170. 過去の改変(2)
消えてしまった瑠璃を自分の目で見て動揺する三人だったが、未徠が口を開いた。
「留美さん、瑠璃は何かもう少し具体的なことを言っていなかったのかね?」
「あ、はい。お義父さん、スマホの画面を見せられて、戦争で死んだ人を助けたら、記事が自殺に変わったと言っていました。」
「戦争で?」
「はい、戦争で被弾して死亡。だったと思います。名前が、アンジェラ・アサギリ・…。最後の方はよく覚えていません。」
「アンジェラ…?」
徠夢がスマホを取り出して検索を始めた。
「アンジェラ・アサギリ…。あ、ありましたよ。著名な画家、精神を病み自殺。」
「ちょっと待て、それは、もしかすると私の祖父の弟ではないだろうか…。
昔、聞いたことがある。祖父にはとても芸術に長けた弟がいて、ドイツで画家として大成したが、戦争で被弾し、即死だったと。遺品が祖父宛にドイツの親戚から送られてきたと聞いたことがある。」
「でも、父さん、それとこれは別ですよね、戦争って一体どれくらい前の時代の話ですか?」
「まぁ、そうだな。現実としてあり得ない。その祖父の弟について知っている者も今ではもういないだろうな。」
一方、瑠璃は黒い羽のネックレスを掴んだ状態でまた別の場所にやってきていた。崖から飛び降りたアンジェラの目の前に…。ただいま、落下中である。
「ギャーーー、落ちてる落ちてる…死んじゃう。死んじゃう…。ギャーーー。」
死のうと決心して飛び降りたアンジェラだったが、驚きと、目の前の少女天使に再会できた喜びで、自分の翼を出して、空中に留まった。ネックレスに掴まって、瑠璃がブラブラしている状態である。アンジェラが片言の日本語で話した。
「だいじょうぶ?」
「あ、大丈夫。だと思う。」
アンジェラに抱っこされ、崖の上の家の中へ連れて行かれた。
家の中に入ると、前に十字架に張り付けられてた時に飛んできた場所だった。
「ここ、おうちなの?」
「おうち?」
「ハウス?」
「そう、ハウス。」
中に入ると大きな少女の天使の絵がかけられていた。瑠璃の絵だ。
「はずかし~。でも、絵上手だね。」
アンジェラは首をかしげている。瑠璃はニヤニヤしながら言った。
「ジャパニーズ、オーケー?」
アンジェラは首を横に振って言った。
「おかあさん、ジャパニーズ、おにいさん、ジャパンにおかあさんと行った。」
「え?誰?」
「え?だれ?」
「んー、名前は?」
「わたし、アンジェラ・アサギリ・ライエン、おにいさん、ライディーン。アサギリ・ライエン、おかあさん、リン・アサギリ。」
「あ、朝霧じゃん。わたし、リリィ・アサギリ。」
抱っこされたまま、ぬるいやり取りをしていると…瑠璃は思い出したように言った。
「写真、撮っていい?」
「しゃしん、とって、いい?」
「あーわかんないね、えっとね、ピクチャー、オーケー?」
アンジェラが無言で頷く。
抱っこされたまま、天使の絵をバックにして自撮りした。
あと、アンジェラだけの写真と瑠璃と一緒のツーショット。
翼が出ていたので天使だと言う証拠にもなるだろう…。
「あ、そうだ。うちの父様の写真も見せてあげる。」
「とうさま?」
スマホで動物園に行った時の父徠夢との写真を見せる…。
「あ、あ、ライディーンとおなじかお。」
「え?まじ?動画撮っていい?」
「???」
瑠璃はアンジェラの反応を無視して動画を撮影した。
「アンジェラさん、おにいさんのなまえは?」
「ライディーン・アサギリ・ライエン」
「おかあさんのなまえは?」
「リン・アサギリ」
「アンジェラさん、フルネームは?」
「アンジェラ・アサギリ・ライエン。」
動画撮影を終了し、満足げに頷く瑠璃だった。
最後に、アンジェラを睨みつけて、ひとこと。
「死んだら、ダメ。いい?」
すごく悲しい顔をするアンジェラを見て、今度はこう言った。
「どうして、じぶんで、しぬの?」
アンジェラがじわじわと涙をためて言った。
「みんな、いない。さびしい。」
瑠璃はすごく困った。でも、放っておけなくて言ってしまった。
「また来るから、死なないで。ね?待っててよ。」
「また、あえる?」
「会えるよ。住所、教えてあげる。今度遊びに来てね。」
瑠璃は自分のポーチからメモとペンを取り出し住所と電話番号と名前を書いた。
『アンジェラさんへ 朝霧 瑠璃は ここにいます。
XX県○○市XX町XX-XX TEL:090-XXXX-XXXX 2021.8.20』
「はい、これ。瑠璃のプライベートよ。」
「…。」
そのメモを渡し、『まぁ。漢字書いてあってもわかんないわね。』と言いつつ、『にほんごべんきょうしなさい』と言い放った。
「それじゃあ、もういくね。」
「リリィ…。いかないで。」
アンジェラが泣きそうな顔で言う。
「あ、そういえばさ、そのネックレス触って、いつもこっちに来てるんだけど、死ななかったから、もう使えないかもね。どうしよう…。いつも体につけてるものってある?」
「からだ、つけてる?」
「あ、髪の毛とか…。あ、ヘアーね。これ。」
そう言って瑠璃は自分の髪の毛をつまむ。
「少し、ちょうだい。」
アンジェラは、その辺にあったハサミで自分の髪の毛をつまんで切った。
瑠璃はそれをメモ用紙を一枚破いて包むと、にっこり笑って言った。
「これで、また来れるね。今日から、お友達だよ。」
悲しい顔をしているアンジェラに少しいたたまれなくなり、瑠璃はつい唇にキスをした。
『あっ!』前回はわからなかったアンジェラの過去が、知識が、全ての事が頭に流れ込んできた。そして、涙が滝のように出てきた。
「えーん。どうしてそんなに悲しいの…。ふぇーん。」
アンジェラが、瑠璃を抱きしめて一緒に泣く…。
瑠璃がアンジェラのおでこと自分のおでこをくっつけて、もっと日本語がちゃんとできてお話ができたらいいのにって思ったら、アンジェラのおでこが金色にうっすらと光った。
「ねえ、行かないで。私の天使。」
アンジェラが急に普通に日本語を話し始めた。
「え?」
「それに、友達は唇にキスしないよ。だから、もう、君は私のものだ。」
「え?」
まぁ、顔面偏差値がこれだけ高いのだ、今まで見た中で一番の美男子である。『結婚してもいいかも…。』と瑠璃は考えていた。全く、ませた小学三年生である。
「うん、わかった。じゃあアンジェラは瑠璃のフィアンセね。」
アンジェラが頷いた。
いとも簡単に結婚の約束をしてしまった。それと同時に瑠璃はその場から消えた。




