118. 徠夢の想い
徠夢はアタッシュケースを持ち、彼の父未徠の元へ急いだ。
未徠はサロンでコーヒーを飲みながら読書をしていた。
「父さん、徠人がこれを持ってきた。」
「徠人は生きているのか?」
アタッシュケースの事より、徠人を気遣う未徠の言葉に、徠夢はこの人も父親なんだなと思った。どんな様子だったかを知りたがる父親に、監視カメラの映像を開いて見せてやる。
「あぁ、よかった。無事であれば、きっと帰ってくる。そうだろ?」
「そうだね。」
徠夢はアタッシュケースを開けた。
「こ、これは…。」
「父さんに返してあげてと徠人が言ってたよ。このままにもできないから、刑事さんを呼んで、処理してもらうことにしよう。」
「あぁ、そうだな。」
徠夢は石田刑事に連絡し、来てもらうことにした。
夕方になって石田刑事が鑑識の人を連れてやってきた。
「忙しいのにすみません。」
徠夢は久しぶりに顔を合わせた石田刑事にそう言うと、サロンに案内した。
これなんですが、と言ってアタッシュケースを見せる。
昼間未徠に見せるために持ってきたまま、無造作に置かれたそれを指さすと、徠夢は説明した。
「すみません、あまり考えずに直に触ってしまいました。僕の指紋が付いていると思います。あろ、持ってきたのは徠人なので、徠人の指紋もついているかもしれません。」
「これは、どういう経緯でここにあるのか聞いてもいいですか?」
石田刑事が聞くのはもっともな話なので、セキュリティカメラの映像を見せながら、説明する。
自分が地下書庫にいた時に、急に徠人が現れ、これを父親に返せと言った。そのまんまの映像と音声を聞いて、石田刑事は言った。
「相変わらず、不思議な事の起こる家ですね。朝霧さんの所は。」
「えぇ、まぁ。」
何か気になることはあるかと聞かれ、徠夢は徠人の言葉を借りて言った。
「当時、うちで働いていた従者が身代金要求の犯人だと、徠人は言っていました。そして、死なない程度に感電したとも…。何かわかったら教えてほしい。」
「なるほど、感電したというのは実は公表していないのです。お宅で運転手をしていた男性ですが、身代金を受け渡す為に指名されてそのアタッシュケースを持って指定の場所に行ったところで、落雷により感電し、生死をさまようほどの怪我を負いましたが、三年後には完治して退院しています。まさか、犯人だったとは…。」
石田刑事は証拠の金の指紋などを取り、この現金が普通に使えるように手配すると約束してくれた。
「ところで、ずいぶんご家族が増えているように思いますが…。」
「あぁ、はい。あの繭のようなものに入っていた血縁者が全員戻ってきました。ライルのおかげで。」
「なるほど…。で、ライル君はどこに?」
「あ、あのライルは今イタリアで大叔父と一緒に暮らしています。」
「大叔父?」
「ええ、アンジェラ・アサギリ・ライエンです。」
「そういえば、未徠さんを助けるときに一緒に一度連れて行ってもらって、と言っても夢みたいな出来事でしたがね。その時にいましたね、アンジェラさんも。」
「そうでしたね。その後、いろいろとあって彼の元に行くことになったんです。」
「そうですか、若いうちは色々経験した方がいいですからね。」
一度、三億円は警察で預かり、その後未徠に返却されることになった。
若いうちは色々経験した方がいい…か。徠夢は自分の若い時に何かいい経験があったかと考えてみた…。何も思い出せなかった。
大学には行った、獣医にもなった。確か研究室で研究もしてた。
僕は、誰とそんな時間を過ごして、結婚し、子供まで設けたのだろう…。
いくら思い出そうとしても思い出せなかった。
ライルが自分の息子だというのは認識している。でもそれ以外の何も思い出せなかった。
僕の頭はどうかしてしまったんだろうか…。
ごめんよ、ごめんよ、ライル…。
一番大切だった何かを失ったということを、今気付いた。
もう、遅いことはわかっているけど、徠夢はそのことに思いを巡らせること以外に今大切なことが思い浮かばなかった。
ライル、僕の大切なライル…。ごめん。




