124. 杏子の正体
アズラィールとアンジェラ達が旅行を楽しんでいる頃、翼の黒い天使は解明されていない事柄を調べるための下調べをしていた。
イタリアの家に行ったが、皆外出中だった。そうかと思えば、たまたま五百年前のユートレアで盗賊をやっつけている時に現れた。アンジェラ達は何をしているんだろう。
とりあえず、調べ物をするためにリリィのスマホを持ってきてしまった。
スマホの電源を入れると、大量のメッセージを受信した。
「リリィ、早く帰ってきておくれ。」
「リリィ、早く君の声が聞きたいよ。」
「リリィ、一人で寝るのは寂しいよ。」
一日に何回も送っているんだろう…。こんなの読んだら、こっちまで悲しい気分になる。
黒い翼の天使は、一通り目を通した後でため息をついた。
メッセージを送信した側に既読が付いたことにアンジェラが気付いたことはまだ知らない。
まず、調べるのは、徠夢の大学で研究をしていたという由里教授についてだ。
ライルが拉致されるまでの数年間、その大学の研究室を使っていたらしい人物はネットで検索しても、大学関連の資料を見ても全く情報がつかめなかった。
インデックスに名前が出てきてもページやデータは削除されている。
こうなると、直接探すしかないだろう。
手がかりになりそうな事柄を思い浮かべる。
「大学」「研究室」「杏子」「DNA」たしか、徠夢は大学で優性遺伝の研究をしているとか言ってたな。そこでライルの母親と知り合ったとも言っていた。
過去に行くのは簡単だが、探ってることがバレて過去が変わり、それでやられたことを無しにすることはできない。
今の僕には「やられたら、やり返す」ことが当たり前だ。
じゃあ、最後から順に遡って行こう。
杏子が何故、ライルの母親になったのか、工作員として家に入り込むだけではなく、家族として生活していたのだ。何年もかけて準備していたのだろう。
幸い、というべきか、残念なことにというべきか、相手が何者かわかっている面識のある人間にはその時にどこにいるかを知ろうとすれば、そこに行くことが出来る。
そして、殺すことだって、なんだってできる。
自分は今そういう存在だ。
まぁ、殺すのは後回しだ。いくら押し殺しても裏切られたという気持ちは収まらないが、元を辿れば、あの由里教授=ドクターユーリへと到達するかもしれない。
では、心を無にしていざ参ろう。
僕=黒い翼の天使は、朝霧杏子と名乗っていた、ライルの母親の現在の所在地へ転移した。それは、大きな研究施設の地下にある部屋だった。
広さは三畳ほど、むき出しの便器と洗面台、ベッドと小さなテーブルが一つあるだけの狭い空間だった。ドアには小さいガラスの部分に鉄格子がはまり、外から施錠されていた。
杏子はベッドに座り、うつろな目で空間を眺めていた。
僕は青い粒子の塊になり、その部屋の中央あたりに出現すると、杏子はがくがくと震え出し、叫び始めた。
「たすけて~、また、お化けがきた~。だれか~。」
立ち上がりドアの前まで行き、ドアノブをガチャガチャ動かす。
「おい、オマエ。どうしてこんなところにいるんだ?」
「お、おばけ。おに?あっちいって~。」
「おい、こっち見ろ。」
杏子が振り向いた時、僕は赤い目を使って命令した。
「オマエは、なぜここにいるのか説明して、おとなしくしろ。」
「あ、どうしてここにいるかは、わからない。」
「では、お前の名前は?」
「名前…、川上このみ。」
名前も偽名だったのか…。
「朝霧を知っているか?」
「あさぎり…お母さんが働いている家。」
お母さんだと?何を言っているんだこいつは…。
「母親の名前は?」
「川上かえで。」
なんだと?まさか、かえでさんまでこの組織に関係あるのか?
「朝霧ライルを知っているか?」
「あさぎり…らいる?知らない。」
「朝霧徠夢を知っているか?」
「あさぎり…らいむ?らい、む?わからない、わからない。」
「オマエの職業はなんだ?」
「しょくぎょう?仕事?仕事はしてない。」
「由里タクトを知っているか?」
「ユリ?タクト?お父さんは由里拓斗。」
父親が由里拓斗…。僕は、この女からそれ以上の情報を引き出すのは無理だと思いその場を去った。
川上かえでに聞くほかないだろう。
とりあえず、今の会話は動画に撮った。
アンジェラ宛に送っておこう。
ひどく疲れてしまった。
一度休息をとろう。




