163. 夏休みの企み(五)
父徠夢が、僕に「ちょっといいか?」とお爺様たちに聞こえないようにダイニングの離れた位置に僕を引っ張っていく。
嫌な予感しかしない。しかし、ライルとして戻って来てから、僕は精神的には強くなっているはずだ、大丈夫…自分に言い聞かせて父様の話を聞く。
「何?父様。」
「ライル…。」
「なんだよ、言いたいことがあったらはっきり言えよ。」
「ありがとう。」
「は?」
意味が全く分からなかった。またぐちゃぐちゃ文句言うと思っていたのに。
拍子抜けしたよ。
「何が?」
「あー、色々。この旅行もそうだし、さっきのライブも。昼間のデートも。」
うえっ。自分でデートって言っちゃった。盛り上がったのかな?
「北山先生って、僕、結構いい人だと思うんですよ。」
僕が、誘導尋問的に父様に話をふる。
「そ、そうだな。すごく素直でいい人だと、私も思ったよ。」
「それで?」
「い、いやー、楽しかったっていうか、なんというか…」
「それで、次の約束、したんですか?」
「え?次の約束…?」
「楽しかったら、次の約束しないと、だめでしょう。」
僕がスマホを取り出し、北山先生に電話をかける。
「あ、せんせ…留美さん、ちょっとダイニングに来てもらってもいいですか?
はい。明日帰るので、時間の打ち合わせです。はい。お願いします。」
僕は先生を呼び出して、父様に言った。
「明日は午前十時にここを出ます。朝食はそれまでに済ませておいてください。先生にも伝えておいてくださいね。あと、『留美さん』って呼んでみたら、いいと思います。」
僕は一方的にそう言うと、その場から王の間へ転移した。
がんばれ、徠夢。
王の間に転移した僕は、少しの間真っ暗な室内でベッドに横になり、ぼーっとして過ごした。そして、無性に会いたくなった。僕の運命の人に。
でも、アンジェラはもう、僕のものではない。リリィのものだ。
リリィは僕自身なのだが、離れて時間が経つにつれ、自我が芽生えてきたというか、繋がりがどんどん薄くなっている。
アンジェラは僕を以前と変わらず扱ってくれるが、リリィに気を遣い、僕も心が痛むのだ。会いたい、会いたい。会えないなら、消えたい。
結局は親子の愛なんて、そんなもんだ。父様がいくら僕を求めても、それは僕にとっては足かせで、人生をかけてそれだけで満足していけるような愛にはならない。
わかっていて、この選択をしたというのに、我慢できない自分が歯がゆい。
父様が僕以外の人生のよりどころを見つけてくれたら、僕だって、愛する人を自分の手元においておけるかもしれない。
ちゃんと抱き合える、実体のある愛する人を…。
なんでこんなに心が苦しくなるんだろう…。
そんなことを考えながら、僕はいつの間にか寝てしまったようだ。
翌朝、目を覚ました僕は、シャワーを浴び、着替えた後に中庭で景色を楽しみながら紅茶を飲んでいた。
そこに、マリアンジェラが一人でやってきた。
「ライル、ごめんね。」
「え?何が?」
「私がリリィとライルを分けるようなことしたから、ライルが一人になっちゃった。」
そのマリアンジェラの言葉に僕は苦笑いをして言った。
「そうかもしれないけど、放っておいたら死んでたんだから、これはこれで仕方がないことなんだろうね。別にどうってことないさ。もしかしたら、僕が全部壊す可能性だってあるし。」
そこへリリィが来た。
「マリー、帰るわよ。」
「むぅ。」
マリアンジェラは機嫌が悪そうだ。リリィとマリアンジェラが転移して帰って行った。
忘れていたアンジェラへのお礼をメッセージで送る。
「アンジェラ、昨日のライブも素敵だったよ。僕のアンジェラ、独り占めしたいけど、もうそれも叶わない。今までありがとう。」
メッセージを送って、スマホの電源を切った。
僕は一つの決心をした。
王の間に戻り、隠し金庫を開ける。
中に、一つ残った黒い核を取り出した。最後の一つだ。
僕は、リリィとの情報共有を遮断した。
そして、黒い核を自分の腹部に押し込んだ。
「うっ。」
痛みと、嘔吐に似た感覚が僕を襲う。
ごめんね、アンジェラ、アンドレ、リリィ、リリアナ、マリアンジェラ、ミケーレ。
僕の大切な人たち…。
午前十時になり、一緒に滞在している六人を三回に分けて自宅に転移した。
夏休みのちょっとした僕の企みはここで終了となった。




