152. 女神の洞窟
マリアンジェラは徠夢を過去に置いてきた後、アンジェラとミケーレのいる病院に戻った。
「パパ、ミケーレ、さっきのちょうだい。」
水差しに入ったルシフェルの涙の石のことだ。
その中から二個を残し、ワンピースを持ち上げた上に乗せてもらう。
「パパ、一か月たったら、そのなみだの石を手にとってむかえに来てほしいの。」
アンジェラが心配そうにマリアンジェラの頭を撫でながら言った。
「無理しなくていいんだよ。私はマリーとミケーレがいれば生きていけるから。」
マリアンジェラはふるふると首を横に振り、大丈夫だと言った。
マリアンジェラがルシフェルの涙の石の一つを手に取った。
大きく育ったそれは、明滅を早めると、マリアンジェラの体を包み込むように白く光り、次の瞬間彼女は消えた。
「マリー…。」
マリアンジェラは、明るい色に光る鍾乳洞の様な部屋の中にいた。
そう、そこは、ルシフェルの涙を触ったときにだけ行くことができる女神の洞窟だった。
「こっちだったよね…。」
足元に気を付けながら少しずつ前に進む。ワンピースのスカートを持ち上げたままルシフェルの涙を落とさないように少しずつ進んだ。
この場所は転移を使った移動ができない。
まだ一歳のマリアンジェラには歩きにくく過酷な時間だった。
それでも、ようやく大きく開けた円形の部屋に出る。中央には円卓があり、部屋の中は白く明るい色で壁が光っている。
ここだ…。やっと着いた。
愛の女神アフロディーテの石像があった部屋だ。
マリアンジェラはアフロディーテの像があったはずの壁が少しくぼみ、像が無くなっている場所の前に立った。
「へんだな~。」
ここにきたらうまくいくという確信があったんだけど、女神像がない…。
マリアンジェラは生まれた時からリリィやアンジェラ、ミケーレやその前世の徠人、アンドレやリリアナなど、全ての接触した人の記憶や情報を取り込んできた。
彼女はリリィの能力を全て受け継いでいたのだ。
普段は隠しているが、精神年齢もリリィを上回るほどだ。
そして、リリィの能力の他に、彼女に与えられた能力もあった。
マリアンジェラは、少しくぼんだ壁の前でスカートを持ち上げて運んできたルシフェルの涙の石をそっと床に置くと、一つを手に取り壁に近づけてみた。何の反応もない。
腕を組み、首を斜めに傾げて少し考える…。
「むぅ。おかしいなぁ…。」
仕方がない、次の段階に進もう。
マリアンジェラは胸元に押し込んでいた二センチほどのライラの黒い核を取り出した。
それを両手で包み息を吹きかける。
黒い核はその中に入っている黒い靄を外に排出して霧散すると、金色へと変化した。
マリアンジェラはワンピースのすそをあげると、自分のお腹にその金色の核を押し込んだ。うっ。少し痛かった。でもそれは一瞬で、出血もわずか手につくくらいで済んだ。
ワンピースを汚したくなかった。パパが自分にママとお揃いの素敵なワンピースを作ってくれたから。
そんなことを考えていたら、少し悲しくなってきた。
うまくいくと漠然と考えてここに来たけど、どうなるかわからない。
血の付いた手でくぼんだ壁を触った。
手が触れたかべが光り、手が壁にめり込んでいく…。
手が、腕が、肩が、そして体全体が壁に吸い込まれ、マリアンジェラの意識は無くなった。
マリアンジェラの触った壁には、女神アフロディーテの像が戻っていた。
しかし、以前の姿とは異なり、髪には薔薇の飾りをつけ、フリルの付いたドレスをまとった姿をしていた。
床に置かれたルシフェルの涙の石がゆっくりと浮かび上がり、女神像の胸元に吸い込まれていく。一つずつ、ゆっくりと…。
そして、その部屋は静寂に包まれたのだ。