
かえでさんが裏庭で僕たち全員の記念写真を撮ってくれた。いつもより豪華な昼食が並ぶ、父様が気を利かせてくれたんだろう。
「ライル~。」
アズラィールが子供らしく楽しそうに走り回って僕にビーチボールを投げてきた。
ヘディングして返し、それを追ってアダムが犬になって走り回る中、穏やかに時間は過ぎていった。
午後三時、いよいよ運命の時間が迫っている。
急に空の雲行きが怪しくなってきた。
僕はアダムが飛ばしたビーチボールが、池の手前の古い切り株に引っかかってしまったのを取ろうとして手こずっていた。
キーン、という金属音が頭のてっぺんで聞こえた様な気がした。
その時だ、ドンと横から強い衝撃があった。
アズラィールが、僕の体を突き飛ばしたのだ。僕の顔をまっすぐに見て、悲しい笑い顔を浮かべて。
ドカーン。すごい爆音が轟き、今まで僕がいた場所に雷が落ちた。
そこにいたはずのアズラィールは、跡形もなく消えていた。
本当に、本当に雷と共に彼は姿を消した。
僕は、そのまま父様の腕の中でしばらく泣き続けた。
本当に行かせてよかったのだろうか。
本当に彼は行かなければ、いけなかったのだろうか。
「ライル、泣かないでおくれ。自分では決められないことも人生にはあるのだと思うよ。」
父様はいつもと同じように、やさしく抱きしめてくれた。