156. 奇跡の生還
目の前が真っ白になった後急に視界が変わった。
私、朝霧徠夢は自宅の一室に戻ってきた。
自分よりかなり大きい身長まで成長した孫のマリアンジェラが、顔面蒼白で苦しそうにうずくまった。
アンジェラは娘を気遣い、彼女を支えてベッドに横にしてあげている。
その時、窓の外からガラスをすり抜けて白い小鳥が飛んできた。
「あ、この鳥は…。」
さっきまで私の左腕にとまり、私が十九歳から三十二歳の自分をやり直している間、ずっと見守ってくれていた小鳥だ。
小鳥は一度私の肩にとまると、「ピィー」と小さい声で鳴いた。
マリアンジェラはベッドの中で苦しそうに丸まっていたが、小鳥の声を聞いた途端、腕をこちらに向けて伸ばした。
小鳥はマリアンジェラのその手にとまった。
大事そうにその小鳥を両手で包み、マリアンジェラはブランケットの中で震え始めた。
「マリー、大丈夫か?」
アンジェラが心配そうに話しかけるが、応答はない。
徠夢は心配で、おろおろするばかりだった。
「父さんを呼んできた方がいいんじゃないか?」
未徠は医者である。その時、マリアンジェラが苦しみながら、言った。
「ここにいて。」
徠夢は黙って従った。
どれくらい時間が経っただろう…一時間ほどでマリアンジェラは動かなくなった。
ひざを抱えるように丸まり、ブランケットの中に完全に隠れた状態だ。
その後、時々かすかにブランケットの中で動く。
眠っているのか?
さらに一時間が経った頃、外が段々暗くなってきた。薄暗くなってきた部屋の照明をつけようかと徠夢が動いた時だ、ブランケットの隙間から、光があふれてきた。
光の粒子がこぼれて、落ちる…。
ガサガサとブランケットが揺れ、ベッドの枕元に何かが這い出てきた。
一か月前に見た姿と変わらないマリアンジェラだった。
「ぷふぇ~。」
やっと息ができたと言いながら、枕元にちょこんと座ったマリアンジェラにアンジェラが突進する。
顔面崩壊状態で泣きながら、マリアンジェラを抱き上げ、顔中にキスしまくっている。
「パパ、泣き虫だね。」
「そんなの、仕方ないだろぉ~。」
その後更に三十分、ブランケットの中のふくらみが、もぞもぞと動き出した。
ベッドの向こう側に足が一本出た。その次にベッドのこっちに足が一本出た。
アンジェラが、顔面蒼白で言った。
「こ、これは、リリィ?この角度は、まずいんじゃ?」
「あれ~…おかしいなぁ…。」
マリアンジェラはちょっと顔を赤くして頭を搔いている。
「マリー、おかしいなぁじゃすまないって。」
「あっ、ダメめくっちゃ。」
危なく、アンジェラがブランケットをめくるところだった。
とてつもなくヤバい状態、例えば背中に足が生えてるとかを想像して、その場にいたアンジェラと徠夢は気が気ではなかった。
あっちの足が引っ込んだ、こっちの足も引っ込んだ。
中はまだもぞもぞしている。
マリアンジェラがクスッと笑いながら、からかっているように言った。
「恥ずかしいのかな?」
今度は手が一本出て、枕を掴んでブランケットの中に引っ張り込んだ。
全く意味が分からない。
そこにミケーレとアンドレ、そしてアンドレにお姫様抱っこされたリリアナが入ってきた。アンドレがにこやかに言う。
「リリアナの意識が戻ったよ。あ、マリー、戻って来てたんだね。君のおかげだ。」
リリアナも、アンジェラに抱っこされてるマリアンジェラに手を伸ばし、頭を撫でる。
マリアンジェラを見たミケーレが、爆弾発言をした。
「マリー、悪魔復活させたの?」
みんなギョッとしてマリアンジェラを見る。
「そんなの、してないよ。みんな怖い目で見ないでよ。」
ミケーレがブランケットの盛り上がりとモゾモゾ動いてるのに気が付いた。
「あ、何?」
ミケーレが空気読まない感じで、ぶわっとブランケットを引っ張ってめくった。
そこには、膝をかかえ丸まったリリィと全裸で枕を股間に押し当て隠すもう一人がいた。
「「きゃーっ。」」
突然姿をさらされた二人が悲鳴をあげる。
「ママ!」
ミケーレがベッドに飛び乗り、リリィに抱きつく。
一か月前の誕生パーティーの時のドレスを着たままのリリィがミケーレを抱きしめた。
「ごめんね、心配かけて…。」
「そ、それで、こっちの…」
とアンジェラが言いかけた時だ…。
「ライル…ライル…ライル…。」
涙が滝のように流れて顔面崩壊の徠夢が、全裸のもう一人に抱きついた。
九歳で成人女性に変化してしまった時より少し大きくなってはいる、髪もずいぶん伸びてしまっているが、間違いなく自分の息子だと徠夢は確信したのだ。
「父様…。」
この日、ここに出現したライルには、徠夢がやり直した親子の絆がちゃんと記憶に残っていた。ちゃんと父親の深い愛を受け止めて、父親にも深い愛を持っているのである。
徠夢は裸で枕で大事なところを隠している息子をがっちり捕まえたまま、離しはしなかった。絶対誰にも渡さないと心に決めていた。
マリアンジェラが苦笑いをしている事に気が付いたものはいない…。




