108. 消えた徠人
病室では、徠夢と未徠が徠人のベッドの脇の椅子に腰かけて沈黙していた。
しばらく沈黙が続いた後、徠夢が口を開いた。
「父さん、徠人のことはとても残念だよ。一番最初に帰ってきて、動物病院も手伝ってくれて、うまくやっていけると思っていたんだ。ライルへの執着がすごかったからね。いつかこんなことが起こるんじゃないかと思ってた。」
「ライルがいなくなったから、おかしくなったのか?」
「多分、そうだと思うよ。話してなかったけど、ライルを殺そうとしたことも何度もあるんだ。今となってはよくわからないけれど。」
そんな会話をしている時、徠人の頭のあたりに青い光の粒子が集まり始めた。
「なんだ、これは?」
その青い粒子は、徠人の体全体を徐々に覆い、あっという間に覆いつくした。
じわじわと体にしみ込んでいくような様子を見て、徠夢が声をかける。
「徠人なのか?帰ってきたのか?」
しかし、何も返事はなかった。
その代わり、徠人の体は起き上がり、全裸のままベッドの上に立った。
無表情のまま、挿管された呼吸器を自ら引き抜き、血がしたたり落ちる喉に手を当てた徠人は、手を離すと眉間にしわを寄せ、機嫌の悪そうな顔をして不思議そうに首を傾げた。
「オマエは誰だ?」
どこかで聞いたセリフだ。
点滴の針や、計器に接続されているケーブルも引きはがし、口の右端を上げてニヤリと笑う。とても正気とは思えない。
返事に困っていると、背中から濃いグレーの翼を出し、大きく目を開き咆哮のような叫び声をあげた。ヴォーーーッ。
叫び声と同時に髪は濃いグレー色に変わり、瞳が赤くなった。まるで翼の生えた鬼だ。
「力がわいてくる。」
「おい、お前本当に徠人なのか?」
徠夢が声をかけたが、一瞬で徠人の体はその場からかき消えた。
徠夢はアンジェラやアズラィールに電話をかけて、徠人が生き返ったが様子がおかしく、本来持っていない能力を使いどこかに消え去ったと伝え、十分警戒するように促した。
徠人に何が起こったのか…。誰にもわからなかった。
徠人は家の自室で服を着て、そのまま転移してどこかに消えた。
それと同じ時、朝霧邸のアンジェラの部屋では、またライルの日記がパラパラとめくれ、新しいページに血を指でなぞった様に、『緑次郎』と書かれていた。
その場に居合わせたアンジェラとアズラィールは背筋が凍った。
「緑次郎ってアズラィールの義父の名前だろ?」
「はい。何か緑次郎に関係することが起こるのでしょうか?」
過去に転移できるのは現在、リリアナ、もしくはアンドレとアンジェラが合体した場合のみだ。
一度皆で集まって情報を共有したいとアンジェラは申し出た。
翌日の早朝、一度イタリアに戻ったリリアナとアンドレも合流した。
朝霧邸で昨日起きた徠人の失踪、見た目の変化、話したことなどを家族全員で共有した。
なるべく一人にならず、複数で行動を共にし、何かあったらリリアナに電話をするように取り決めた。




