157. 新しい今日
リリィとライルが帰ってきた。いや、ちょっと違う。リリィの命が助かり、ライルと分離した、と言うべきか…。
マリアンジェラが少し首を捻って、アンジェラにコソコソと何かを話している。
アンジェラが頷くと、マリアンジェラがその場にいたアンドレとリリアナとミケーレにハグをして、言った。
「全員、ちょっとこの部屋から出ないでいてくれる?」
そして、アンジェラに再度抱っこされて、二人でどこかに転移してしまった。
マリアンジェラはせっかくの誕生パーティーが残念な状態で終わったことが心残りだった。そういうわけで、アンジェラに提案したのだ。
一度過去に戻り、イタリアで衣装をオーダーした日に行った。
アンジェラに頼んで、デザイナーの事務所にメールで追加の依頼をしてもらった。
そして、アンジェラを元の時間に戻すと、マリアンジェラだけが転移していなくなった。
彼女は誕生日の日、リリィの心肺停止後の時間の朝霧家に戻ってきた。
アンドレの部屋にいたアンドレ、リリアナ、ミケーレ、そして、アンジェラの前に現れ、こう言った。
「あのね、何も聞かないで協力してほしいんだけど。ちょっと一日飛ばしてもいい?後から今日をやり直すから。パーティーの衣装はクローゼットに入れておいてね。」
そして、全員を一日後に連れていく。
そして、一か月後から徠夢、リリィ、ライルの三人を含めた全員をリリィの部屋に転移させた。
これで、この一日だけは、同じ人物が同時に存在することにはならないはず…。
アンドレとリリアナは自分たちの部屋で着替えて待機していると言って移動した。
エントランスのインターホンが鳴って、荷物がアンジェラ宛に届いた。
アンジェラが荷物を持って、リリィとアンジェラの部屋に入る。
「マリー、届いたよ。」
「パパ、ありがと。」
荷物の中身は、ライルと徠夢のタキシード、ミケーレとアンジェラのとお揃いだ。
過去に戻って注文したものである。指定の日時に朝霧邸に届くように手配してもらったのだ。
アンジェラが二人分のタキシードを徠夢に手渡すと、徠夢は恥ずかしそうに固まっているが、そんなことはお構いなしで、アンジェラが徠夢に早く着ろと圧力をかけている。
アンジェラとミケーレもクローゼットにしまってあった衣装に着替えた。
そして、マリアンジェラのワンピースがもう一枚。
核を入れるときに胸元に穴が開いて、血がついていたからだ。
リリィに着替えさせてもらい、髪をといてもらう。
「やっぱり、マリーが世界で一番かわいい。」
リリィはそう言うとマリアンジェラにぎゅっとした。
「ミケーレは?」
ミケーレが悲しそうな顔をしてリリィにすがりつく。
「ミケーレは世界で一番ハンサム。」
リリィがミケーレにもぎゅとしておでこにチューをした。ミケーレの鼻の下が伸びている。
「じゃあ、私は?」
大人げないアンジェラが物欲しそうにリリィを見る。
「アンジェラは…。」
リリィが部屋をぐるりと見て、言葉を途中で切った。
「今度、誰もいないところで言うね。」
皆がリリィをガン見していたからだ…。
いつの間にか下着姿だったライルもタキシードを着終わっていた。リリィがライルの髪をといて、後ろで束ねる。すごく不思議な気分だ。
ライルは色が白くて細く、ちょっと中性的な感じだが、まるで王子様みたいだ。
リリィは、大きい男のライルになったときのことを思い出してしまった。
そして、ライルへの徠夢の異常な執着が相変わらず怖い。視線が突き刺さる。
本当はすごい執着してたけど、洗脳されてておかしな方向で態度に現れてたんだろうな…。
ライルと徠夢の準備が完了した後、アンドレ達と合流して、ホールへ皆で出た。
事前に、アンジェラがアズラィールに連絡をし、パーティー続行を伝えてあったので、そんなに混乱はないと思ったのだが…。
「「「え?誰?」」」
「「「ライル?」」」
「「どうなってる?」」
皆、結構驚いてくれた。ですよね~三年ぶりくらいの登場ですから。
しかも、リリィもリリアナもいる上でのライルの登場だ。
そして、コソコソしている奴がいます。そう、ライラ、あいつのせいで僕はひどい目にあったのだ。あとで仕返しをしてやる。
アンジェラがマリアンジェラの代わりに皆の前で説明をした。
一時リリィが心筋梗塞で心肺停止になってしまったが、マリアンジェラが能力を使ってリリィを体内に取り込み、その上で女神の洞窟で傷を癒しに行ったこと。その時に、リリィの魂の核はその場に留まっていなかったため、魂の核が無いと体がダメになると思い、空っぽの別の核を使って体を維持することにしたことを…。
マリアンジェラは、今までの僕達天使の生まれ変わりが持つどの能力とも違う能力を持っている。
その能力のおかげか、あるいは、あの場所=女神の洞窟では必ずそういうことが起こるのかはわからないが、大きく育ったマリアンジェラが洞窟から戻ってきた後に、自分の体からリリィを分離したのだ。
そこで、もう戻らないかと思ったリリィの魂の核が戻ってきたのをきっかけに、体内で育ち始めていた新しい核と、リリィの魂の核でリリィの部分と、ライルの部分が分離して収まったというのだ。
要するに、ライルを愛し、あきらめきれない父徠夢のために、分身体が発生したということが言える。
そして、この分身体を作り出すことそのものがライルが持っている能力の一つだという。
相手を壊してしまうような愛であれば、一人だけを選ぶことができないというのがこの能力の根源にあるようだ。もちろん、相思相愛である必要があるが…。
これは、リリアナが生まれた時にも似ているが、少し違っているところもあるという。
リリアナは生命の維持に関してはリリィに干渉するが、それ以外の感情や行動は全くの別個体だ。しかし、リリィとライルは同時に別の場所にいてもお互いの見ている物が見え、お互いの考えていることを共有する。
デュアルワールドを一人で体験している状態だというのだ。
「まぁ、難しいことはさておき、皆で楽しもう。」
アンジェラがそう言って、宴は再開されたのである。
ミケーレがライルの頭に乗っかっているのを、徠夢が引きはがし、リリィに返す。
マリアンジェラは未徠に抱っこされている。徠神とマルコスがアンドレとリリアナの結婚式は日本でやらないのか、と聞いている。
徠央とフィリップとニコラスはごちそうに夢中。ライラは徠輝にべたべたくっついていて、それを左徠がジト目で見ている。
アズラィールとルカは静かに皆を観察している。
そんな中、左徠が奇声を発した。
「うぉぉおお、なにこれ、やばくね?」
そして、スマホで動画を再生した…。
それは、アンジェラとジュリアンのコラボで作成された最新ミュージックビデオだった。誕生日の今日に合わせ、配信をスタートしたのだ。
メインはアンジェラだが、ピアノとハモリのコーラスをジュリアンが歌っている。
皆、静かになって曲を聞いた。
♪ ほのぐらい闇の中で きみの瞳さがす
♪ あぁ、きみは 今日も 手の届かない 人なんだね
♪ キャンドルの炎越しに 揺れるきみの瞳
♪ あぁ、手を伸ばせば つかめそうな 気がするのに
♪ すべての 希望を あきらめられたなら 君に
(あなたの ことを いつでも)
♪ 会いたい ただ それだけが 僕を つなぐよ
(あいして いるのだと つたえたいのに)
♪ いまは まだ 出会ってない 二人…
リリィは両目から涙があふれてきた。
今まで、自分たちに起きたことが歌われていたからだ…。
事情を知ってる者だけじゃなく、皆が心を揺さぶられた。
ライラが涙目になって呟いた。
「でかいアンジェラ、これは、反則よ。」
「でかい、は余計だって。」
リリィが言うと、皆ドッと笑った。
皆が思う存分楽しい話をし、ちびっこ達が疲れて寝てしまったころ、リリィは徠夢とライルを残し、一か月後に戻ると言った。
「父様はお仕事休めないでしょ?私のために休んじゃいけないから、このままここに残って。」
「リリィ…。」
「やっと、リリィって、ちゃんと呼んでくれた。」
「今まで、すまなかった。」
「父様、大丈夫よ。ちゃんとかわいがってもらって、父様のこと大好きだから。だから、ライルとして残ることに決めたんだから…。」
横にいたライルが父様に抱きついて言った。
「父様、ヤキモチ妬きすぎだよ。だけど、これからは、僕がずっとそばにいるから、安心して。」
「…。」
徠夢は言葉がなかった。幸せだと思った。
何が今まで自分を不安にしていたのか、全くわからなかった。記憶は全部残ってる。過去に行き、もう一度子育てしなおしてきたことも、自分を嵌めたやつらの事も。
でも今は、恨みとか、妬みとか、そういうんじゃなく、素直にライルを愛していると感じられた。それがうれしい。
リリィはライルと徠夢を残し、一か月後のイタリアに帰って行った。
 




