105. 進展のない日々
十二月二十五日日曜日。
今日はキリストの誕生日だ。
まぁ、そんなことを深く考えているのはこの家の中ではニコラスくらいのものだと思う。
ニコラスは昨夜のリリィの事故の時から、ずっと神に祈っていた。
「神よ、どうか天使様をお救い下さい。」
リリィは対外的には誤って池に転落したことになっている。
本当のことを話しても、説明がつかないからだ。
アンジェラは一人病院で付き添ったまま一夜を明かした。
アンドレとリリアナはイタリアに一度戻って仮眠をとった後、病院へ戻ってきた。
リリアナがアンジェラに提案する。
「アンジェラ、辛いのはわかるけど、ここに置いておいてもリリィがどんどん悪い状態になって行っちゃう。言いにくいけど、一旦リリィを封印の間に連れて行きましょうよ。」
リリアナはさらに続けた。どこかに彷徨っているリリィの魂さえ見つかれば、なんとでもなる。
今はリリアナの提案通りにしておこう。他に選択肢はない。
病室で、点滴や呼吸器の管を外すとアラームが鳴ったが、リリィを連れ封印の間へ直接飛んだ。アンジェラがリリィの体を玉座に座らせ、リリアナが呼吸器を挿管した跡や注射針の跡を癒した。
アンジェラはそこにずっといたいと言ったが、他にもやることはあるだろうとアンドレに言われてイタリアの家に三人で戻った。
勝手にリリィの体を運び出してしまったので、病院では騒ぎになっていた。
病院から連絡をもらったアズラィールは、病院に行き、受付や騒ぎとなっている人たちに赤い目を使い「リリィは別の病院に転院した」と思い込ませた。
リリィが植物状態になっている件に関しては、アズラィールもかなり傷心していた。
あんなにやさしい父親だと思っていた徠夢があんなことを言い、リリィを傷つけるなんて…。確かに思い返してみれば、徠夢はライルにもリリィにも関心がないように見えた。
自分がしたように、三年もかけて息子を助けるために遠い地まで行くような熱意は徠夢には感じられなかった。自分を基準にしてはいけないのかもしれないが、今となっては心がない男だと思うほかない。
ライル、いやリリィ、自分たちのために必死で助けてくれたその人をアズラィールもあきらめることはできなかった。
何とかして、取り戻したい。
リリィの体を封印の間に移動した後で、どうにかリリアナの震えはおさまった。
リリアナはアンドレと共にいつもの日課をこなしながら。リリィの魂を探し続けた。
アンジェラは仕事の合間にリリアナとアンドレに合流し、何かリリィの痕跡がないかを探し回った。
そうして、気付けば、なんの手がかりもないまま、四か月が過ぎていた。
リリアナとアンジェラのユートレア訪問は、アンドレが十五歳になるまで続けられた。
ユートレアの先王オスカーが流行り病になったときは、それに効く薬草をマルクスから教えてもらい、オスカー王をはじめ、たくさんの人々を助けた。
オスカー王は助かり、アンドレは王太子として、リリアナを王太子妃として迎えてくれた。大量にストックしていた金塊はユートレア小国へリリアナの持参金として献上し、
小さい国ではあるが、豊かで穏やかな国として栄えたようだ。
歴史は少し変わってしまったようで、アンドレには随分と年の離れた妹が生まれ、アンドレが王位を継承し五年ほど王として君臨した後は、その妹が女王として跡を継いだ。その孫娘の夫が、例の赤いチリ毛のプロレスラー似のフェルナンドである。
基本的にアンドレは王位を返上した後も度々ユートレア城を訪れていた。
大きな川が氾濫し、ユートレアの国土のほとんどが流されそうな時にも、アンドレとリリアナが駆け付け、嵐を能力で操作し、城や町の建物が流されることのないよう、貢献したのだった。
リリアナはリリィがいなくても自分ができることは努力を惜しまずにやった。
そして、これからはアンドレが十八歳、リリアナが十六歳という年齢で、これからの現代で生きていくことになる。
アンドレとリリアナがアンジェラに報告した。
「アンジェラ、今までかなりの時間を割いてしまったが、おかげでユートレアの皆が幸せに、そして私とリリアナも無事に結婚することができた。ありがとう。」
「私は何もしていないよ。全部自分たちで切り開いたんじゃないか。私も君たちを誇りに思うよ。」
「うん。アンジェラ。ありがとう。」
「だがね、これからは少し芸能活動に時間を割いてもらうよ。これは、社長命令だ。」
リリィに関しては進展がないものの、できることを一つ一つクリアしながら、日々の生活は進んでいった。
そして、もう記憶に薄くなっているが、本来リリィが刺されて死ぬことになったであろう事件が起こるはずの日がもうすぐやってくる。




