17. タイムリミット
皆で朝食を囲み、平和な朝を過ごした。
僕の体調も思ったより回復している。
昨日は、初めて使った能力のせいかかなり消耗していた。
能力は使いすぎるとその後どうなるかわからないな。
アダムは母様の横を陣取って、母様に口を拭いてもらいながら相変わらずすごい勢いで食べている。
アズラィールは元気がない。自分の置かれている状況に悲観しているのかもしれない。
おそらく、明日の午後には彼はここを去ることになる。
それまでに何か解決策がわかればいいのだが…。
食後、父様から提案があった。皆で市の資料館に行ってみようというのだ。確かに、まだ僕が見つけていない情報やアイテムがあるかもしれない。
朝霧家に由来するおとぎ話もアズラィールに知っておいてもらってもいいかもしれない。資料館の開館時間に合わせ家を出るまで、僕らはそれぞれの時間を過ごした。
僕は夏休みの宿題を少しやってから自分の日記を読み返す。そういえば、アダムが名前をもらったからどうとか、って言ってたな。
しかし、今のところこれはなんのヒントにもならない。
そうだ、命を助けたことがどうとかっていうのも言ってたな。助けた者の能力を使えるとか…母様はどんな能力を持っているんだろう。ん~。その辺はあまり考えない方がいいかな。そんな自問自答の最中に、廊下で何かがガシャーンと割れる音がした。
慌てて廊下に出る。
そこには廊下に飾ってあった花瓶が割れて散乱し、花瓶の水をかぶったアズラィールがいた。
「アズラィール、大丈夫か?」
「ご、ごめんなさい。床に落ちていた何かに滑って、転んてしまったら、花瓶にぶつかって。」
そこへ音を聞いた父様が駆けつけた。
「怪我はないかい?」
「あ、はい。うっ。」
立とうとして床に手をついたアズラィールの手のひらに陶器の破片がささり血が出ている。
「あぁ、今治してあげるから。さぁ、こっちに破片を踏まないようにしておいで。」
アズラィールは、痛みに耐えながらも父様の言うとおりに近づいた。
父様はポケットからハンカチを出すと、陶器の破片を引き抜き、ハンカチで傷口を押さえたまま、両手でアズラィールの傷を包む。白銀色に輝く光で覆われた後、ハンカチで血を拭きとると、傷は跡形もなく消えていた。
父様はかえでさんに花瓶の破片を念入りに片付けるよう頼むと、アズラィールを抱いたまま僕の部屋へ移動し、ベッドに彼を寝かせた。
「アズラィール、大丈夫かい?気分はどうだい?」
「ごめんなさい。」
「謝ることはないよ。あんなところに靴下を脱いだままにしていたアダムは後で叱っておくよ。」
父様はくすっ。と笑いながらアズラィールの頭を撫でた。
アズラィールに出発までの三十分ほどは休むように言い、父様は自分の部屋に戻って行った。
三十分後、出発の時間だ。
今日は人数が多いので車で移動することになった。
アダムは母様から離れないので、後部座席で僕と座った。
アズラィールは車を見るのも、乗るのも初めてで固まっていたが、助手席に乗せられ、父様にシートベルトをつけてもらってちょっと嬉しそうだった。
すぐに資料館に着き、皆で受付を済ませる。
そこで、僕のクラスメイトの結城春人君に会った。
「おい、ライルじゃないの?わっ、なんだよお前!双子だったのかよ!」
あ、まずい。見られた。どうするの、こういう時は…。
父様がにっこり笑って結城君に話しかける。
「こんにちは。ライルのお友達?こっちの子はね親戚の子なんだよ。ドイツから遊びに来ているんだ。」
結城君の目が一瞬泳ぎ、なぜか挨拶しながら逃げる。
「こんにちは。さ、さよなら~。」
「さよなら~。です。」
アダム、相変わらずいいお返事だこと。
この前見たのと同じ朝霧家のおとぎ話のコーナーを見る。
母様はいたくこの話が気に入ったようで、目頭を熱くして頷いている。
そりゃ思い入れ出来ちゃうよね、ここにいる子が伝説の主人公にこれからなっちゃうんだからさ。
当人のアズラィールは、不安な顔のまま黙って展示を真剣に見ている。正直、雷が落ちて、人が降ってくる。なんて、妄想の域を出ない。でも、ここ数日の僕たちの体験からすると、現実に起こっても不思議ではない。
続いて、アズラィールの住んでいた姉妹都市の展示だ。
昨日と同じく魔女狩りの話の説明を読み、もう一度内容を把握する。
アズラィールは、かなり動揺した様子で立ち尽くしている。自分たちの家族が火を放たれた経緯が細かく記されていたからだ。個人的な私欲のため、何も罪のない者を貶めるような虚偽や暴力。僕もそういうやつらは許せない。
「大丈夫かい?」
父様がアズラィールに声をかける。
「はい。」
アズラィールが震えながら消え入るような返事をする。
このころには母様の涙腺は崩壊しており、アダムを抱きしめて母様は声をあげて泣いていた。
昨日の写真立てはまだここにあった。
写真立ての説明の最後に、焼けた家の裏手の沼地で唯一発見された遺品となっていた。写真立てはアズラィールの物だが、さすがに持ち帰るわけにはいかない。
そこで、父様はその写真をスマホで撮影して後でプリントしてくれると言っていた。これから彼が行く場所に物を持っていけるかどうかはわからないけれど。
特に僕にとっての新しい情報は得られず、しかしアズラィールがこの現実を受け止めるには十分な情報だった。
僕たちは車で隣町のショッピングモールまで行き、アダムの一押しドーナツをイートインで食べ、帰りにはセレクトショップで新しい洋服をそれぞれ買ってもらった。
「まるで双子ちゃんみたいなんだもの、色違いとかでかわいいのを着せたいわ。」
などと母様が言い始めたのが始まりだ。
アダムまでちゃっかりお揃いでコーディネートされている。僕とアズラィールは白いGジャンに黒の綿パン、色違いのTシャツだ。
父様は僕とアズラィールがその服を試着した時の写真を撮ってくれた。
そして、僕たちが他にも洋服を選んでいる間に、父様が資料館で撮った写真と共にプリントしてきてくれた。
買い物を終え、すっかり夕方になってしまった。
ショッピングモールの帰り道、父様は近くの神社にお参りに行こうと言い出した。
安全祈願をしようというのだ。
この場合は、交通安全でも安産祈願でもないよね。何になるのかな?
父様は心願成就のお守りを2つ買って、僕には赤いのを、アズラィールには青いものを渡してくれた。
そして、さっきプリントしたアズラィールの家族の写真をその中に折って入れておくように言った。
アズラィールは家族の写真と、僕と写った写真もお守りの中に入れた。
「身に着けていれば持っていけるかも知れないからね。ベルト通しの紐に着けておいたらどうだい?」
「はい。そうします。」
その後は、誰も口を開かず家路についた。
僕は夕食を終えた後、地下の書庫へ来ていた。
何か見落としはないか、僕に出来ることはないのか。
気持ちだけが空回りする。
そこへ父様がやってきた。
「ライル、疲れたような顔をしているよ。」
「父様。もう、何もできることはないんでしょうか。」
「そうだねぇ。一つ、ライルに言っていなかったことがあるんだけれど。僕がいつ覚醒したか、ということだけれどね。」
「あ、それ、重要ですね。」
「実は、大学を卒業して、他の動物病院で研修をしていた時のことなんだ。」
父様は、その時のことを詳しく教えてくれた。
下っ端の獣医だった父様は勤務していた動物病院で、遅くまで後片付けをしておりその日は一人で残っていた。
夜の十時をまわり、もう帰ろうと外に出て鍵をかけている時に、大きな通りで暴走バイクにはねられたという猫を連れて小学生くらいの女の子が来たそうだ。
女の子の話では、たまたま塾で帰りが遅くなり、家の傍の交差点で信号待ちをしている時、青になり渡ろうとしたその子の前に、猫が飛び出し、猫は一瞬止まってから信号の先に行った。
女の子は猫に驚いて立ち止まった。その直後、数歩先に信号無視の暴走バイクが通り、その猫をはねてそのまま行ってしまったというのだ。
女の子は、その猫が自分の身代わりになり助けてくれたからどうか助けて欲しいといい、父様も手術の腕はまだまだだったが、どうにか内臓の出血を止血し、骨折や外傷の手当を行い、猫は一命を取りとめた。
その翌日、動物病院に行って驚いたのは、動物たちが言葉で話しかけてきたことだった。
猫はその後、その女の子に引き取られた。
そして、傷を癒せるようになっていることに気づいたのは、そのさらに数か月後、僕がまだ小さいとき、転んで膝を擦りむいたときに膝をガーゼで押さえて、「痛いね、早く治るように力をあげようね。」と慰めるつもりで声をかけた
ときにあの白い光が輝き、傷が消えたというのだ。
僕は僕の仮説を父様に伝えた。
「生き物の命を救うことで覚醒するということ?」
「うん。僕もね、ライルのアダムを助けた話を聞いて、もしやと思ったんだよ。」
僕たちは1つ希望を見つけたのかもしれない。
そこへ母様がやってきた。
「明日も早いから、そろそろ休んだ方がいいと思うわよ。」
「あぁ、そうだね。」
僕たちはそれぞれの寝室に向かった。
僕は今日あったことを日記に書き記した。
七月二十五日日曜日、市の資料館で朝霧の伝説とアズラィールの家族の事を再確認。
写真を撮ってもらい、お守りに入れた。
お揃いの服を買ってもらった。
父様との話で、覚醒のきっかけがわかったかもしれない。
少しだけだが希望が持てた。
明日、いよいよタイムリミットを迎える。どんな事が起こるのだろう。