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162. 夏休みの企み(四)

 朝の身支度を終え、ダイニングで朝食を適当に食べた。

 食べ終わるころには朝十時を過ぎていた。

 父様と北山先生の食事を終えた頃を見計らい、話しかけてみる。

「父様、ここは特に遊ぶものもないので、買い物に行きませんか?」

「あの、ライル君。聞きそびれちゃったんだけど、ここはどこなの?」

 北山先生に質問され、そういえば言ってなかったなと反省する。

「すみません、言い忘れてましたね。ここ、ドイツなんです。街歩きするなら、他の場所でもどこでも連れて行けますので、ご希望をおっしゃってください。」

「ライルはどこがいいと思う?」

「そうですね、おすすめはイタリアのローマとかベニスとか、スペインだったらバルセロナ辺りが歩きやすくて割と安全かなと思いますよ。」

「北山先生はどこがいいですか?」

 父様が聞くと、北山先生は目を輝かせて言った。

「ローマに行ってみたいです。」

「じゃあ、ローマに行きましょう。」

 父様もうれしそうに言った。三十分後に出発すると約束し、出かける準備をする。


 約束の時間になったので、行く前に少々確認をする。

「はぐれたり、何かあったらすぐに携帯電話に電話してください。父様と北山先生も番号を交換しておいてください。あと、これ。ユーロを多少持っていないと不便ですよね。」

 アンジェラからもらった現金を二人に渡す。二人と手を繋いで転移した。

 転移先にはアンジェラが所有しているローマにある会社の事務所を使用した。

 一ブロックほど歩けばトレビの泉がある。

 インフォメーションセンターで街歩き用の地図を入手して、二人に渡した。

 地下鉄の駅で一日券を三人分購入した。

「最初にサンタンジェロ城へ行きましょう。」

 地下鉄で移動し、サンタンジェロ城へ入る。

 中を見た後、屋上部分に出ると、上部の中央に銅製の天使の像があった。

「あれが大天使ミカエル、ミケーレですね。」

 僕が説明すると、北山先生が聞いてきた。

「朝の来てた小さい子ってミケーレ君でしたよね?」

「そうです。」

 続いて、ヴァチカン、サン・ピエトロ大聖堂へと行った。何回来ても厳かな空気が心地よい。そんな時、スマホにメッセージが来た。

 僕はメッセージを見ると、父様と北村先生に「急用ができたので、午後三時にサン・ピエトロ広場に迎えにきます。」と告げ、その場を後にした。


 メッセージの主はアンジェラだった。

「悪いなライル、急に呼び出して。」

「大丈夫だよ。何、僕に頼みって。」

「今日、ローマでライブがあるんだが、アンドレとリリアナもジュリアンとして一緒に初のコラボでやるんだよ。それで、リリィ一人になってしまうので、リリィと一緒に子供たちと一緒に家にいて欲しいんだ。」

「家にいなきゃだめなの?」

「ライブに連れて行ったら、やらかしそうだからな。それ以外なら大丈夫だ。

 最近、今朝みたいに勝手に転移してどっかに行っちゃうから、参るよ。」

「子供達が暴走しなきゃいいんだろ?」

「あぁ、まぁ、そうだけど。」

「ライブの席って八席用意できる?」

「あぁ、多分大丈夫だと思う。」

 アンジェラはその場で事務所のスタッフに電話をかけ、席を追加で用意するように言った。ライブは一番最初に見たようなVIPだけを入れたものらしい。

 開始時間と場所を聞き、一度ユートレア城に戻る。


 未徠夫妻と徠央と左徠に事情を話し、出かける準備をさせる。

「今からローマに行きます。午後五時三十分に同じ場所に必ず戻って来てください。」

 そう言って、また現金でユーロを渡し、携帯番号を確認する。

 そして、僕は用事があるが、困ったらすぐに連絡するように言った。

 四人を連れてアンジェラの会社の事務所に転移した。

 ちょうど昼を少し過ぎたところだ。


 急いでリリィの所へ転移する。

「ふぇぇ~ん。」

 見えてはいたが、リリィはギャン泣きするミケーレと一緒に泣いていた。

「ミケーレ、わがまま言ってママを泣かせちゃだめだぞ。」

「だって、パパのライブに行きたいのに、ダメって言うんだよ~、ぐすっ。」

 そうか、徠人はこっそりアンジェラの曲を聞いてた隠れファンだったな。

 結構笑えるんだが、ちょうどいい。

「ミケーレ、僕の提案を聞いて。」

 僕は、ミケーレを僕に、マリアンジェラをリリィに入れて、大人としてライブに行くことを提案した。子供として暴走しなければいいとアンジェラが言っていたのを逆手に取るためだ。

 人の体に入る能力はミケーレにはない。でも、一つ可能性としてやってみたいことがあった。ミケーレの手を僕が掴み、ミケーレの人差し指で僕の唇を押す…何も起きなかった。失敗。

 次にキスか…。まぁ、まだ、赤ちゃんだからいいだろう。

「ミケーレ、僕の口にキスしてみてくれ。」

 ミケーレが顔を赤くして、もじもじしながら言った。

「いいの?」

 どういう意味だ?

「いいに決まってるだろ。」

 ミケーレが僕にキスをした、ん?こいつ、絶対徠人の記憶を全部持っているだろうな、舌まで入れてくる。うぐぐ…、やたらといやらしいキスを…。んんっ。

 僕とミケーレ両方の体が青い光の粒子で包まれた。そして実体化したのは、死ぬ前の銀髪だった徠人にそっくりの長身の男だった。髪型は僕の髪のままの長髪で、幸い目は碧眼だ。赤くなくて良かった。リリィが横目で僕を見てため息をつく。

「その姿見たら、お婆様が泣いちゃうかもよ。」

「だな…。でも仕方ないよ。ライブに子供は連れて行けない。」

 次にマリアンジェラがどこにも触らず金色の光の粒子になってリリィの中に入り込む。

 リリィも金色の光の粒子に包まれ実体化する。

 ん?ヤバいな、その姿は…。マリアンジェラが大人になった様な銀髪の美女がそこに立っていた。半分自分の分身で、半分自分の娘でなければ、絶対に惚れちゃいそうである。

「これって、どっちも子供たちの大きくなった姿に近いのかな?」

「そういえば、私とライルの要素が目の色くらいしかないね。」

 どうやら半分に分かれている僕とリリィは存在が薄いのかもしれない。

 頭の中で子供たちが話しかけてくるのは聞こえる。

『うわっ、ミケーレ、ハンサムじゃん。』

『え、マジ、マリーも最高に美人じゃん。』

『ミケーレ、さっきライルにやらしいチューしてたよね?』

『だっていいって言ったもん。』

 あぁ、うるさい。雑念が頭の中で騒いでいるようだ。僕もリリィも繋がっているので全部が頭に流れ込んでくる。

 僕とリリィはクローゼットの中に入り、ライブに着ていく服を選んだ。

 二人でお揃いの白いデニムのジャケットで揃えた。リリィは淡いブルーのミニワンピースにパニエでふわっと膨らませて。僕は色の薄いジーンズとシースルーの紺色のインナーを合わせた。

 鏡で見ると、ものすごいエロい。ちょっと不安になる。


 ミケーレが、ちょっと体の主導権をくれと要求してきた。少し譲ると、手のひらから青い薔薇がいくつかこぼれ落ちた。

 その薔薇を拾い、胸元に固定した頃、時間は午後三時少し前となっていた。

「リリィ、そろそろ父様のところに行かないといけない。」

「大丈夫よ。」

 二人で手を取り、ローマのサン・ピエトロ広場のそばの建物の陰に転移した。

 広場の中央に向かい二人で手を繋ぎ移動する。

 なんだか嫌な予感がする…。

 横を見た。たくさんの視線を感じる。反対側も…。

 どうやら、僕らの容姿は非常に目立つらしいということはわかった。

 周りを無視して先に進むと、父様と北山先生が待っていた。

「父様、お待たせしました。」

 僕が言うと、父様が目をぱちくりさせて口を開けたまま固まった。

「あ、すみません。説明しないとですよね。ミケーレを連れて歩けないので、体の中に取り込んだら、こんな風になってしまって…僕はライルです。」

「あ、私はリリィです。マリーを中に入れてまして…。」

 父様は苦笑いをしながら、「徠人が生き返ったかと思った」と言った。

 北山先生は固まったまま、しばらく息を止めていたが、父様がそれに気づいて、「息をしましょう」と話しかけると、正気に戻ったようだった。

 僕は二人にこれから少し早い夕食をとり、その後行きたい所があるので付き合ってほしいと伝えた。


 四人でのレストランでの食事はちょっと妙な感じだった。

 レストランでも僕らはものすごく目立ってしまった。

 知らない人からの差し入れでテーブルがいっぱいになった。

 北山先生が、ニコニコしながら言った。

「美しいってやっぱり得ね。」

「はぁ。そうですかね。身の危険を感じますけど。」

「ほんと、なんだかこわいね。」

 そういえば、徠人が行くところにはいつも人だかりができていたな…。

「あの、北山先生って呼ぶのもなんなので、留美さんて呼んでもいいですか?」

 リリィが僕の思惑を知っていて、そう切り出す。

「あ、もちろんです。その方が変じゃないですよね。」

 北山先生がそのことに同意した。

「あ、留美さん。何かワインとか頼みますか?」

 僕が、気を利かせていうと、父様が自分の飲みたいワインをメニューで選んで指さした。

「じゃ、ライル。これを頼んでくれ。」

「わかった。」

 店員を呼びワインとグラス二個を頼む。僕とリリィはグレープジュースだ。

 不思議なもので、普段大好きなブロッコリーが不味そうに見える。ミケーレの意思?

 興味深い。お腹も満たされ、時間もそろそろというところで、リリィが会計を済ませてきた。

「ぜひ、また来てください。って言われちゃった。」

「どうして?」

「売り上げが伸びたんだって。」

「へぇ…。」

 芸能人でもないのに、不思議なこともあるものだ。

 準備ができたので、僕は父様、リリィは北山先生の手を取り、通路の陰で転移する。

 最初に転移したローマの会社事務所だ。ライブはそのすぐ先のビルにある。

 僕が父様と北山先生を会場へと案内しているとき、リリィは未徠夫妻と左徠、徠央をその場で待った。

 四人が戻って来て、リリィは自分は『リリィ』だと告げ、四人を会場へと転移させる。

 まだ、ライブ会場は開いていない。

 ちょうどよかった。実はミケーレを入れていることでエネルギーがものすごく消費されているようで、少しヤバい状態になっている。

 アンジェラに電話をかけ、ステージのピアノを弾かせてもらう許可をもらった。

 アンジェラはまだ控室にいるようだった。

 リリィもエネルギーを得るため、ピアノの横に立って待つ。

 僕は、テンペストを何も考えずに弾いた。

 観客は、父と祖父母、そして北山先生。

 何の説明もなく、僕がピアノを弾き始め、北山先生が驚いているのがちょっと見えた。

 今は、かまっている暇はない。ミケーレのエネルギーを喰う量がハンパないので、今すぐ補充しなければ…。

 テンペストが終わったら、次はラ・カンパネラ、幻想即興曲と続けて弾いた。

 はぁ、どうにかエネルギーは満タンに近づいたか…。安堵して目を開くと、床、テーブルの上一面に青い薔薇が敷きつめられていた。

 そして、その一部始終をアンジェラのスタッフが撮影していたらしい。


 床一面の青い薔薇は演出の一部と言えば、そう取れるだろう。

 いよいよ開場し、客が入ってきた。僕たちは一番後ろの、いちばん端の席だった。

 目立たないようにとの配慮だと思う。

 席に着いたら、お婆様が泣いていた。

「お婆様、すみません。僕はライルです。体内にミケーレを入れていて、今こんな外見になっています。」

 僕がそう言うと、お婆様は涙をハンカチで押さえ、微笑んで言った。

「悲しくて泣いてるんじゃないの。うれしくて泣いてるのよ。ありがとうライル。」

 ミケーレが体の主導権を強引に奪った。そんなことができるのか?

 立ち上がり、お婆様の横に立ち肩に手をあて、囁いた。

「母さん、俺はミケーレの中でいつも見てるからね。泣かないで。」

 体の主導権を取り返そうとして、がくっと膝をついた。

「ライル、大丈夫?」

 リリィが心配そうに僕を見た。

『ミケーレ、いや徠人に一瞬、主導権を取られた。もう大丈夫だ。』

 心の中で返事をした。僕は席に戻り、開演を待った。


 アンジェラのライブが始まった。

 最近出したアルバムから五曲を歌い、最後に先日動画配信した曲をジュリアンとのコラボで最後に歌った。

 曲の歌詞を少し、追加しており、ライブの特別バージョンとして、聞きたい観たいファンの心理に漬け込むようだ。


 ♪ すべての のぞみをあきらめたのなら

 ♪ 君が 僕を 愛してくれるのなら 何も要らない


 そのライブは録画され、後日発売されるらしい。

 最後の曲の終わりに、アンジェラは床に落ちている青い薔薇を一つ拾い、息を吹きかけた。その薔薇は青い光の粒子になり消えて行った。

 この薔薇が消えるって知ってたのか?


 曲が終わると、とにかくすごい拍手で、こっちまで興奮しちゃったよ。

 ライブが終わって、家に帰る。空いてる控室を借りて、六人をいっぺんに転移させる。

 ユートレアに着いたら、お婆様が近づいてきて言った。

「ライル、ありがとう。」

 途端に、合体が切れた。ミケーレが僕の腕の中に抱かれた状態で出現した。

 身長が十五センチも小さくなった僕がブカブカの服を着て、赤ちゃんに近い子供を抱いている。

「あ、おばーちゃま。あれは、ライルじゃなくて、ミケーレよ。」

「ミケーレ、ありがとう。」

「ん、おばーちゃま大好きだから、また今度遊びに来てね。」

「うん、うん。絶対くるからね。」

 リリィの方も合体を解除したようで、リリィがマリアンジェラを抱いている。

「もう、二人とも眠いみたいだから、連れて帰るね。ライル、今日はありがと。」

「あぁ、じゃな。」

 リリィは双子を両手に抱いて転移した。


 軽食が用意されたダイニングでお爺様とお婆様がワインを飲みながら話をしていた。

 僕は自分の服に着替え、何か食べられるものがないか物色しに来ていた。

「ミケーレが入っていると、すごいいっぱい食べたのに、お腹のすき具合がヤバイです。なんだか、ミケーレはこれから先、すごい能力を開花しそうですよね。」

 そう言いつつサンドウィッチを食べていると、父様が来た。

「ライル、ちょっといいか?」

 あ…嫌な予感しかない。何かまずったか?

 サンドウィッチをもぐもぐしながら、内心冷や汗の僕だった。


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