145. 初めての誕生日
四月上旬のことだ。
未徠から、ミケーレとマリアンジェラの一歳の誕生日を日本の朝霧邸で祝いたいので、アンドレやリリアナも含め全員で来てほしいと連絡があった。
僕とアンジェラが日本に行ったのは、そういえばアンドレ達が重傷を負って医療器具を日本に取りに行ったときが最後だ。
あの時はマリアンジェラがアンジェラを連れて僕を助けに来てくれたんだっけ…。
僕たちが行けば、親族全員が揃うことになる。
皆にも子供たちに会わせてほしいと言われているので、受けるべきと判断し、行くと連絡をした。
ただ、そこには由里拓斗も杏子もいるだろう。
僕とアンジェラ、アンドレとリリアナにはあの数々の拉致事件や、生贄にされた出来事は全て記憶に残っている。朝霧邸に住んでいる皆は殆どの悪い記憶は違うものと入れ替わり、由里拓斗にでさえ悪い印象を持っている者はいない。
それを承知の上で、話を合わせ、朝霧邸に滞在中は自分の心をコントロールしてやり過ごさなければいけない。
感情的にならないように、努力する必要があるだろう。
あと、心配なのは父様との関わりだ。
とにかく、彼は今も僕を目の敵にしている。理由の一つは僕が女性になってしまったことだ。元に戻れと脅し気味に言ってきたことを考えると、気に入らないことの一つとなっているのだろう。その時のことがトラウマになり、僕は父様と話をするのが怖くて仕方がない。
メールやメッセージを見るだけで手が震える。不安ばかりが頭をかすめる。
アンジェラは気合入りまくりの状態で、懇意にしているデザイナーを呼びつけ、子供達と僕とアンジェラ、アンドレとリリアナのパーティー用の衣装を作ってくれた。
マリアンジェラは薄いブルーのシフォン系のふわふわワンピースとミケーレは暗めの紺色を基調としたタキシードに、マリアンジェラの衣装と同じ差し色が使われている。
マリアンジェラの髪にはミケーレが咲かせる青い薔薇をあしらった髪飾りがつけられる予定だ。透き通るような碧眼とブルーの衣装がとても合ってて超かわいい。
ちなみに、僕はマリアンジェラとお揃い、アンジェラはミケーレとお揃いで衣装を作った。
あっという間に誕生日の前日になった。
子供連れで外出するのはなかなか準備も大変だ。
双子用のベビーカー、実は今回がお外デビューになるので、ぜひ日本に行ったらショッピングモールくらいは連れて行ってみたい。
最近は、言葉も増えてコミュニケーションもできるようになってきたため、色々なものを見たりして刺激を与えてあげたい。でも、ヨーロッパでは若干治安に不安もあるため、外には連れて行っていなかった。
パーティーは日本時間の夕方からだと聞いているので、日本時間の昼頃に行ってあちこちぶらぶらして来ようと考えた。
時差があるのでイタリアを出たのは夜の十時過ぎ…。
あらかじめたっぷりお昼寝をしてからの移動である。
アンジェラの協力のもと、ベビーカーに乗せモール内を歩き回る。
こうしてみると、モール内って小さい子があまり楽しめるようなところはないなぁ。
うろうろしているうちにゲームセンターにたどり着いた。
犬のぬいぐるみが入ったUFOキャッチャーにミケーレが釘付け…。
「ぱぁぱ、わんこ、ねぇ。」
あぁ~、アンジェラがUFOキャッチャーできるとは思えないんだけど…。
しかも、この犬のぬいぐるみってアンジェラが持ってるやつと同じやつじゃん。
しばし観察していると、アンジェラが三回やって全然ダメだった後に、抱っこされてたミケーレがボタンをバンバンたたいて妨害を始めた。
うわ、いるいるこういう子供、UFOキャッチャーあるあるみたいな…。
と、思ったら獲れましたー。
はい、撤収。ミケーレの野性的な勘でうまいこと獲れたのか…、まぁそういうことにしておこう。
あれ?あれれ?
「アンジェラ、マリーがいない!」
「え、うそ。」
マリアンジェラが消えた。多分、本当に消えた。
そして、UFOキャッチャーの中で、ぬいぐるみにダイブしているのを見つけた。
「やだ、もう。どうやって出そう。」
困ってたら、ミケーレがガラス越しに一言言った。
「マリー、わるいこね、バイバイ。」
うへっ。辛辣なお言葉ですこと…。脳内でそう思っていたら転移してベビーカーに慌てて戻ってきました。
本日、ミケーレのめちゃくちゃ大人な振る舞いを見ました。
そんなこんなで、カフェで休憩…。
心労がハンパない。こんなの毎日だったら頭ハゲるよね~。
イチゴパフェとプリンを子供たちが食べている間に、僕とアンジェラは息抜き…。ふぅ。
十秒後、どうしてクリームまみれになってんだよ、お前ら…。
はぁ、そんな下品な言葉は口には出せません。だって、世界的アーティストのアンジェラさんの家族なんですもの…。せいぜい言えるのはこれくらい。
「ねぇ、そんなにいっぱい顔にクリームついてたら、パフェと間違えて食べられちゃうよ…。」
アンジェラはそこで、すかさずミケーレとマリアンジェラの顔についてるクリームをペロッと舐める。
「「キャー、たべないで~。」」
「はいはい、だからクリームにまみれないで下さい。」
どこも嫌がってなくてわざと舐められてるとしか思えないけど、お決まりのリアクション。
お、ヤバい。周りを見ていなかった。
すでに人だかりができ始めている。撤収、撤収だ~。
会計を済ませ、店を後にする。
アンジェラのスマホに電話がかかってきた。アズラィールが車で迎えに来てくれたらしい。どうも、子連れアンジェラの目撃情報で大騒ぎになっているかららしい。
アズちゃん、ナイスフォロー。
そんなこんなで、子供たちの初めてのお外デビュー終了です。
朝霧邸自室の浴室で、子供たちの顔やらのクリームでベトベトなのを洗い流し、パーティー用の衣装に着替えさせる。
当然、アンジェラがやっています。だって、僕がやると一緒になって遊んじゃったり、一緒になって泣き始めて終わらないから。
人には向き不向きというのがあるのです。
「んーーっ。ミケーレは男前だなぁ、誰に似たんだ?」
アンジェラが言うと、ミケーレがアンジェラに抱きついて答える。
「ぱぁぱ。」
これもお約束の合言葉みたいなもんですよ。
次、マリアンジェラの番です。
「うわっ、うちのお姫様はどうしてこんなにかわいいんだろうな~。
将来誰と結婚するんだっけ?」
「ぱぁぱとする~。」
はいはい。まるで仕込まれた芸のように毎日同じこと言ってますね。
良かったね、アンジェラ。鼻の下伸びてるよ。
僕たちもパーティー用の衣装に着替えてしばらく部屋で待機する。
なんだか眠くなってきた…。やっぱりこの時差は結構きつい。
うとうとしていたら、変な夢を見た。
ベッドに眠ってる僕の背後にぴったりくっついて直接脳に話しかけるやつ。
僕の叔父さん、徠人の夢だった。
「おい、聞こえるか?」
「え?誰?徠人?」
「その名前覚えててくれたのか?」
「いやだよ、もう死んでるんだから、出てこないでよ。」
「まぁ、そう言うなよ。」
「…。」
「もし、徠夢に何か言われたら、俺とアイツに任せて逃げろ。いいな。」
「アイツって、マリーのこと?」
「あぁ、そうだ。ふふっ。徠夢に面白い夢見せてやる。」
「やめてよ、もっと拗れる。」
「まぁ、そう言うなって。」
そこで夢は途絶え、後ろを向くとスヤスヤと眠るミケーレがいた。
まさかね。
そろそろパーティ開始という時間になった。
ミケーレが眠い目をこすりながら、アンジェラに抱っこを要求して部屋の外に出る。
マリアンジェラは僕の方に抱っこしてもらいたいらしい。
四人で三階からホールまで廊下と階段を使って降りる。
さぁ、いよいよパーティーの始まりだ。




