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137. 双子の誕生

 七月の終わりにあの事件があってから、九か月が過ぎた。

 翌年の五月十一日、僕はイタリアの病院で男の子と女の子の双子を出産した。

 出産した…と言っても、あまりの痛さに失神し、眠っている間に帝王切開で取り出されたらしい。気が付いた時には、終わっていた。

 男の子はミケーレ、女の子はマリアンジェラと名付けられた。

 ミケーレは青みがかった黒髪に碧眼で、マリアンジェラは透き通るような銀髪で碧眼の二人とも色が透き通るように白い美しい赤ちゃんだった。

 二人とも体は少し小さめだったが、とても健康だった。

 アンジェラは二人の誕生に涙を流して喜び、以前と変わらず僕を抱きしめてくれた。

 お腹のセンスのない傷はいただけないな…。そのうち自分で癒しておこう。

 一週間ほど入院して、僕らは家に戻れた。


 出産後、すぐに未徠夫妻が日本からイタリアまでひ孫の顔を見にやってきた。

 アンジェラから徠人の生まれ変わりだと聞いていたせいもあって、二人はミケーレに会うのをとても楽しみにしていたようだ。

 彼らは実際にミケーレを見て、本当に徠人の赤ちゃんの時にそっくりだと言って泣いていた。父親のアンジェラにそっくりだとも言うんだけどね。そこの事には全く触れず…。

 マリアンジェラは、今までうちの家系にはいなかった銀髪で、それはそれは愛らしい女の子だ。お爺様もお婆様も二人のひ孫をとてもかわいがってくれた。

 僕はというと、実は非常に複雑な気持ちだった。

 自分の中で育った命が外に出てきて別の人間になったことの不思議さ、そして間違いなく繋がりがあると確信する気持ち…。

 でも、アンジェラに対する愛とは異なる感情だと認識している冷静な自分がそこにいる。

 残念ながら、僕の貧乳からはお乳は出なかったし…。中身が子供の僕には、子育ては苦難を極めている。赤ちゃんが泣くと僕もつられてわんわん泣いてしまうので、乳母として、アントニオさんが手配してくれた女性が二人通いで来てくれている。

 そして、アンジェラはまるで僕の乳母のようだ。正直なところ、未だ無気力なままの僕を支えてくれている。

 僕は、あの池の底に落ちて以来、自分でも制御できない部分を抱えている。

 以前の感情のままに、誰かのために奔走するような、そんな熱は冷めてしまったという感じだ。もう、朝霧ライルはいなくなったとでもいうべきか…。

 今の僕は一体何者で、何をするために生きているんだろう…。

 もしかしたら、自分の存在そのものに違和感を感じているのかもしれない。

 僕はいつからこんなダメな人間になったんだろう…。


 お爺様とお婆様が二週間ほど滞在してくれるというので、しばらくそのままになってしまっていたアンドレとリリアナの捜索をする間、子供たちの面倒をお願いすることになった。

 アンジェラは危険なことはしないという条件のもと、僕が行くことに反対しなかった。

 行く前に赤ちゃんにキスをと促され、僕は初めてマリアンジェラの頬にキスをした。


 唇がマリアンジェラの頬に触れると同時に、目の前が真っ白になった。

 光でできた大きな箱の中に僕がポツンと立っているみたいな…。初めてみる光景。

 光量が増し、目がくらんだ。その後、目の前に女神アフロディーテが立っていた。

 その慈愛に満ちた瞳、優しく揺れる長い銀髪、しなやかな指…、うすいピンクの愛らしい唇。美しかった。

 そして、確かに聞こえた。

「ライル、あなたに、全ての愛を…。」

 その言葉の意味は全然わからなかった。でも体中に百合の香りの様な甘い香りの何かが駆け巡り、今まで抱いていた不安が無くなった様な気がした。

「アフロディーテ…」

 僕は、そう呟いて座り込んでいた。マリアンジェラはアフロディーテの化身だ。

 光が収まり、周りが普通の景色に戻った時、アンジェラとお爺様とお婆様もその光景を目の当たりにしたらしく、固まっていた。

「あの、僕と同じものが見えてました?女神アフロディーテが出てきたんですが…。」

 僕がそう言うと、三人とも無言で頷く。

 アンジェラが僕のそばに来て僕の体を確認する。

「リリィ、大丈夫か?ものすごい光で体が囲まれてたぞ。」

 え?もしかして、覚醒?生まれて数日の赤ちゃんが…?

 僕は確かめるようにマリアンジェラの頬を触る。ジワッとあふれ出る僕とアンジェラ、そしてミケーレへの深い愛を感じた。それ以外はミルクを飲んだ、おむつを替えられた以外のまだ何の記憶も持っていない。

「愛ねぇ。」

 僕はその時、どんな能力が付与されたのか、まだよくわかっていなかった。


 次は、ミケーレの頬にキスをした。

 ミケーレの体が紫色に輝き、僕の体も包まれた。

 ミケーレの記憶が僕に流れ込んでくる。僕の顔、アンジェラの顔、マリアンジェラの顔、ミルクの瓶、乳母の顔、アンジェラの歌…。アンジェラの絵…。大好きなアンジェラの声。大好きな僕のピアノの音…。

 ん?まだ、この子たちが生まれてからはアンジェラの歌も、僕のピアノも弾いてないぞ…。もしかして、前世の記憶があるのかも…。

 つーか、徠人あいつってアンジェラの歌とか好きだったっけ?

 まぁいいや。ちょっと試してみよう。

「アンジェラ、ちょっとピアノ弾いてみようかな、行く前に力をためておきたい。」

 そう言って、僕はサンルームのピアノを弾き始めた。

 サンルームの中に白く輝く光の粒子が渦巻く…その時、不思議なことが起こった。

 サンルームの中にはいくつもの鉢植えが置いてあるが、その中のいくつかに急に蕾が付き花が咲いたのだ。しかも、本来、赤やピンクや白い花であったはずの薔薇に、本来ありえない青い薔薇が咲いた。

 しかも、ミケーレを抱いて座っていたお婆様の腰かけていた場所を中心として咲いているのだ。そういえば、ジュリアンの動画撮影の時、徠人の体でピアノを弾いたとき、ピアノのまわりの花が急に咲き始めたっけ…。

 これは、ミケーレの能力なのだろう。二人とも生まれたばかりで覚醒しているとは…。

 お婆様はその不思議な現象に驚きの様子だった。


 たくさんの光の粒子と薔薇の香りに包まれて、僕はいよいよアンドレとリリアナを探しに行くことにした。


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