13. 作戦会議
僕はアダムとアズラィールと一緒にお風呂に入った。
なんだか急に兄弟が二人もできたみたいでとても楽しい時間だった。
アダムとアズラィールもとても楽しそうに見えた。
お風呂に入っている間、アズラィールは黒い羽根を模した金属を紐に通した首飾りをしていた。
父親の形見だそうだ。
かえでさんに用意してもらった服を着て、三人でダイニングに行く。
すでに夕食が用意されており、父様と母様も席に着いていた。母様、大丈夫なんだろうか?
「母様、もう大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。ライル。ちゃんと理解できたから。正直驚いてしまったけれど。」
父様の方を見ると、小さくウィンクしている。もしや、何かの能力を使ったのか?
「ごはん、食べてもいい?ですか。」
アダムがよだれを流して父様に聞いた。
「あぁ、いいよ。さぁ、みんなで頂こう。」
「いただきます。」
「ま~す。」
アダムは食べたかった人間のご飯を存分に満喫し、アズラィールは食卓に乗るたくさんの食べ物に驚いている様だ。
僕もお昼を食べ損ねたので、しっかり食べなければ。
「みんな、食事が終わったら地下の書庫で作戦会議をするからね。いいかな?」
「ふぉ~い。でふ。」
アダムが、肉にかぶりついたままいいお返事。
僕とアズラィールは小さく頷き、母様はにっこり微笑む。
どういう能力を使ったのか、父様に絶対聞きたいところだ。
一時間後、かえでさん以外の全員で地下の書庫に集まった。父様がアズラィールにまた同じことを確認する。
「アズラィール、さっきも聞いたが、君は他の人間ができないような能力は持っていないということだね?」
「はい。その通りです。」
「では、他に何かアズラィールの家族や先祖についての伝承や語り継がれていることって聞いたことがないかい?」
「…。自分の子供にだけ伝えなければいけないと言われている言葉はあります。」
「そうか、僕たちには言えないって感じかな?」
「いいえ、さっき聞いた話だと僕はあなた達のいるこの世界よりももっと前にこの地に降り、あなた達に命を繋いでいくということになりますよね。」
「話してくれるかい?」
「はい。」
アズラィールは、静かに彼の家に伝わる話を聞かせてくれた。
その話とはこうだ。
アズラィールの家はドイツの山の麓にある小さな町で薬草を加工し販売している薬屋を何代も営んできた家系だという。
彼の家には百年に一度ほどしか男児が生まれない。女の子が生まれると三歳になるまでに魂の覚醒が起こり、その子が持つ能力に応じた動物へ変化(擬態)することができ、その動物の能力が使えるのだと言われている。
実際、祖母も母も妹もその変化が可能だという。
アズラィールの父親は母の従妹にあたり、百年ぶりの男児の一人であったが、その家系に生まれた男児のほとんどが変化の能力を有せず、覚醒もせず、長生きだが特に能力を持たずに人生を全うする者がほとんどであるという。
しかし、その中に、まれに不思議な能力を持つ者が出現することがあり、その者を神の使いとして崇められた過去の歴史もあるという。
神の使いと言われたアズラィールの祖先の一人には、大型の獰猛な動物を操り戦争で大勝した英雄や、占い師として王に仕え、国の政治をコントロールしたものまでいたそうだ。
しかし、そのような能力を持った者の末路はいずれも処刑であったと伝えられている。
もし、覚醒しても人の前で見せてはいけない、話してはいけない。私欲のために使ってはいけないというのが彼の家系に伝わる話だった。
父様がアズラィールの手を取りやさしく微笑む。
「よく話してくれたね。やはり僕とライルと君の血筋は繋がっていそうだよ。ただ、違うことも少しあるようだね。うちには男の子しか生まれない。百年どころか、二十数年に一回は生まれている計算になるしね。」
「父様。おじい様にも、その能力というかはあったのですか?」
「あぁ、多分あったと思うよ。ただ、とても小さなものだったと思う。直接聞いたことはないけれど、僕の持つ能力と同じものを一部使用できたのではないかと考えられるよ。」
アズラィールが父様に質問をぶつける。
「あなたの持っている能力とは、なんですか?」
「僕はね、人や動物の体に手を触れると中が透けて見えるんだ。そして、悪いところを見つけて癒すことが出来る。ただ、それには限界があるよ。老いて死にゆく者は、いかなる理由でも癒すことはできない。あと、生きようとする気持ちのない者も癒すことができない。きっとその者の治りたいという気持ちを増幅することが出来るのではないかな、と思っているんだけれどね。あと、そうだな。動物とお話できるっていうことぐらいかな。」
なるほど、父様の能力とはそういうものなのか。
「ライルは、どんな能力を持っているの?」
アズラィールに聞かれ、今までわかっていることを話す。
たった二日前のことだが、命を助けた生き物の能力を取得できること。アダムを助けたら、耳がよく聞こえるようになり、動物と話が出来るようになったこと。
あと、触った相手の記憶や言語などの情報が一気に自分の中に入ること。今回の写真立ての様に、生き物ではなくても、触るとその物に関わる記憶が流れ込み。その場に行くような現象が起きるという可能性も捨てきれない。
「すごいなライル。でも人に知られたらまずいな。アズラィールの家系に伝わる話と同様に。」
「はい。父様。僕も同じ考えです。」
父様は顎に指をあて、深く考え込む。
「さて、覚醒とはどうして起こるのか?アズラィールが覚醒しなければ、どうなるのか。そこが大きな問題だね。」
正直言って、誰にもわからない。
父様が突然アズラィールに質問をぶつける。
「ところで、アズラィール。さっき君は僕を父親だと思ってしまったようだが、君の父親には何があったんだい?話せるかい?」
アズラィールは少し伏し目がちになりながらも僕たちに彼の父親のことを教えてくれた。
「父さんは、実は七十五歳で僕の母さんと結婚したんだ。」
「え?七十五歳それってすごくない?」
「実は、能力が覚醒しなかった僕の家系の男は異常に長く生きることができ、成長も緩やかで成人するにも六十年はかかると言われている。例えるなら、成長が通常の三倍の遅さということなんだ。」
一同、目が点。それは非常に生きにくいでしょうね。
話が進むと、やはり大変生きにくいようで、成人までは数年ごとに転々とするのが通例だというのだ。
アズラィールの父は母親と結婚後子供を二人もうけたが、見た目は二十五歳、中身は七十五歳で結婚し、結婚後七年経っても見た目がさほど変わらない父親は、そろそろ同じ所に留まるべきではないと考えアズラィールの元を去ったというのだ。
確かに、年取らないでいたらあらぬ疑いをかけられ、それこそ魔女だ、吸血鬼だと言って殺される可能性もあるだろう。
「なるほど、身を隠したということなんだね。」
「はい、多分。」
「多分、というのはどうしてだい?」
「三年前、そろそろ身を隠すと言ってはいたのですが、行先も言わず急に戻らなくなってしまいました。家の前に父の首飾りが落ちていて、誰にもその後の行方はわかりません。」
「本人の意思で身を隠したのではない可能性があるね。」
「はい。そうかもしれません。」
「ところで、アズラィールは今何歳だい?」
「九歳です。」
「それでは今覚醒していなくても、覚醒する可能性があるということかな?」
「そうだと母さんやばあちゃんは言っていました。」
「それは、ある意味希望が持てるね。」
皆、父様の言葉に頷く。
気が付くとすでに夜の九時をまわり、アダムが眠そうにこっくりこっくりしている。
「さぁ、今日はとりあえずゆっくり休んで、明日また考えよう。」
父様に促され、僕はアズラィールとアダムを伴い自室で眠ることにした。