126. 尋問と最後の会話
食事中、アンドレの若干毒のある一言の数秒後、黒い翼の天使は何も言わずに消えてしまった。
「「あっ。」」
アンジェラとリリアナがジト目でアンドレを見る。
「すみません。余計なことを言いました。」
アンドレはそう言ったが、アンジェラは悲しい目をして言った。
「まだ話したいことがあったんだが…。」
アンジェラはリリィのスマホから送られてきた杏子と黒い翼の天使の会話の動画を三人に見せた。
「これは、かなりの衝撃映像ですね。あの女、かえでさんの娘だったんですか…。しかも、由里って、もしかして大学の研究室から消えたっていう例の男ですか?」
アズラィールが食い気味にアンジェラに質問をする。
「そうだ。そして、その由里教授がもしかしたら五百年前からユートレアの悪魔信仰に関わっているドクター・ユーリと同一人物かもしれない。かえでの事だけでもリリィには辛い事実だと思うのだが…。」
リリィは多分、自分たちの命を脅かしてきた存在を殲滅するために動いている。そのために非情にならざるを得ない場合もあるだろう。アンジェラはリリィのために自分にできることはないか、ずっと考えてきたが、考えれば考えるほど自分は非力で、常に与えてもらってばかりだったと再認識するばかりだった。
「今、私たちができるのは、リリィを愛し、信じることだけなのかもしれない。」
そう呟いたアンジェラに同意するように他の三人も頷いた。
同じ時、日本の朝霧家のサロンでは、未徠がコーヒーを飲みながら読書をしていた。
そこへ、青い光の粒子が発生し、実体化していく…。
「徠人、戻ってきたのか…?」
「…とう、さん。」
未徠が駆け寄り、黒い翼の天使に抱きついた。
「どこに行ってたんだ?どこも怪我してないか?お腹はすいてないか?」
「あぁ、大丈夫だ。もう俺のことなど忘れたのかと思っていた…。」
「何を言っている。」
「部屋が物置になっていたからな…。」
「あ、すまない。もっと大きな部屋にしてやろうと思ってな。隣の部屋を空けて繋げて一つの部屋にする工事をする予定なんだ。しばらくは、別の部屋を使ってもらわないといけないんだが、帰って来なかったから伝えられなくて…。」
「そうか。しかし、工事は必要ない。」
「どういうことだ。」
「ここには、もう来ない。」
「何を言っている。お前の家はここだぞ。他にどこに行くというんだ。」
「今まで心配かけて悪かったな。」
そこまで言ったところで、サロンにコーヒーを持ってきたかえでを黒い翼の天使が呼びつけた。彼は、スマホの録画を開始した。
「かえで、こっちに来てくれないか。」
「徠人様、お帰りになられたんですね。よかった…。」
かえでが近づいて来ると、彼は赤い目を光らせ、質問を始めた。
「かえで、オマエに娘はいるか?」
「はい。一人おります。」
「名前はなんという?」
「このみ。川上このみ。」
「娘は今何をしている?」
「二歳で夫と共に家を出たきり、どこにいるかもわかりません。」
「オマエの夫の名前は?」
「昔、夫だった男は由里拓斗と名乗っていましたが、本当の名前ではなかった。」
「その男に最後に会ったのは?」
「徠人様が誘拐された直後に、一度ここに来ました。」
「何をしに来た?」
「徠人様の車のおもちゃを持ってきました。」
「なぜ?」
「わかりません。」
「悪魔信仰をしている宗教団体は知っているか?」
「いいえ。」
「ユートレアという国は知っているか?」
「昔、夫だった男がその言葉を口にしたのを聞いたことがあります。」
「その男の職業は?」
「大学で教授をしておりました。」
「オマエはなぜ離婚したのだ?」
「わかりません。突然娘と姿を消されて…。」
「ライルの母、杏子を以前から知っているか?」
「いいえ、徠夢様とご結婚されてこちらに来られてからしか存じません。」
「そうか、わかった。下がってよい。」
会話が終わると同時に、動画をアンジェラに送信する。
そこに未徠が不思議そうな顔で聞いてきた。
「徠人、かえでに何を聞いていたんだ?」
「杏子の本名は川上このみ、かえでの娘だ。それをかえでが知っているのか聞きたかったんだ。」
「なに?それは本当か?」
「あぁ、あの様子では知らないな。そして、俺たちを拉致して傷つけたやつがかえでの元夫というわけだ。それも知らないようだが…。」
「それは大変じゃないか…。」
「まぁ、騒ぐな。全部明らかになるまで待ってろ。面倒だから徠夢にも言うな。」
「あ、あぁ。わかった。」
彼は少しコーヒーを飲み、今まで見せたことのない柔らかい眼差しで薄く笑うと未徠に向かって言った。
「父さん、悪いな。もう行く時間だ。最後に話せてよかったよ。」
立ち上がった彼の手を取ろうと未徠も立ち上がったが、その時には彼はもう消えてしまっていた。
未徠はその時、自分の息子はもうこの世のものではなくなっていて、幽霊になって会いに来てくれたのではないか、とも思った。
拉致されていた息子がやっと戻ってきたというのに、その息子がまた消えるとは、未徠のこの悲しみは癒えることがないのかもしれない。




