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114. お仕事の時間

 黒い翼の天使が封印の間を去って少し経ったとき、リリアナとアンドレがアンジェラを迎えに来た。

 アンジェラが膝の上に乗せていたリリィを玉座の上に座らせ、頬にキスをした後、二人に向き直って言った。

「さっき、黒い翼の天使が来た。徠人の体だと思うが、なんだか様子が変だった。」

「変、というと?」

 アンドレの問いに、アンジェラはリリアナの方を向き、手を差し出した。

「私の記憶を見せてあげてくれないか。」

 リリアナは頷き、黙ってアンジェラの手とアンドレの手を取った。

 アンドレは、一瞬恐怖の表情を浮かべたが、そのあと頬を少し紅潮させ、アンジェラの手を取り呟いた。

「こ、これは…。」

「どう思う?」

 アンジェラはアンドレに聞くと、アンドレは言葉を慎重に選びながら、言った。

「単独で転移できるのはリリアナとリリィだけですよね。徠人にはそもそも翼もなかったはず。それを考えると、徠人の体にリリィの魂が入っていると考えるのが妥当じゃないでしょうか。」

「あぁ、私もそう思っている。そして、まだ帰れないと言ったのが気になる。ここには自分の体を確認しに来たのか、それとも、私たちの想像が誤っていて、あいつは徠人で、リリィを奪いに来たのか…。」

 リリアナが口を開いた。

「私の中にあった黒いものが、全部さっきの黒い翼の天使の中に入ってるみたい。」

「だから黒くなったのか?」

「そうかも…。」

「どこでリリアナの黒いものがあいつに移動したんだ?」

「私もわからない、けどね、白い蛇に噛まれたからかなって思ってたの。」

「蛇にかまれただと?なぜすぐに言わなかった。」

 アンジェラが大きい声でリリアナに叱りつけるように言った。

「ごめんなさい。噛まれたって言っても、舐められただけだったから…。」

「なめ…?」

 アンジェラが顔を真っ赤にして笑いをこらえながら言った。

「その蛇はリリィのだ。きっとリリアナの黒い部分を吸い取ってくれたんだろう。」

「リリアナが蛇に噛まれた後に、リリアナには少し異変が起きてまして…。」

「異変だと?」

「ちょ、ちょっとアンドレ、言わないで~。恥ずかしい。」

「言わないわけにいかないですよ。」

 そう言いながら、アンドレが説明してくれた。急に恥ずかしさを覚えたり、アンドレに対して意識することが多くなり、美しいものに感動したりするようになったとか…。

 人間らしくなったということか…。アンジェラはそう思った。


 三人はその後、家に戻った。

 もし、あの黒い翼の天使がリリィの魂を持っているとすれば、いずれ自分の体に戻ってくる可能性があるということだ。アンジェラは過度な期待はしないように自身に言い聞かせつつ、今は何もできない自分が不甲斐ないと感じていた。


 その日、日本のアズラィールからメッセージが来ていた。

 昔、アズラィールと緑次郎が残した古い日記があると聞いたことがあったが、その記述に変化があったというのだ。

 それによると、緑次郎の親兄弟を惨殺したと噂されていた隣の領地の城で、ちょうど十年後に同じような惨殺と放火事件があり家臣含む全員が死亡していた。領地が統合され、朝霧がより広い領地を治めることになり、そのことが分かったらしい。偶然にしては怖いな、とアンジェラは思った。

 アンジェラは、アズラィールに今後も時々日記を確認してもらうように返信した。


 日常の生活も日々続けていかねばならない。

 いくら普通以上の富を持っているからと言って、何もせずに過ごすことはできない。

 そんな時、日本で活動中のアンジェラの事務所から、次のジュリアンのプロモを考えたいと話があった。

 しばらくそれどころじゃなかったので、放置してしまっていた案件だ。

 翌日の朝、イタリア時間の朝九時、日本時間の午後六時にオンラインで会議を行うことになった。


 翌日、会議の前にアンドレとリリアナが合体する。

 四か月ぶりのジュリアンは不思議な色気が増し、髪の長さが胸までに長くなっていた。

 リリアナが成長したせいだろうか?

 オンラインの会議が繋がり、東京の事務所でプロモの作成に携わっている担当者とマネージャー、広報の部長など六名の出席者とアンジェラ側はアンジェラとジュリアンの合計八名で会議が始まった。アンジェラが口を開いた。

「ちょっと内輪でゴタゴタがあって、しばらく待たせて悪かった。」

「いえ、大丈夫ですが、そろそろ限界ではあります。」

「限界?」

「ジュリアンに関して問い合わせが多くて、こちらは教えられないと返事しておりますので、中には熱狂的なファンも出てきているみたいで。」

「ほう。そうか。で、提案は?」

 プロモ担当者が発言する。

「次は歌うたってもらえないかと思っていまして…。」

「歌えそう?」

 アンジェラが聞くと、ジュリアンは首を傾げて、「どうでしょう?」と言った。

「どうでしょう?だってさ。確かに歌なんか歌ってるの聞いたことないな…。

 いい曲といい歌詞があれば歌わせてもいいが、基本はジュリアンはジュリアンの魅力で売っていきたい。」

「それは、どういう?」

 広報担当者がアンジェラに問うと、アンジェラは真面目な顔して言った。

「この前はクラシックの曲をピアノで弾いただけでも結構ウケただろ?次は、日常の姿を切り貼りしてビデオを作って、そこにクラシックピアノを弾いてるジュリアンを重ねていこうと思う。どうだ?」

 アンジェラがそう言ったが、皆の反応はいまいちだった。

「まぁ、試しにこっちでテスト映像を作って、編集して、ダメならコンセプトから練り直しでもいいぞ。撮影は私の持っている別荘を使い、エキストラにうちの親戚の子たちを出すから、何も用意しなくてもカメラマンと機材だけあればいい。何なら今からでも機材用意できるか?」

「え?今からどこで撮影するんです?私がカメラマンできますけど。」

 プロモ担当者がそういうと、アンジェラがニヤニヤしながら言った。

「撮影場所は秘密。私の別荘とだけ言っておこう。機材をその会議室に用意して、お前だけそこに残れ。三十分後にそこに迎えをやる、いいな?」

「は、はい。いつも突然なんで、焦りますけど、がんばります。」

「じゃ、三十分後に。」

 アンジェラはオンラインの会議を切った。そして、左徠に電話をかけた。

「お、左徠か。今から三十分後に迎えに行くから、こぎれいな服着て待っててくれ。徠輝も来れたら一緒に、いいかな?あぁ、ライラも来たいなら一緒に来てもいいが、わがまま言ったら即刻強制送還だと言っておけ。」

 一体、アンジェラは何をするつもりなのだろう?

「リリアナ、サンルームのピアノをユートレア城の中庭に送ってくれ。」

「あ、はい。」

「次、朝食の用意がキッチンにできてると思うから、テーブルごと送ってくれ。」

「あ、えっと、ちょっと場所確認してきます。配置というか…。」

「あぁ、頼む。」

「アンドレ、王子っぽい服はあるか?」

「え?王子っぽい???」

「ドレープの多いブラウスシャツみたいなのがいいな、なければシースルーの…。」

「あ、あぁ時々帰るときに着ているのがあります。持ってきます。」

 リリアナがキッチンのテーブルとその上の食べ物をユートレア城に送って戻ってきた。

「終わりました。」

「ありがとう。飲み物はユートレア城にあるものを使うから、大丈夫だと思うが…。」

 そうこうしているうちに二十分が経った。

「リリアナ、日本に行って三人を連れてユートレア城に行ってから戻ってきてくれ。」

「はい。」

 五分ほどして、リリアナが戻ってきた。

「よし、では、いつも会議をしている会議室に私と一緒に転移を頼む。」

「はい。」

 二人は東京の会議室に転移をした。

 機材が運び込まれ、ちょうどカメラマンをかって出たプロモ担当者が入ってきた。

「あ、アンジェラ社長。近くにいたんですか?あ、奥様こんにちは。」

「え、あ、はい。こんにちは。」

 リリアナは成長し、リリィに外見が近づいていたので、話を合わせる。

「これで全部か?」

「はい。」

「目をつぶれ。」

「え?何ですか、急に。」

「いいからつぶれ。」

 プロモ担当者に目をつぶらせ、リリアナが機材と担当者、アンジェラを転移させる。

「よし、目を開けていいぞ。」

 アンジェラがそう言っと時、そのスタッフが目を開けると、今まで夜の景色だったはずなのに、さわやかな風が吹き、大きな川が流れる中洲の城の中庭に白いグランドピアノが置いてあり、朝食の用意がされたテーブルには三人の金髪碧眼の少年二人と少女が一人、座っていた。

「え?え?ええええええええーーー?」

 そこに、ジュリアンがやってきた。

「おはよ、みんな。」

 左徠、徠輝、ライラは、キャーと奇声を発しながらジュリアンに近づき、ハグしている。

「ライラ、おまえ。その格好はダサいな。」

 アンジェラがそういうと、ライラはふくれて言った。

「でかいアンジェラ、じゃあ、どうれすればいいのよ。ふん。」

「ジュリアン、リリアナの服で軽い感じのワンピースを貸してやってくれ。」

「ちょっと待ってて、ライラには、薄い紫が似合いそうだね…。」

 ジュリアンが微笑んでそういうと、ライラが瞳にハートマークでも出しているかと思うようなうっとりした様子で頷いた。

 ジュリアンが城の中に入りワンピースを持ってきた。

 ライラがいきなりその場で着替えようとして徠輝に止められていた。

 ちゃんと面倒見ているんだな。アンジェラは少し安心した。

 ライラが着替え終わって戻ってきたとき、アンジェラが今回三人をここに呼んだ理由を話した。

「ジュリアンのプロモにエキストラで出てもらいたい。」

「「きゃーーー」」

 左徠とライラの喜びの雄叫びである。

「徠輝は嫌か?」

 アンジェラが問うと、徠輝は首を横に振った。

「嫌じゃないけど、きっと、僕たち騒がれちゃうよね。」

「顔を映らないようにもできるぞ。」

「こんなチャンスめったにないじゃん。徠輝、いやならお前だけ抜けろ。」

 左徠のとげのある一言に、徠輝が反論する。

「僕が出なくてもお前たちが出たら同じだろ?騒がれるのは…。」

 ジュリアンが悲しい顔で三人の間に入った。

「喧嘩しないで…出なくて、大丈夫だよ。君たちは見ていって。」

 そういうと、アンジェラが厳しい声で言った。

「出ないなら帰れ。ジュリアン、送ってやってくれ。」

「はい、仰せの通りに…。」

 ジュリアンがアンジェラの言葉に首肯して三人に近づいた時、徠輝が慌てて叫んだ。

「わ、わかりました。大丈夫です。すみません。大丈夫なんで。」

「そうか、じゃ、始めよう。」

 実はアンジェラは結構厳しい。リリィ以外には…。


 撮影する際の指示をアンジェラが出した。ジュリアンがピアノを弾くのは二回。最初にピアノだけのシーンを撮るようアンジェラが指示した。

 そして二回目、左徠が寄り添うようにピアノの脇に立ち撮影するよう指示した。

 そして、そのあとはみんなで楽しくパンケーキとフルーツのブレックファストを楽しんでるところを撮影しろと指示した。


 撮影が始まった。三人が息を殺して見ている脇で、アンジェラは楽しそうにスマホで三人を撮影する。

 ピアノを弾いてるジュリアンには固定した三台のカメラと、カメラマンが撮影する可動カメラの四台だ。

 アンジェラの指示で、ジュリアンの髪が後ろで緩く束ねられた。

「ラ・カンパネラいけるか?」

「はい。」

 ジュリアンが目を閉じ、呼吸を整えた。

 薄く目を開け、胸に手を当てる。そして、鍵盤に手を置き弾き始めた。

 朝十時の、まだ登り切っていない太陽が木々の影を落とす庭で、さわやかな風を纏ってジュリアンが柔らかな生地のシャツの袖を風に揺らしながら切ない音を奏でていく。

 今日は屋外だからだろうか…オーブではなく、金色の光の粒子がうっすらと空気中を漂い、強く弾いたときに弾け飛ぶ。

 思わずライラと左徠はため息が出そうになるのをこらえる…。

 最後までダイナミックに弾き終え、ジュリアンがウィンクして一回目の撮影が終了した。

 二回目の演奏は、アンジェラの指示通り、左徠がピアノを弾くジュリアンの座っている椅子の斜め後ろに立つ形で始めることとなった。

 撮影前にジュリアンが左徠に何か耳打ちをした。

「う、気になる。」

 ライラが呟いた。

 撮影が始まり、さっきと同じように演奏が進むが、光の粒子ではなく、今度は光の粒とでも言った方がよさそうな発行体が現れては消えるを繰り返した。

 左徠は少し恥ずかしそうにしていたが、次第にジュリアンとの距離が近くなり、後ろからジュリアンの頬に触ったり、頬を寄せたり、曲が終わるころには、キス寸前の距離まで顔が近づいていた。

「ち、ちかい、左徠。離れて~。」

 そのシーンを撮り終えてやっと言葉を発することを許されたライラが涙目でそう言った。


 最後に、用意されてる朝食を食べるシーン。

 普通にパンケーキとホイップクリームとメープルシロップをてんこ盛りのライラと上品に小さく切り分けて口に運ぶジュリアン、そしてフルーツをお互い食べさせている徠輝とライラ…。左徠はジュリアンへの熱いまなざしのまま、フォークでフルーツをつついている。

 ワイワイと楽しそうに食べている彼らの少し離れたところで、急にピアノが鳴り出した。

「え?」

 と、みんな揃ってそちらを見ると、かなりの長身にシルバーブロンドの長髪、顔の色は蒼白で、瞳が赤い、そうあの黒い翼の天使が現れて、ピアノを弾き始めたのだ。

 さっきジュリアンが弾いていたのと同じ、ラ・カンパネラを…。激しく、強く、悲しげなその音はそこにいた全員の心に響いた。そして、その音が白く光る粒子となってピアノの周り一帯に降り注ぐ。

 ピアノの周り一帯に花がこぼれそうなほど咲き乱れる。

 撮影機材を持っていたカメラマンが思わずそちらにカメラを向け、撮影を始める。

 黒い翼の天使の伏せていた目が、アンジェラの方を見つめ、ふっと笑みをこぼした。

 アンジェラは翼を出し、黒い翼の天使の所へぶっ飛んで行った。

 アンジェラがその彼の腕を掴むほんの一瞬前に、彼は消えた。

「くそっ。」

 アンジェラは悔しそうにそう言った。急にライラが動揺して騒ぎ出した。

「ねぇ、でかいアンジェラ、あれって徠人でしょ?髪も目もなんであんな色になっちゃってるの?それに、前は翼なんてなかったじゃない…。」

 アンジェラは怒っているわけではない、できれば自分がリリィだと思ったあの黒い翼の天使と話がしたかったのだ。逃げられてしまってはどうしようもない。

「とりあえず、撮影は今まで撮れたもので足りると思うから、食べ終わったら解散だ。いいな。」

 ジュリアンともっと絡みたかった三人は不満げだが、ジュリアンが声をかけたら納得してくれた。

「ごめんね、みんな。ビデオを編集する時間もあるから、あまり長くはかけられないんだ。それに、君達、明日学校あるだろ?」

 全員一致でジュリアンの言ってることには理解を示した。

 撮影が始まって約一時間で、全員強制的に帰宅した。


 アンジェラはデータを後で送るからと言って、カメラマンに目を瞑らせると、彼と機材を会議室に送り返した。ライラ達三人はジュリアンが送って行った。

 ジュリアンが三人を送ってもどってきたら、アンジェラがデータを確認していた。

 黒い翼の天使の映っている部分以外を事務所へ送り、今日の仕事は終了となった。

 自宅のサンルームにピアノを転移し、キッチンのテーブルももとにあった場所に転移し、アンドレとリリアナが合体を解くと、アンジェラは優しく言った。

「お疲れ様。さあ、家に帰ろう。」

 三人は手をつなぎ、家に転移した。



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