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135. ありえない未来

いよいよ、あと少しで完結です。

最後にすっきりして終われるか、ぜひ最後まで読んでいただければ、と思います。

 少し時間があるからと、サロンで軽食を摂ることにした。

 七か月ぶりに胃の中に物が入る。いくら封印の間では身体的変化は起きないと言っても、やはり違和感はある。

 でも、少しでも食べなければ…。自分でも体調がかなり悪いと感じるほどになっている。

 午後のお茶の時間ということもあって、数人がサロンへ出てきていた。

 誰かがテレビをつけ、ニュースのチャンネルに合わせた。

『アメリカとヨーロッパ各地で、暗躍する宗教団体を隠れ蓑にするテロ組織が、一斉摘発された。関係者はマインドコントロールされており、首謀者は不明。』そんな見出しがテレビに映し出された。

 うまくことが進んで、ユートレア神殿の記憶や記録、悪魔信仰など早くなくなってほしいものだ。

 テーブルの隣の席では、リリアナとアンドレが仲良くプリンを食べている。

 二人の様子を微笑ましく見ながら、僕も紅茶とクッキーを食べた。


 そこへお爺様とお婆様もやってきた。お爺様が僕に声をかけた。

「ライル、徠人のこと、ありがとう。アンジェラからも少し聞いていたよ。」

「僕にできることはこれくらいしかありませんでした。」

「徠人からも以前に聞いていたんだよ。ライルに助けられたってね。ライル、ライルってずっと言ってたからね。」

「それは、ちょっと説明に困りますけど…。」

 お爺様がどこまで知っているかは僕も知らない。

「徠夢のことも許してやってくれ。どうして面と向かうとああいう言い方をしてしまうのか、徠夢もライルの事は本当に大切に思っているんだよ。」

「そ、そうですか…。」

 正直なところ、全くそんな気はしない。きっと父様は色々な不思議な出来事や、辛いこと、苦しいこと、理解できないことの全てを僕が引き起こしているって思ってるんだろう。だから、僕が憎いんだ。だから、僕に冷たく接するんだ。だから、僕を悪者にして自分の心の傷を軽くしようとしてるんだ…。だから…。

 だ、ダメだ。これ以上考えちゃダメだ。また、自分の意思に反して、池の底に行っちゃうだろう。今はそんなこと考えてるときじゃない。

「お婆様、お会いできてよかったです。お爺様、お婆様と末永くお幸せに…。」

 僕はいたたまれずに自室に戻った。

 アンジェラも一緒に来てくれた。

「アンジェラ、ごめんね。久しぶりに自分の体に入って、なんだか調子狂っちゃって…。」

「ゆっくりでいい。今まで無理ばかりしていたんだ。ちゃんと自分のことを大切にしてくれ。」

「うん。ありがと。」

 アンジェラにギュってしたら、少し気持ちが落ち着いた。

 そういえば、日記ってどうなったっけ…。そう思って立ち上がり、机の棚を物色する。

 日記がない。血まみれだったから処分されちゃったか…。

 アンジェラが心配そうに僕の手を握る。

 引き出しを開けたら、そこに血が付いた徠人の髪の毛が残っていた。

 え?普通、本人が消滅したら、こうのも一緒に消えるんじゃないの?

 そんなことを考えているうちに、段々悲しみが込み上げてきた。

「僕、ちゃんと、徠人とお別れできてなかったかも…。」

 声が震えて、涙がポタポタと落ちる。

 そう言って、思わず僕は徠人の髪の毛を掴んだ。アンジェラは握っていた手を更に強く握った。

 僕の体とアンジェラの体が光の粒子の砂になって、サラサラと崩れていく。


 僕たちはイタリアの家の寝室にいた。

 ベッドに横たわるアンジェラの髪を僕が掴んだ状態だ。横にはリリィ(ぼく)が眠っている。

 どうやら、誕生日の日の夜みたいだ。リリィの首に薔薇のネックレスが着けられている。

 徠人の髪を掴んだのに、アンジェラの髪を掴んでいる。そうか、この日徠人の体はリリィの中に同化してるんだった。

 ここに来たのはどうしてだろう…。体がないから魂の場所に来たのかな?

 突然、眠っているアンジェラの体が紫色の粒子で覆われる、そして目を開け、上体を起こした。

「待ってたよ、二人とも。ふふっ。」

 アンジェラの体を使って、徠人が話しているのだと素直に思った。

「二人がここに来たということは、俺の体はもう消滅したんだな。今まですまなかった。」

「私の体を使ってまで、お前が私たちに伝えたいことは何だ?」

 アンジェラが聞いた。

「アンジェラ、俺、負けを認めるよ。でもあきらめないことにしたんだ。」

「意味がわからん。」

「俺、男としてはアンジェラに負けた。惨敗だ。でも、次は二人の子供として二人から愛してもらえるように努力するよ。」

「え?」

「もう、そこに入ってるからさ、無事に産んでくれ。会えるのを楽しみにしているよ。

 さよなら、また会う日まで。」

 そう言うと、僕のお腹を指さし、にっこり笑いベッドに横たわり、横で寝ているリリィを抱き寄せている。

 僕は無言で掴んでいた髪を離し、元の場所に戻った。


「めちゃくちゃ、複雑なんですけど…。」

 思わず口から出てしまった言葉だ。そして、なんだか二人で赤面し無言になってしまった。二人とも同じことを考えてたと思う。あの夜しつこかったのはアンジェラ?それとも…?

 机の中にあった徠人の髪の束は、一瞬で光の粒子になって消えた。

 僕とアンジェラはその後も自室のベッドに腰かけて無言で時間が過ぎるのを待った。


『ピンポーン』とエントランスのドアの呼び鈴が鳴った。

「「来た。」」僕とアンジェラは、エントランスの前に転移して待ち構える。

 アンドレとリリアナも僕たちのすぐ後ろに構え、不測の事態に備える。

『ガチャ』誰も鍵開けていないのにドアが開いた。

 な、なに?その次の瞬間、開いたドアから杏子が飛び出して、僕に抱きついた。

「ただいま~、ライル。会いたかったぁ~。」

 僕は抱きつかれた状態から身をよじって引き離し、数歩下がる。

「何するんだ。」

「あらら、たった二年で母親の顔忘れちゃうの?ひどくない?」

「どういうことだ。」

 僕が声を荒げて言うと同時に、杏子の後ろからたくさんの荷物を持った男、ドクター・ユーリが入ってきた。

「お、ライルか。おじいちゃんにもハグしておくれ…。」

「な、なにを言っているお前ら、近づくな。」

 荷物を床に置いて振り返ったドクター・ユーリの額に飛び出したリリアナが手を当てる。

「ん?誰かな、ライルのそっくりさん?」

 リリアナは表情を一つも崩さず僕の方へ戻り、僕とアンジェラとアンドレの手を触り、ドクター・ユーリの記憶を見せた。


 そこには、不思議な記憶ストーリーが見えた。

 二十六年前、彼、由里拓斗ゆうりたくとは、ある墓地の前で倒れているところを通りがかりの人に発見され、警察に保護された。

 所持品から、離婚した妻の所在が分かり、そこに連絡が行き、しばらく入院した。

 彼は記憶の殆どを失っていた。幸い、別れた妻が身元を引き受け家に帰ることができたが、その時にどこに住んでいたか、どんな仕事をしていたかさえ思い出せなかった。

 由里拓斗は大学で遺伝子工学の教授をしていたが、仕事の内容に関しては記憶があり、ほどなく職場に復帰した。

 数年後、全く違う場所で記憶喪失の少女が保護された。

 その子は養護施設に保護されたが、捜索願いが出されていた川上このみと判明し、家に帰ることができた。

 三人は朝霧の別邸で使用人の住居に住んでいた。


 続いてリリアナは杏子の首に手を当てた。記憶を受け取り、同じように他の三人に渡す。

 杏子は朝霧の従者が住む別邸で生活をしながら、いつも遠くから朝霧の息子、朝霧徠夢をいつも見つめていた。『王子様だ。』憧れ、彼のためにならなんでもできると思っていた。徠夢と同じ大学に入りたくて必死で勉強をした。

 数回顔を合わせたことがある程度だった二人が、大学の研究室で再会し恋に落ちたのは自然な成り行きだった。由里拓斗と川上かえでは未入籍の事実婚だったため、由里と杏子が親子だということは、徠夢と杏子が結婚するまで皆知らなかった。

 ライルが生まれ、家族ぐるみで付き合えたらと思っていた矢先、未徠が事故で亡くなった。杏子の嫁ぎ先に関し、由里はあまり表に出ることをせず、遠くで見守っていたようだ。

 研究室で完全優性遺伝子を研究していた由里は、外見が完全に外人の徠夢が日本に渡ってきた外国人の四代も先の子供だと聞き、研究のためにDNAの提供を依頼する。

 そして、徠夢とライルが100%同じDNAであることを発見し、それについて論文を発表したのだ。

 そして、珍しいケースかもしれないが、その様な発見と仮説等を認められ、アメリカの研究所での研究が叶ったというのである。

 すでに自宅で獣医を開業していた徠夢は家に残り、杏子が研究のサポートをするためにドクター・ユーリと共に渡米したというのだ。


 その記憶を見て、僕はアンジェラと顔を見合わせて呟いた。

「うそでしょ?」

「納得いかんな。」

 どうして、他のテロリストの記憶を消したり、ユートレアの記録を破棄したり、ライラの蛇を処分したりしてないんだよ!

 こんなに僕らを苦しめておいて、なにも罰せられないなんてありえない。

 僕は怒りで自分をコントロールできなくなっていた。


 リリアナが僕に寄り添いささやく。

「リリィ、ね、調べてくるから。待ってて。」

 そういうとリリアナはアンドレを連れてどこかに行ってしまった。


 僕らを陥れようとした、いや生贄にして悪魔を復活させようとしたやつが、僕の祖父で、なれなれしく話しかけてくるだけでも嫌なのに。

 どうして、僕の命令通りになっていないんだ…、どうして、こんなおかしなことになってるんだ…。その時の僕の顔はきっとひどいものだったろう…。怒りで手足が震え、立っていることもままならなかった。胸が苦しい。

「アンジェラ、助けて。」

 僕はそういうと同時に体が傾いていった。

 アンジェラは僕を支え、自室に連れて行ってくれた。

 アンジェラが優しく頭を撫でてくれる。

「リリィ、もう家に帰ろう。」

「アンジェラ、僕、なんだか色々なことが思い出せなくなってるみたいだ…。」

「しっかりしろ、リリィ。」

 そのアンジェラの言葉が聞こえたのを最後に僕は意識を失なった。



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