171. 百年前?
目の前の真っ白な光がおさまると、一回目と同じく瑠璃は自分の部屋の床にドスンと落ちた。
「いったーい。」
また、慌てて父様と北山先生が走ってきた。
「あ、先生。まだいる…。」
「瑠璃、お母さんになんてこと言うんだ…。」
父様が少し怒ったように言った。
「お母さん?え?北山先生がお母さん?」
急に頭がすごく痛くなった。
「うぅ。わかんない。わかんないよぉ。」
メソメソ泣いていると、お爺様がやってきて、父様にきつい一言を言った。
「頭を開いて脳の手術をしたんだ、それくらい混乱することも予測できるだろう。お前は、いつも言うことが適切ではない。」
「…。」
ベッドに座らされて、父様にどこに行っていたかまた聞かれた。
「また、どこに行っていたんだ?」
「天使のお兄ちゃんの白いおうち。」
「どこか聞いているんだ。」
「わかんないよぉ。でも動画撮ってきたから、嘘じゃないってわかると思う。」
瑠璃は先ほどアンジェラに質問して答えてもらっている動画を両親と祖父に見せた。二人には翼が生えていた。
「なんのコスプレだ。ふざけるな。この男は誰だ?」
「父様、怖いよ。コスプレじゃなくて、瑠璃もお兄ちゃんも翼が出るんだよ。それに、この男じゃなくて、アンジェラ・アサギリ・ライエンさんって言ってたじゃない。」
「そんなもの、信用できるか!」
徠夢の言葉に、未徠が制止した。
「いや、嘘とは言い切れない。さっき調べてみたんだよ。アンジェラ・アサギリ・ライエンはやはり、私の祖父の弟だった。そして、天使の絵を描くことで有名だった。」
「あ、お爺様。これ、この写真見て。瑠璃の絵も描いてくれてたんだよ。」
そう言って、自撮り写真を見せる。
「そ、その絵…。」
お爺様が、調べた内容をプリントして持ってきた。
その中に、ヨーロッパの美術館の所蔵品のリストと絵の写真が載っていた。
「これを見てみろ。」
お爺様が指さしたところには、少し角度の違う構図で描かれたそっくりな絵が載っていた。そして、絵画のタイトルが「Lily」
「な、そんな…。」
動揺する徠夢を見て、心の中で『ほうら、瑠璃の言った通りじゃん。』と思う瑠璃だった。
「嘘、ついてないから。あ、そうだ。検索しないと…。」
瑠璃は検索結果を見て、ショックで泣いてしまった。
『暴漢に襲われ遺体で発見された』となっていたのだ。とりあえずスクショを撮る。
「ふぇ、え~ん。結婚の約束したのに…。」
「何、馬鹿なこと言ってるんだ。」
「馬鹿じゃないもん。約束したんだもん。」
瑠璃はスマホをポーチにしまうと、走って裏庭の物置にしまってあった金属バットを取り出した。部屋に戻って来ると、父様がギョッとした顔で言った。
「悪かった。嘘と決めつけてしまったのは悪かったよ。でも、そんな物騒なもの持ってきて、親に対して喧嘩でも売るつもりか?」
「父様、何言ってるの?今急いでるから、部屋から出てって。」
瑠璃は、部屋に入ると金属バットを左手で肩に乗せ、右手でポーチの中のアンジェラの髪を掴んだ。
瑠璃の体が金色の光の粒子になりサラサラと崩れ落ちる。
徠夢は本日二度目の衝撃に、何がどうなっているのかわからなくなった。
そこで、未徠が口を開く。
「徠夢、うちの家系には不思議な能力を持っている者が出現することがあると言うのは、話したことがあっただろうか…。」
「いいえ、ありません。」
「実は、私にも不思議な能力があってな。手を当てると体が透けて見えるのだ。
病気や、怪我などの状態が手に取るように分かるため、その能力を使って診療方針を決めている。」
「え、父さんもですか?私は、手を当てると透けて見え、傷や骨折であれば治癒を早めることができます。」
「なぁ、瑠璃は今日、最初に居なくなった時、明らかに被弾していたと思わないか?」
徠夢はポケットからハンカチに包んだ弾丸を取り出した。
「わかっています。それは、嘘ではありません。服にも穴がありました。」
「あの子の言っていることは多分、全てが本当だと思うのだ。お前は言い方に気をつけなさい。もっと優しく接しなさい。」
「はい。すみません。父さん。」
気に病んでもしかたがないので、徠夢一人がその場に残り、瑠璃が戻ったら知らせることにした。
瑠璃は、目の前の真っ白いのが消えてアンジェラの髪の毛を掴んだ状態で視界がはっきりした。
その途端、『キーン』という音がして、瑠璃が持っている金属バットに大振りの剣が当たった。角度が悪かったら、自分の腕が折れてたかも、と思うと焦った。
「ひぇー。暴力反対!」
慌ててアンジェラの腕を掴むと、自然に違う場所に移動できた。
一瞬、安全な場所に行かなきゃ、と思ったからかもしれない。
アンジェラお兄さんの家に移動できた。絵を描いている部屋だ。
お兄さんは、意識がなかった。ゆすっても目を覚まさなかった。
あっちこっち殴られた痕や、傷だらけで、目も当てられない。
瑠璃は家の中を走り回り、ベッドの場所を探した。
一つ下の階にベッドがあったので、お兄さんを掴んで、ベッドの上に行きたいと念じた。一瞬で場所が変わった。超便利だ。
ベッドのお兄さんを寝かせて、体中の傷を一つ一つ『治れ、治れ』と念じながら触った。お腹の中にも傷があった。全部治るまで、何時間もかかった。
汚れた服を脱がせて、お水を桶に入れて、タオルを濡らして絞って拭いた。
お兄さんは、次の日の朝まで、目を覚まさなかった。
「アンジェラお兄ちゃん、がんばってね。」
汗を拭いて、添い寝をしながら励ました。
いつの間にか寝てしまった瑠璃の頬を撫でるのに気づいて目が覚めた。
めっちゃめちゃ近くにアンジェラお兄さんの顔があった。
「あ、気が付いた?まだ痛い?」
「ここが痛い。」
アンジェラが胸を押さえた。あばらが二本折れていた。それも時間がかかったけど、治せた。
「もう、痛くない?」
瑠璃がそう聞くと、アンジェラは瑠璃の手を取り、アンジェラの心臓の上に当てた。ドキンドキンと激しく打つ心臓の音を感じて、瑠璃も心臓がドキドキした。
「え、心臓の病気はわかんないよ。」
そうしたら、アンジェラが少し笑って言った。
「瑠璃に会えて、うれしくてドキドキしただけだから、大丈夫。」
「え?うわ~、何それ、世の中の女をいっぱいだましている男が言うようなセリフ、よく言うね。」
瑠璃は少し機嫌が悪くなった。『この男、絶対浮気する。』と思ったのだ。
アンジェラが、瑠璃にキスしようとした。
「ほら、キスしなれてそうだもん。なんだか悲しい。」
瑠璃は口を尖らせて言った。
「この前、瑠璃としたのが初めてのキスだったのに。そんなこと言わないで…。」
アンジェラが涙を溜めて俯いて言った。
「マジ?」
アンジェラが頷いた。そういえば、最初にチューしたときは、気絶してたか…と回想する。意外にも『優良物件かも』と考えを改め、許してあげることにした。
瑠璃の方から、キスしてあげた。
「んっ。はぁ~。」
あぁ、やばいわ。マジでハンサム。
「あ、そうだ。忘れてた。ねえ、ここってなんていう国?」
「ここはイタリア。」
「今西暦何年?」
「1920年。」
「え?マジ?ガーン。100年以上前じゃん。あ、ねえ、戦争で撃たれたの覚えてる?あれ、いつだった?」
「あれは、三年前。」
「え?じゃあ、十字架にはりつけられてたのは?」
「あ、あれ…十年くらい前…。」
「今、何歳?」
「27歳。そういえば、瑠璃大きくなっていないね。」
「そりゃそうよ。ついさっき、戦争のところで、弾に当たったばかりよ。
十字架の時は、一週間くらい前に行ったんだと思うわ。」
「???」
「時間に関係なく私が移動してきてるんだと思う。ほら、そのネックレス、触ったら勝手に移動してきたの。」
「いつ、結婚できる?」
アンジェラが真顔で聞いてくる。
「私ね、2021年で9歳なの。101年後で9歳。それまでアンジェラが生きていると思う?日本の法律で。16歳で親がいいと認めたら結婚できるけど。うちの親。きっとダメって言うと思う。」
「このまま、ここにいて。」
「さすがにそれは、マズイでしょ。でも、どうにかして、時々会いに来れるようにしたいな。いつも死にそうな時ばっかりだもん。」
そうだ、死にそうな場面でしか会っていない。
あ、そうか、私はアンジェラを助けるためにこの能力が使えるようになったのか…。




