12. 魔女狩りの日
母様は頭がパニック状態に陥っているようで、仕事をそこそこに切り上げ動物病院を臨時休業としてしまったようだ。
そんな母様の誤解を解くためにも今日あったことを全部話すこととなった。
そこで、ライルにそっくりな少年が泣きながら父様に抱きついた。
「Papa, ich wollte dich sehen. Wo warst du bis jetzt?」
「パ、パパ~?」
杏子の目が悪意を持って徠夢を睨みつける。
「ラ、ライル、この子が日本語を話せるようにはできないのかい?」
「んー?どうなのかなぁ?アダム、できると思う?」
「あいっ、ためしてみてくだしゃい。」
涙が引っ込んでずいぶんと滑らかに話せるようになったものである。そこでまた杏子が叫ぶ。
「あ、あんたがアダムー?どういうことよー。」
「母様、落ち着いて下さい。そのことは後で説明しますので。」
ライルは杏子をなだめ、少年の頭に手を当てる。
ライルの手が淡い金色の光に包まれ、その光が少年の体を覆う。
「僕の名前はライルだよ。君の名前を教えてくれる?」
ライルが問うと少年が話し始めた。
「あ、あの僕はアズラィール。」
そこで、父様がアズラィールに話しかける。
「はじめまして、アズラィール。僕はライルの父だよ。君のお父さんではないけれど困ったことがあったら言っていいんだよ。」
「父さんじゃないの?」
アズラィールは少しまた涙目になりつつも父様を見つめる。
「あぁ、君は今どこにいるのかわかるかい?」
「僕の家の裏にある沼地からここに来たんだ。きっと同じ村のどこかでしょ。」
「ここはね、日本という国だよ。ドイツからは遠く離れた場所だ。」
「なんで、そんな場所に?僕、帰らなきゃ。」
立ち上がろうとするアズラィールを制し、父様が続ける。
「まぁ、そんなに急がないで。少し話を整理しないと、これから先の役に立つかもしれないからね。さて、ライル。まずは資料館での話だね。教えてくれないか。」
僕は今日あったことを話し始めた。
市の資料館で見た朝霧家のおとぎ話。
その後にこの市の姉妹都市であるドイツの小さな町の展示の写真立てを触ってしまった時に起きたこと。
僕の手が写真立てに触った瞬間、サラサラと流れる砂の様に、でも光の粒子の様な輝く物質になって僕の体は消えたこと。
そのあと、数秒後に同じ写真立てを手にし、少し暗い家の中で意識が戻ったこと。そうしたら、後ろから彼、アズラィールにその手を掴まれた。
その時、僕の意識に彼の記憶、情報、言語、今その場で起きていることが大量に流れ込んできたこと。
その一瞬後に、彼は、いや、彼ら家族は僕を見て驚愕したこと。全く同じと言っていい顔、背丈、目の色、髪の色。
そして、彼らはその場で神に祈っていた。
「天使様がいらっしゃった。」と。
そして僕が資料館でその写真立ての説明に書かれていた魔女狩りのことが気になりとにかく、彼らにその日は何日か聞いたこと。
そうしたら、その日が一八七五年七月二十八日だった。さっき目にしたばかりの日付だった。
それは、魔女狩りと称して、その家に火が放たれる日だったんだ。
僕はとっさにここはもうすぐ火が放たれるからとにかく逃げて欲しいと頼んだ。
彼らは息子と同じ顔の僕を信じて家を後にしてくれた。
逃げるときにすぐ家の側に火を放とうと迫ってくるやつらの気配を話し声で感じたんだ。
納屋の動物を解放し、家の裏の沼地に潜み、暗くなるのを待って散り散りに逃げることにしたんだ。
驚いた事に彼らは、動物に擬態することが出来た。
おばあさんはオオカミに、おかあさんは鷲に、アズラィールの妹のアンナはフクロウに。
でも、アズラィールは動物にはなれないらしく、僕らは二人で手を繋ぎ、沼地にはまらないように水草につかまり、水につかりながら数時間を過ごした。
そんな時、手に持っていた写真立てを離してしまった。
写真立てを拾おうとして深みにはまり、底に沈みかけた時、まるで濁流が急に発生したように底に引っ張られた。
底へと強い力で引かれて、急に体が軽くなったと思ったら、家の裏庭の池にドボンと落ちたこと。
僕は、説明を終え、母様にアズラィールが父様の子供ではないことを理解してもらい、彼は実に百五十年近くも前のドイツから転移してきた人物だと説明したのだ。
母様は半信半疑、というよりまだ疑っているように見えたが、そこからは父様も説明してくれた。
地下の書庫には古い写真の他にもいくつかの箱に収められている古い資料がある。父様はおじい様が亡くなった後で、一度それらをすべて確認したのだそうだ。
それには、数日前僕が抱いたのと同じ疑問、双子が異常に多いのに必ず片方が不幸な死をとげ、他にも兄弟姉妹がいないことや何代も前に入った外国人の血が色濃く残る容姿のことなど、調べてみたのだそうだ。
そして、今回アダムがパニックになっている時に、ふとそのこと(いなくなった子が戻る話)が書かれた文章があった様な気がして探し、帳簿のようなものを探したそうだ。
それは、いわゆる日記のようなもので、アズラィール少年が朝霧家に突然現れた時のさらに細かいエピソードが書かれていたのだった。あの、伝説の少年だ。
それによると、アズラィールの家はドイツの田舎町で薬草を売っていたが、ある日アズラィールと同じ顔の子供が現れ、ここにいたら焼かれて死ぬと言われ家族は離散した。
アズラィール本人は、その子供と一緒に朝霧家の庭の池に転移し、命は助かった。
しかし、その三日後、裏庭に雷が落ち、気が付いたら自分は元の年代の朝霧家の裏庭に行ってしまっていた。と書かれていた。
これで話は少し繋がったかもしれない。
しかし、母様の目はかなりうつろで、やばい気がする。
僕は、自分の意見を言ってみた。
「この日記の話とかが本当だと、アズラィールは、僕と父様の祖先っていうことになるんだよね。」
父様は頷く。
母様は段々白目がちになっている様子。
「母様は、父様の力を知っているの?」
「まぁ、少しはね。全部ではないよ。」
父様が母の代わりに言うと、母様はテーブルに突っ伏してしまった。
あとで仲直りしてね。ごめんよ、母様。
ずっと黙っていたアズラィールが口を開いた。
「ライル。助けてもらって申し訳ないんだけど、僕は自分の置かれている状況が理解できないよ。これから僕はどうなるの?」
徠夢がライルに代わって口を開く。
「あぁ、ごめんよ。アズラィール。君は自分の国には帰らないようなんだ。今は、君のいた一八七五年ではなくて、二〇二一年なんだよ。そして帰る方法は僕らにはわからない。」
「そ、そんなぁ。」
「でも、君はこの地の一八七五年に今から三日後に転移し、すごいことを成し遂げるようだよ。」
アズラィールは不安な顔で僕や父様の見た。
母様が少し気を取り直して、僕に質問する。
「ライル、その、髪の黒い子は誰なの?」
「母様、これはアダムだよ。犬の…。アダム、見せてあげたら?」
僕がアダムに言うと、アダムは犬の姿になり思わず椅子から転げ落ちる。
「ぎゃん。」
横に座っていた父様が素早くキャッチすると、アダムを撫でながら母様に視線を向ける。
「…。」
母様には刺激が強すぎたようだ。テーブルに突っ伏して意識がなくなっている。
だから、言いたくなかったんだ。
アズラィールも一瞬驚いたようだが、彼の家族も動物に擬態できることから受け入れられないというわけではないようだ。しかし、アダムは元が犬である。
アダムが人の姿になり、椅子に座りなおす。
意気消沈の母様を父様が寝室へ運び、再びサロンへ戻って来た。
「アズラィール、いいかい。正直に答えて欲しいんだが、君は何か他の人にできないことが出来るかい?」
「いいえ、僕の家族はオオカミや鳥になり、人が行けないような場所に行き、薬草のにおいをかぎ分けることが出来ますが、僕はその様な力は何も持っていません。」
「そうか、それは困ったねぇ。」
「父様、どうしてですか?」
「朝霧家のおとぎ話を覚えているかい?その話は、今ここにいる君、アズラィールが今から三日後に一八七五年の朝霧家に行き、朝霧の一人娘を助けるという話だからね。」
「…。」
「アズラィールに人を癒す力がなければ、それは成しえることが出来ないということだ。」
「三日後、ですか。あまり時間がありませんね。」
「そうだね。まぁ、とりあえず夕飯をみんなで食べてから、またさっきの箱の中身を調べてみよう。さぁ、ライルとアズラィールは一回お風呂に入っておいで。上がったらダイニングに来なさい。」
「はーい。です。」
よいお返事はもちろんアダムさんです。
「じゃあ、アダムも一緒にお風呂に入ってきなさい。」
父様が言うと、アダムは嬉しそうに頬をピンク色に染めた。