172. 瑠璃(リリィ)のやり方
「あ、アンジェラお兄ちゃん。次いつ来られるかわかんないけど、帰るね。」
「あ、待って。アンジェラって呼んで。」
ちょっと、赤面しながらアンジェラが言った。
「あ、アンジェラ…。瑠璃、おなかすいちゃったから、帰るね。」
バットを手に取って、バイバイする。
アンジェラの悲しそうな顔が辛い。
瑠璃は金色の光の粒子になって、その場から消えた。
家に戻った瑠璃は声をあげながらも今度はうまく着地した。
「うおっと…。」
椅子に座ったまま、寝ていた父様が驚いて同じように「うわっ」と声をあげる。
「瑠璃、外泊とはどういうことだ!」
「むぅ。だって、お兄さんすごい怪我してて、死にそうだったんだよ。黙って死ぬの見捨てろって言うの?かわいそうな人なのに…。」
服についた血もかなりひどい、そして金属バッドについた傷も痛々しかった。
徠夢は、父親の言葉を思い出し、なるべくやさしい口調で言った。
「そ、それで、その人はどうだった?」
「え?アンジェラ?怪我とか打撲と骨折が治ったから目が覚めたよ。
ひどいよね、大きな剣で襲われてたんだよ。超あぶなかった。金属バットで正解よ~。」
「そ、そうか…。」
「あ、あとね。びっくりしちゃうのが、西暦1920年だって言うんだよ。
百年も前だよ。さすがに百歳超えたら生きてないよね、生きててもヨボヨボ…。」
徠夢はその後で、父の祖父の弟が『アンジェラ・アサギリ・ライエン』だと言うことを教えてくれた。
「そっか…ひいひいお爺ちゃんの弟…。ってどんだけ…。」
はぁ…。とため息をついて、とりあえず着替え、ダイニングへ走る。
「お腹すいた。死ぬ。」
父様もダイニングについてきた。
「それで、その、結婚がどうとかっていうのは、諦めたんだよな?」
「え?あきらめてはないよ。だって、父様、アンジェラは世の中で一番の美形だと思う。あれ、超えられる人いないから。マジで。瑠璃があっちに行っちゃえばヨボヨボは回避できるかな?」
「何言ってるんだ…。」
「だって、27歳って言ってたけど、どう見ても高校生くらいだったし。あと数年待ってもらえれば、瑠璃ももうちょっと大きくなれるでしょ。」
用意されていたサンドウィッチをもぐもぐ食べながら、父様に思っていることを本気で話す。
「いや、そのわけのわからない理屈は何だよ…。」
「あ、そだ。検索しなきゃ。」
サンドウィッチを口にくわえてスマホを取り出し、再度検索…。
「うそ、オペラの劇場火災で焼死だって。火事ってどうやったら助けられるかな?」
「そんな危ないところに行くのは許可できません。」
「そうだよね、火事はちょっと怖いよね~。うちに消火器ってあったっけ?」
サンドウィッチを咥えて、スマホのスクショを撮ってスマホをポーチにしまった。そして、もう一つサンドウィッチを手に持ってホールにダッシュした。
「おい、こら待て、瑠璃。」
父様が言う声を遠くに聞きながら、消火器を発見した。
「あるじゃん。」
消火器の取り扱い説明を読みながらサンドウィッチをもぐもぐ…。
読み終わったところで、消火器を脇に挟み、サンドサンドウィッチを左手に持ち、ポシェットの中に右手を突っ込んでアンジェラの髪の毛を触る。
瑠璃は金色の光の粒子になって消えた。
視界がはっきりしてくると、目の前に王様コスプレのアンジェラがいた。背が高いので瑠璃は翼を出し飛んだ状態で頭を触った感じである。周りでどよめきが聞こえる。
「あれ?なんかのイベント?」
周りをきょろきょろ見回すと、そこは舞台の上だった。
「ゲッ、マジ?まずかった?ひぇ~。」
「瑠璃…。」
アンジェラは、こんな時なのにとろけそうな瞳で瑠璃を見つめた。
その時だ、舞台の脇の照明器具から火の手が上がった。
舞台の幕に燃え移り、黒い煙が上がった。たくさんの客がいる劇場で、火の手が上がったのと逆の方に観客が押し寄せている。
「あ、ちょっと、これ持ってて。」
アンジェラにサンドウィッチを渡す。
消火器のストッパーを外して、火元の辺りめがけてレバーを握った。
プシュー……ッ。勢いよく消火剤を噴出し、すぐに火の手を止められた。
しかし、室内は黒い煙で咳が出る。
「ちょっと空気とかどうにか、げほっ、なんないの?げほ…」
手のひらで顔の周りの空気をかき混ぜると、ちょっと強めの風が会場のドアを押し開け場内に入ってきた。おかげで数秒で息苦しさから解放された。
「うわ。すごいじゃん。見た?」
アンジェラがコクコクと頷く。重たい消火器を下に置いて、自分も床に降りた時、アンジェラが跪いて、手の甲にチューしてくれた。
「うひょ~、王様にチューされたみたいでうれしい。」
王様コスのアンジェラと自撮りした。サンドウィッチを返してもらい、もぐもぐ食べながら、自撮りに満足し、消火器を持ち上げた。
「これ、こんなところに置いておくと騒ぎになりそうだから、持って帰るね。
アンジェラすごいね、俳優さんもしてるんだ。かっこいいよ!じゃ、またね。」
バイバイして、その場から消えた。
騒ぎのおさまった劇場では、拍手が鳴りやまなかった。




