125. つかの間の休息
僕=黒い翼の天使は、ここしばらく不眠不休で活動していた。
そのせいか、あるいは杏子の話を聞いたからか、ひどく精神的にも肉体的にも疲労を感じていた。
どこかで休まなければ…。とりあえず朝霧邸の徠人の部屋に行こう。
しかし、そこは荷物置き場になっていた。
どういうことだ…。徠人はすでにいない人間として扱われているのか…。
ひどい話だ。
次に朝霧邸のリリィとアンジェラの部屋に行った。
自分でやったのだが、部屋中血で手形や足形がついて、めちゃくちゃのままだった。
ここでは休めないな。
仕方がない、イタリアの家に行こう。確か誰もいなかったはずだ。
良かった…誰もいない。
僕は、アンジェラと自分のベッドでとにかく泥のように眠った。
嫌な夢ばかり見た。徠牙が斬られるところ、アズラィールが雷に打たれるところ、アンドレが刺されそうになったり、アンジェラが自殺しようとしたり、僕の首をライラが絞めたり、とにかくそんな場面ばかりを夢で見た。
もう、いいよ。やめてくれ。そんな夢は見たくない。
最後に、杏子が僕に「あさぎり ライルは知らない。」と言った。
あぁ、やはり、僕には母はいなかったのか…。
そんな時背中に暖かいぬくもりがあった。今日の夢で一番よかったのは、アンジェラのぬくもりを夢の中でも感じられたことだ…。
僕は夢の中で繰り返した。「アンジェラ、ごめん。アンジェラに会いたい。」
「わかってる。」
温かい体温と頭を撫でる手と、その言葉で、満たされて眠った。
目が覚めた時、目の前にアンジェラの顔があった。
「うわぁ、え?あ、あれ?マズイ。」
「おはよう、リリィ。」
「う、僕、ちょっと寝ちゃって…。」
「まぁ、姿には違和感あるけどな、間違いなくおまえだとわかっているから大丈夫だ。」
「うぅ…。」
なんだかとっても恥ずかしい。
「食事を用意してあるからちゃんと食べろ。いいな。」
「うぅ…」
「ずいぶん眠っていたぞ、大丈夫なのか。」
そういえば、徠人の体に入ってから、初めて眠った。そして、何も食べていなかった。
ずっと時間を超えていたから、今がいつなのかもよくわからない。
「あ、あの。ごめん。」
「何か謝らなければいけないことでもしたのか?」
「帰ってこなかったから。」
「どうして、その体に入ってるんだ?」
「あいつ、生きる希望がもう無くて、体に恨みとか怨念みたいのばかり溜まってて、そのままだと体も朽ちるところまでいきそうで、放って置いたら数時間だと思ったから…。」
「そうか…。」
「うん。」
「じゃあ、徠人は今どこにいるんだ…。」
「ここ。」
そう言って、僕はアンジェラの胸の真ん中を指さした。
「はぁ?うわ、何それ、きもっ。出せ、今すぐ。」
「それは、無理だよ。自分で入っちゃったんだから。アンジェラになりたい。って。」
「どういう意味だ。」
「この姿で言うのもなんだけどさ、アンジェラがうらやましかったんだよ。」
「……。スマン。」
その後、僕はシャワーを浴び、皆で食事をとった。
「あれ、アズちゃん。なんでここにいるの?」
「旅行です。それより、なんでそんな縁起でもないような色になってる徠人に入ってるのさ。」
「縁起でもない色って…、そうかな?自分じゃ選べないんだよ。」
「それで、いつ戻るんですか?自分の体に…」
「そ、それはわかんない。翼が白くなったら…かな。」
アズラィールと僕の会話にリリアナが口をはさんだ。
「ねぇ、リリィ。ドンドン黒くなってるのに、白くなんかなるの?」
「そうかな?髪の色が濃い灰色だったけど、シルバーになったから翼もソロソロだなぁと思ってるんだけど。」
「その姿でその口調…とっても変です。」
アンドレにバッサリ斬られた。ううっ。
でも、久しぶりの安らぎの時とでもいうのか、楽しかった。
少し食べたら僕は次の目的地に飛ばなければ…。ゆっくりはしていられない。
僕は、挨拶もなしで、その場を去ってしまった。




