14. アズラィールの父
僕は、アズラィールと同じベッドで眠ることにした。
アダムは犬になって、犬用のベッドで寝ている。
アダムにブランケットをかけてやり、自分もベッドにもぐりこむ。
「ねぇ、まだ起きてる?」
僕が話しかけるとアズラィールがこっちに向き直って小さく返事をした。
「うん。」
「大丈夫だよ、きっと。」
「ありがと。ライル。」
僕たちはそのまま眠りについた。
僕はその後夢を見た。
黒い羽根を模したデザインの首飾りをした、父様に似た若い男が一本の大きな太い角を生やした三人の黒い悪魔たちによって連れ去られる夢だ。頭に麻袋をかぶせられ連れ去られるその時、男は自分の首から首飾りを外し、その場にわざとそれを落とし、それに祈りを込めた。
「アズラィール。どうかこの国から逃げて生き延びるのだ。ここにいてはいけない。力になれない父さんをゆるしておくれ。」
僕の夢はそこで途切れ、深い眠りへと落ちていった。
翌朝、アダムに顔をなめられ目が覚める。
「ねえねえ。おなかすいた。早く食べよう~。」
アダム、朝からハラヘリ度が高すぎる。
犬のときはちっこいくせに、人の姿で自分の体重分くらい食べてそうだ。
「あぁ、アダムわかったから顔を舐めるのはやめてよ。」
「くぅん。」
アダムのうるさい攻撃のせいでアズラィールも目を覚ましたようだ。
「アズラィール、おはよう。ダイニングにご飯を食べに行こう。アダムがお腹をすかせててちょっとうるさいからさ。」
「うん。」
アズラィールは、かなりおとなしい性格のようだ。
余計なことは話さず黙っていることが多い。
顔を洗ってからダイニングに行くとすでに食事が用意されおり、かえでさんが取り分けてくれる。
「おはようございます。えっと、ライル様?とアズラィール様。とアダム。ですね。」
かえでさんも事情を知ったようだ。
「かえでさん、ありがとう。」
「おはようごじゃいます。です。」
アダムはちゃっかり人の姿になり、椅子に座ってフォークを持って待っている。
今日の朝ごはんはパンケーキとベーコンとフルーツだ。
アダムは1枚ずつ、パンケーキをほぼ丸のみしているように見える。
アダム、幸せそうだね。でもちょっと食べすぎだと思う。
今日は土曜日で動物病院はお休みだから、父様が問題解決に向けて朝から一緒に考えてくれるはずだ。
少し遅れて父様と母様もダイニングにやって来た。
「おはよう、みんな。よく眠れたかい?」
「はい。です。」
アズラィールと僕もうなずいた。
「食事が終わったら皆で地下書庫に来ておくれ。」
母様は目の下に立派なクマを作っている。眠れなかったのかな。まさか、まだ父様を疑っていて修羅場になったんじゃないよね?
食事を終え地下書庫まで三人で移動する。五分も待たずに父様と母様も合流した。
「さて、みんな。昨日聞いたこと以外で何か思い出したことや、疑問などはないかな。正直、行き詰っているからね。些細なことでもいいから教えて欲しい。」
僕は他に発言する者がないことを確認してから言葉を慎重に選び話を始める。
「父様、実は、昨夜寝ている時に夢を見たんです。ただの夢かもしれないけど、話してもいいですか?」
父様は僕の目を見て頷いた。僕は昨夜の夢を皆に説明する。夢の中の男はアズラィールに国外に逃げろと念じていたこと。黒い一本角の悪魔の様な形相の男三人に連れ去られたこと。
それを聞いたアズラィールが胸元の首飾りを握りしめ唇を噛み、悲しみを殺しながら涙をこらえているように見える。
「ライル、夢の事とは言え、おまえには最近予知夢的な事もよくあるようだからね。とりあえず情報として記憶しておこう。もし事実だとしたら、アズラィールのお父さんは
何者かに連れ去られたということになるね。」
「父様、夢の中のアズラィールのお父さんは父様に本当にそっくりでした。」
「うぇ~ん。悪魔はこわいれちゅ。かわいそうでちゅ。」
アダムがまた半べそで言語崩壊を起こしている。
「アダム、泣かないで。ほら、こっちにいらっしゃい。」
母様がアダムを抱っこしてなぐさめる。
アダムの頭にピョコっと耳が出て頬がピンクに染まる。アダム、母様に抱っこされてうれしいんだな。そこで、アズラィールが口を開いた。
「父さんを連れ去ったやつらが誰かわかったよ。僕の国の国王の家臣が雇っているやつらだと思う。国王は黒魔術を使う男を従えていると聞いたことがある。」
すごいぞ、ファンタジーだ。黒魔術とか、ありえないだろ。僕は心の中でそう思った。
「どちらにせよ、今ここで起こっていることではないということだからね。僕たちにはどうにもできないというのが現実だろうね。すまないね、アズラィール。」
「わかっています。父さんがいなくなった理由がわかっただけでも救いです。」
僕たちは、何も解決策を見つけられないまま朝霧家に関係する書類や写真や箱に入った物を細かく調べるしかなかった。
アズラィールが写真の入っている箱を見ている時、声を上げた。
「あっ‼これは、誰ですか?」
アズラィールの手には父様と双子の弟が写っている写真があった。
「あぁ、それは僕が五歳の時の写真だよ。隣に写っているのは弟の徠人だよ。」
「え、弟がいるのですか?」
「いた。という方がいいのかな。その写真を撮った半年後くらいにいなくなってしまったんだ。」
あっ、かえでさんに聞いた話だ。誘拐されたという父様の弟。
「あの、この写真はアダムではないんですか?」
ん?どういうことだ?僕も写真を覗き込む。
「あっ、えっ、確かにアダムにそっくりだよ。父様。」
父様も写真を覗き込む。
「あ。確かに似ているね。でも徠人は犬ではなかったよ。」
真顔でボケる父様。本気で言っているようだ。父様はアダムに写真を見せて聞いてみる。
「アダムはこの子を知っているかい?」
「知らな~い。アダム はうまれたばっかりだし。」
僕は、アダムを触ったときに流れ込んできた記憶を思い返す。確かにたいした情報はなかった。
一つの白い羽根が舞う記憶、親犬の暖かさに触れ、気づいたら橋の下辺りにいた。アダムは嘘は言っていない。
「人の姿になるときにライルの顔に似てしまった可能性もあるね。こうしてみるとみんな目が碧いね。不思議な光景だよ。」
そこにかえでさんがやって来た。
「旦那様、玄関にお客様がおいでです。今日は動物病院がお休みだと申し上げたのですが、刑事さんだとおっしゃるんです。何かの事件の捜査だと。」
「わかった。すぐ行くよ。みんなも少し休憩したらどうだい?」
ひとまず、休憩を取るため父様以外はサロンへ移動する。
アダムは母様に抱っこされたまま、耳は引っ込んだようだ。