110. ブラックじゃなくなった日
日付は一日遡って四月二日日曜日。
日本の朝霧邸でのお花見の途中。
リリアナとアンドレはお花見という初めて体験するイベントにちょっと興奮していた。
お重に入ったきれいな食べ物、未成年の二人にはジュースが振舞われた。
リリアナが枝豆と格闘している時、アンドレは目の前に小さな白い蛇がシュルシュルと移動しているのをじーっと見つめていた。
お、…これは…珍しい。白い蛇は全身が青い光の粒子で覆われ、おなかには小鳥の卵でも飲み込んだのか、ポコッと膨れている部分があった。
あれよあれよという間に白蛇はリリアナの座っていたガーデンチェアによじ登ると、一瞬アンドレの方を見て、ウインクをしたように見えた。
その一瞬後、『カプッ』と白蛇がリリアナの耳たぶを噛んだ。
「キャーーーッ。」
耳に嚙みついた白蛇がプランプラン揺れている。
「リリアナ、落ち着いて。多分、毒などはない種類だと思うから。」
プランプランしていた白蛇の体が少し明滅を始めた。
「ん?何でしょうか、これは…。」
「何、アンドレ、何?早くとってよ。」
「痛いですか?」
「いいえ、全然痛くはないの、でも、くすぐったくて死にそう。」
白蛇の明滅が止み、プランプランしていたのが急にぽとりと落ちて、またシュルシュルと移動しながら家の方に行ってしまった。
リリアナの耳も何も変わった様子がなかったので、そのままになった。
それから、徠人の事故などでバタバタとしていたが、二日ほど経ってやっとイタリアの自宅で落ち着いていた時、アンドレはリリアナの異変に気付いた。
今までリリアナは、真面目というか、例えるならキャリアウーマンを地でいっているところがあり、常に三歩先を見ているようなところがあった。
なんでもきっちりしていないと気になり、てきぱき確実になんでもやってきた。
ところが、この日はパジャマを着ている途中で寝落ちして、よだれを垂らして寝ている。
アンドレはリリアナにパジャマを着せてベッドに連れて行き、そっと自分もベッドに潜り込んだ。しかし、その後も異変は止まず…。
今度はリリアナが寝言を言い始めた。
「たこ焼きとバナナとプリン、お願いしまーす。」
アンドレがリリアナを覗き込むが、寝息が聞こえる。
アンドレは思わず、クスッと笑ってしまった。なんだか普通のかわいい女の子みたいで、今までのきびきびした感じがなくて、顔もほんわかしている。
そして、急にアンドレに抱き着いて、顔を猫みたいにアンドレにこすりつける。
頭をなでなでして抱きしめると、頬をピンクにして「んふ。」と笑った。
明日の朝起きたら、どうなっているのだろう?
そんなことを思いながら自分も眠りについた。
朝になり、リリアナの方を見ると、シーツを深くかぶった隙間からアンドレの方をジーッと見ている。
「どうしたんだい。リリアナ…。」
「アンドレって、超かっこいいって、さっき気づいた。」
アンドレが抱き寄せてキスすると…ものすごい頬を赤くしている。
「リリアナ、様子が変だけどどうしたんだい?」
「あ、あの…。幸せで、どうしていいか、わかんない。」
「何言っているんだい、僕のお姫様…。」
「幸せ、って思ったの、初めてだから、恥ずかしい。」
そう言われれば、ネガティブの要素しかないと言われるブラック・リリィから始まったリリアナは、楽しいとか嬉しいとか、口に出したことがなかった。
常に、こうあるべきと武装した状態で人と接していた気がする。彼女に何があったのかわからないが、アンドレにとっては喜ばしいことだ。




