129. 明らかになるパズルのピース
黒い翼の天使は日本の朝霧邸のフィリップの部屋にやってきていた。
「おい、起きろ。」
ガンっとベッドを蹴ってフィリップを起こす。
「あわわわ、あの何でしょうか、こんな夜中に…。って誰です?」
そういえば、ろくに顔を合わせたことがない。
「徠人だ。」
「え?戻られたんですか?皆さん心配されてましたよ。で、私にはどのような御用でしょう?」
「ドクター・ユーリを知っているな?」
「はい。知ってますよ。彼に騙されて生贄になっちゃってたんですからね。」
「当時、どこに行ったらその男に会えた?教えろ。」
「あー。確かユートレアの隣国の国立大学院に宗教学を教えている教授がいまして、それがドクター・ユーリです。」
「オマエが消える前の話だな?」
「あ、知ってるんですか?そうです。あの時は参りました。未来の予言をしてほしいとか言われて、お金を受け取ってしまったんですが、予言の秘密を教えろとしつこくされて、まぁそれでも話の面白い方だったんで、少し話しちゃったんですよね。自分の他にも能力のあるものがいるということを、そうしたら、変な白い石を渡されて、石が光ったら本物だと言い始めて、変な魔法陣の真ん中で杭をぶっ刺されてどっかに行っちゃいました。」
「オマエ、よくしゃべるな…。」
「ア八ハハハ…そうですか?」
「その男は他に何か変わったものを持っていなかったか?」
「あー、私は何ともなかったんですが、最初に会った時に小箱に入った瓶を見せられて、その中に途中でちぎれた、赤い目の白蛇が入っていて、それを見た人は彼の言うことをなんでも聞いちゃうんです。」
「赤い目の白蛇…。」
「はい。なんでも邪悪な天使を討伐した時の髪の毛だって言ってました。切り落としてすぐにあの光る白いの石みたいなものと一緒に瓶に入れれば、消えることなく使えると言ってました。あれは気味悪いものでしたね…。」
なるほど、思い出した。五百年前のユートレアの教会で見たライラの姿を。
頭には髪の毛の代わりに無数の蛇が蠢き、ライラそのものも邪悪としか思えない状態だった。しかし、罰だか呪いだかを与えられてあの姿になっていると言っていたような気がする。
「あの頭に蛇を乗せた天使とこの家にいるライラが同じ天使だと知っているか?」
「あああああ?あの、ライラちゃんが、蛇頭ですか?うっそぉ?でも死んだんじゃないんですか?最初の儀式の後に教会に呼び出して討伐したと聞いてますよ。」
「なるほど、いいことを教えてくれた。蛇頭のライラが死んだのであれば、この家にいるライラは生まれ変わりだ。」
「なるほどです!」
意外にフィリップは情報を多く持っていた。
あの最初の儀式の後、またライラを召喚したのがドクター・ユーリであれば、近づくチャンスがありそうだ。
黒い翼の天使は五百年前のユートレアに転移した。最初の儀式が終わったあとの教会だ。
ドクター・ユーリという人物はライラの呪いを解いてやると言いながら、ライラを殺したのだろう。深夜近くに始まった最初の儀式はとっくに終わり、教会の中は静まり返っているが、いつその儀式を行うのか…見当もついていない。
そもそも、あの蛇の髪を持つライラは、僕たちのように自由に行動できない召喚された状態であった。魔法陣の中に現れるだけだ。
逆に討伐されたことによって、本当に呪いが解けたのかもしれない。
その辺は邪魔しないようにしよう。
深夜三時過ぎ、ヤギを引いた司祭二人と教会の奥の部屋にこもっていた司祭二人が教会の祭壇前で合流した。
「ドクター・ユーリはもうすぐ到着します。」
「では、供え物を魔法陣の中に…。」
司祭の一人がヤギを魔法陣の真ん中に座らせ首を押さえつける。
貴族のような服装をした一人の中背の痩せた中年男が教会に入ってきた。
手には先の儀式でニコラスが使っていたような短剣だ。
間もなく、儀式が始まった。
ドクター・ユーリが司教のやったことと同じ手順でヤギの腹を裂き、黒い核のようなものを取り出した。それは、空中に浮かび上がると黒い靄が周りを覆い、徐々に実体化していく。
魔法陣の中央の空中に、ライラが現れた。
ドクター・ユーリはライラに近づくと一言言った。
「約束通り、あなたの呪いを解いて差し上げましょう。目を瞑ってもう少し下へ来てください。」
ライラは何も疑わない様子で床に足をつけ、目を瞑った。
その時だ、脇に置いてあった長い大ぶりの剣を一振りし、ライラの首を落としたのだ。
落ちた首についている蛇がわらわらと蠢く…。
その一本をさらに斬り、懐にいれてあった瓶にそのものに触らぬように蛇の頭を一つ瓶に入れ、コルクで封をした。
僕は、そのタイミングで雷の矢をその場にいる全員に打ち込み、感電させた。
意識を刈り取るくらいの電力を流し、僕はドクター・ユーリの額に手を触れた。
全部の情報を引き出そうと集中する。
「なんだと…。この男…。そうだったのか…。」
僕は、その場にいるものを目覚めさせ、赤い目で命令する。
「お前たちは、今夜、私の姿を見ていない。いいな。」
「はい。」そう言って全員が目に赤い輪を浮かべた。
光の粒子で出来た矢での拘束を解くと、ちょうどそのタイミングで痛みにのたうち回っていたライラの髪である蛇達の動きが止まり、ライラの体と頭は黒い靄になって消滅した。
そして、床に黒い核がぽとりと落ちた。
直後、その核は大きさを縮小し、小さな金色の光を放つ球へと変化し空中を飛び出していった。
全ての様子をスマホで撮影していた僕は、一旦現在のイタリアの家に行き、情報としてアンジェラに動画を送った。
そして、メッセージを送った。
『ドクター・ユーリこと由里拓斗は元々テロリストの様だ。詳しいことはこれから話したい。家の寝室で待っている。』
メッセージを送ったと同時にクローゼットからアンジェラが出てきた。
「アンジェラ、そんなところにいたのか…。早っ。ゴロゴロして待ってようと思ったのに…。」
「今日はどうしてリリィじゃないんだ…。」
アンジェラが頬を赤くして早口でまくし立てる。
「話できないじゃん、リリィだと…。」
アンジェラは耳まで真っ赤にして反対を向きつつ「どういう意味だ。」と言い返す。
「本当に意味を聞きたいわけ?」
「いいえ、大丈夫です。ごめんなさい。」
あはははっ、と二人でなんだか笑っちゃった後に、本題に戻る。
「アンジェラ、あのユートレアでの最初の儀式の後にドクター・ユーリにライラが討伐されたんだ。
動画を送ったやつがそれ。
それでね、目的はライラの髪の毛の蛇を入手すること。多分僕の赤い目と同じ効果があるんだと思う。洗脳したり、命令を聴かせることが出来る。それで、協力者が多数いて、洗脳されているんだと思う。これが一つ目の現実だよ。」
「あの男は、なぜ五百年も生きているんだ?」
アンジェラが興奮してつかみかかりながら聞くと、黒い翼の天使はふっとよろけて意識を失った。
「おい、大丈夫か?おい。」




