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155. 愛するあなたのために

 徠夢は小鳥がどこかに飛んでいってしまった後、目を瞑って三十秒数え目を開けると、彼は日本の朝霧邸のライルの部屋でライルの日記を手にしていた。

 夢だったのだろうか…。ライルは今どうなっているのだろう?

 全くわからない。アンジェラに電話をかけてみた。

 なぜか、アンジェラは朝霧邸のアンドレの部屋にいた。アンドレ、アンジェラ、ミケーレの三人が意識を失ったリリアナをベッドに寝かせ神妙な面持ちで静かにたたずんでいた。

「アンジェラ、これは?」

「お前がリリィの心を折ってから一か月だ。リリアナは本体のリリィが不安定だから、意識が無いままずっと寝ている。」

「ライルは?」

「心肺停止のまま、マリアンジェラがどこかに連れて行ってしまった。一か月経ったら迎えに来いと言われたよ。」

 アンジェラは水差しに入った大きな明滅する石を取り出した。

「これは?」

「これはルシフェルの涙だ。よくわからないが、涙を吸い込むと色々とヤバい物に変化する。」

 アンジェラは、とにかくこのルシフェルの涙を触れば迎えに来られるとマリアンジェラが言ったと説明した。マリアンジェラと約束した一か月が過ぎたので、今日迎えに行くつもりだという。

「私も行かせてくれないか…。」

 徠夢は心の底から懇願した。

「どんなことがあっても、リリィを傷つけないと約束できるか?」

「わかった。約束するよ。」

「石は二つしかない、アンドレとミケーレはここで待っていてくれ。」

「承知した。」

「パパ、がんばって。」

 アンジェラは小さく頷き、水差しからルシフェルの涙を取り出し、一つを徠夢に渡した。

 底の無いような悲しみが私の心の中にしみわたって行くような感覚に自分の全てを覆いつくされた。あぁ、どうしてこんなに辛い人生をアンジェラとライルは選んでいるのだろう。

 自然と涙があふれ出た。自分の事ばかり考えていたことを恥じた。目の前が真っ白になりしばらくたつと少し暗い鍾乳洞のような洞窟で目を覚ました。

「アンジェラ。」

 徠夢が声をかけると、返答があった。

「気が付いたのか徠夢。」

「さぁ、先に進むぞ。」

 アンジェラは徠夢の先を歩き進む。三十分ほど歩いただろうか、円形の少し広い部屋に出た。

「あぁ、なんてことだ…。」

 アンジェラが壁の石像の前で泣き崩れた。

 壁の中には女神アフロディーテの石像が半分身を乗り出したように刻まれている。

 いや、違う。

「こ、これは…。マリアンジェラ?」

 徠夢がそう言うのと同時に、アンジェラは石像にすがって泣き始めた。

 自分のまだ一歳の娘が石の中に彫刻として埋まっているのだ。

「マリー、こんなところに一人にしていてごめんよ。」

 泣き叫ぶアンジェラを見て、徠夢はアンジェラの娘を想う気持ちに動揺した。

 この男は愛情が深いのだろうな、と素直にそう思った。


 床に、さっきこの洞窟へ来るときに手に持たされたルシフェルの涙の石がいくつか転がっていた。徠夢はそれを手に取った。

 涙がまたあふれてきた。ポタポタともう枯れたと思ったのにあふれ出る涙は、涙の石に吸い込まれ、明滅を始めた。

 すると、その明滅に合わせるように部屋全体の壁も明滅し始めた。

 徠夢が思わず、その涙の石をアンジェラの方へ持ったまま近づいた時だった、徠夢の手の中の石がフワッと浮き上がり、すーっとマリアンジェラの胸の辺りに吸い込まれていく。

「アンジェラ、ここにさっきの石がまだ落ちてるぞ。」

 アンジェラは、あわてて徠夢の方へ駆け寄り、石を拾った。

 涙を吸い込み浮き上がる石を、全部で七個、胸に吸い込んだマリアンジェラの石像が激しく明滅した後、ひび割れを起こす。

「あぁー!」

 アンジェラが叫んだ…。


 ぼとっ、と音がして、ひびの内側から金色の繭のような塊が床に落ちた。

「こ、これは…」

 アンジェラと徠夢は金色の繭の外側を必死で破き、中からドロドロになった人物を取り上げた。

 それは、大きく成長したマリアンジェラだった。

 大きすぎる。その身長は父親のアンジェラの190センチをはるかに超える2メートルほどだ。

「マリー、しっかりしてくれ。何が起こっているんだ…。」

 二人でマリアンジェラの巨体を円卓の上に乗せる。

「徠夢、私たちも乗るんだ。」

「あぁ。」

 二人も円卓にのったところで、マリアンジェラが小さな青い石のようなものを吐き出した。

 それは円卓の中央に開いている小さな穴に吸い込まれていった。

 その直後、円卓の周りから青い文字が浮き上がる。魔法陣に描かれるその文字はグルグルと周りをまわり、円卓の内側は一瞬で真っ白な光に包まれ周りが見えなくなった。


 気が付いたとき、アンジェラと徠夢、そしてマリアンジェラは封印の間に来た。

「パパ…」

「マリアンジェラ、あぁよかった。生きてたんだね。」

 そう言って、マリアンジェラを抱きしめるアンジェラを見て徠夢はまた不思議な気分になった。

 一歳の娘が身長2メートルもある女性になっても、何も変わらず愛せるアンジェラがすごい人だと思ったのだ。愛する人のために、何でもする、何でも受け入れる、それがアンジェラなのだとわかった瞬間でもあった。

 マリアンジェラは少し体を起こし、アンジェラと徠夢の手を取った。

「日本のママとパパの部屋に行くよ。」

 そうして三人は転移した。


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