100. 独立心と野望
イタリアの家に戻ったが、時差があるのでまだ朝の七時過ぎだ。
日本で皆と夕食をとろうと思っていたのだが、帰ってきてしまったので朝ご飯を用意する。かえでさんの様にはいかないが、パンケーキを作ることにした。
必要なものは冷蔵庫やパントリーにあったので、エプロンをして髪をまとめて鼻歌交じりでガンガン焼いていく。
「朝ご飯できたよ~。」
僕が呼びに行くと、アンドレとリリアナはチェスをしていた。
アンジェラは読書。三人はキッチンのカウンターテーブルに横に並んで座って食べ始めた。
「ねぇ、これこんな味だっけ?」
リリアナがアンドレに聞く。
「あぁ、おいしくできているよ。いつもと変わらない。」
「自分の口で食べたの初めてだからかな?」
「リリアナはパンケーキ嫌いなのか?」
首を横にぶんぶん振って、リリアナが笑いながら言った。
「そうじゃなくて、すごくおいしいから、何かいつもとちがうのかと思った。」
僕はなんだかうれしくなって目頭が熱くなった。
イチゴとホイップクリームとメープルをいっぱいかけて、ニコニコしながら食べるリリアナを横でニコニコしながら見つめるアンドレ…。
微笑ましいな。リリアナの口の周りのホイップクリームを途中で舐めるのはどうかと思うけど。
朝食を終えて片付けた後、リリアナがお願いがあると言い出した。
「ユートレアの王子様に会いに行ってもいい?」
「え?それってアンドレなんだけど、わかってるよね?」
「うん、わかってるけど。ダメ?」
「いや、いいけど。何しに行くの?」
「この前行った時に、また来てね。って言われたから。」
そういえば、言ってたけど…。あれは王妃の毒殺回避のために行ってたわけで…遊びに行ってたわけじゃないんだけどな…。アンジェラに視線を向けると、ニコニコ笑ってて頷いている。
「アンジェラはいいと思う?」
「あぁ、いいんじゃないか。子供同士遊びたいんだろ?」
「やったー!じゃ、アンドレと一緒に行ってくるね。」
リリアナはお気に入りの服に着替え、イチゴをお土産にすると言ってガラスの容器に入れると、僕とアンジェラを置き去りにして二人は転移していった。
大丈夫かなぁ、三歳児と超過保護な彼氏…。
リリアナとアンドレは前回訪れた時の一週間後のユートレア城にやってきた。
午後のお茶の時間だ。王妃のサロンに転移すると、ちょうどちびっこアンドレが現れた。
「リリィ、また来てくれたの。うれしい。」
そういってリリアナに抱き着くちびっこアンドレ。
「あのね、リリィじゃなくて、今日からリリアナになったの。忘れないでね。」
「え?そうなの?」
「うん、だからアンドレのお嫁さんになれるんだよ。」
「え?本当に?」
そう言いながら大人のアンドレを見上げるちびっこアンドレ…。
大人のアンドレは複雑な笑みで無言…。
ちびっこアンドレは王妃を探しに行ってしまった後、すぐに王妃を伴って帰ってきた。
「母上、リリアナが僕のお嫁さんになってくれるって。」
「あら、リリィ?リリアナ?同じお嬢さんに見えるけど、アンジェラさんの奥さんだからダメって言ってなかったかしら?」
「リリィがアンジェラの奥さんで、リリアナはアンドレの奥さんになるの。」
「あら、そう。うれしいわ。」
と言いながら、大人のアンドレにこっそり「どうなってるの?」と質問する。
アンドレは四人で撮ったスマホの写真を見せた。
「あら、リリィとリリアナ?アンドレとアンジェラ?」
「はい。神が私の願いを叶えてくれたようです。」
「でも、今度は小さすぎないかしら?」
「成長するまで待ちます。」
幸せそうにそう宣言するアンドレに王妃も微笑んだ。
そこに、リリアナが持ってきたイチゴを王妃に渡してニッコリ。
「これ、おいしいからアンドレに食べさせたいの。」
侍女にイチゴを渡し、洗って皿に盛りつける指示をすると、アンドレとリリィの前に置いた。
「お茶にしましょう。」
そう言って王妃と大人アンドレとちびっこアンドレとリリアナはお茶の時間を過ごした。
途中、リリアナは結構な爆弾発言をしていた。
「王妃様、リリアナはアンドレに勉強も運動もできるかっこいい大人になってもらいたいの。」
「そうね、アンドレ。頑張りなさい。ほほほ。」
「それでね、王妃様。リリアナがアンドレに勉強を教えてもいい?」
「リリアナが?」
「将来役に立つことを教えたいから、毎週同じ日に一時間ずつ。アンドレに用事があるときはお休みでもいいから。」
「わかったわ。一週間に一時間だったらそんなに大変じゃないわよね。」
「やったー、毎週リリアナに会えるんだね。」
「うん。次から道具を持ってくるね。」
二人の楽しそうな顔を見て、王妃がニコニコと見守っている。
そんな王妃のうれしそうな顔を見て、大人のアンドレも幸せだと思うのだった。
あっという間に一時間が過ぎ、帰る時間となった。
バイバイをして、また来週ここでね、とハグをする。
二人は転移して帰って行った。
家に戻ると、リリィとアンジェラはサンルームの工事業者と打ち合わせをしていた。
いよいよ工事が始まって、グランドピアノを置けるようになるみたいだ。
リリアナがアンドレに急に聞いた。
「アンドレ、お金持ってる?」
「少しなら…。」
「少しかぁ…じゃあ、ちょっと稼ごうかな…。」
「え?どうやって?」
「ちょっと待っててね。アンドレ、スマホ持ってる?」
アンドレがスマホを差し出すと、リリアナはネットでどこかの場所を調べ始めた。
「ここと、ここがもう人がいなそうだから、いいね。」
「どこかに行くの?」
「うん、山。今日はこっち。」
「何をするんです?」
「行ってからのお楽しみ。」
リリアナはアンドレの手を取り地図アプリでマークした場所に転移した。
そこは封鎖された何かの発掘跡地だった。
「ここね、ずーっと昔に金を掘ってたとこらしいの。もう金はないんだけど。」
「どうしてこんなところに来たんですか?」
「今はもうないけど、五百年まえだったらいっぱいあるのよ。しかも、その時にこの土地を所有している人はいないの。」
「え?」
「掘ったもん勝ち。」
手ぶらでかわいいワンピースを着た三歳児が腰に手を当てドヤ顔をしている光景に、アンドレも苦笑。
「今、笑ったでしょ。もお、早く行こ。」
リリアナはアンドレの手を掴んで転移した。
そこは、先ほどの場所の五百年前らしい、確かに何もない丘の上だった。
リリアナはその辺に落ちている棒を拾って地面に直径三メートルほどの円を描くとアンドレに三十メートルほど下がるように言った。
「危ないからちょっと下がっててね。すぐ終わるから。」
リリアナが翼を出した。大きい灰色の翼だった。空中に浮かびあがり目を瞑って数秒、大きく見開いた瞳は黒かった。
リリアナが大きく腕を上げるとさっき円を描いた地面がそのままの形でせり出してきた。
二十メートルほどせり上がり、まるで円筒のビルのような土の塔に今度は腕を振り下ろして雷の矢を何百と落とす。
その雷の矢は、金属に吸い寄せられ、金属に感電しその周りの土の組織を壊していく。
リリアナが土の塔の上に降りるとその塔は、ゴゴゴッと音を立てながら地面の中に戻っていく。
地面がうっすら円の形を残すだけになり、周りにはゴロゴロと金塊が落ちていた。
「アンドレ、引いた?」
「す、すごい。感動しました。」
「一応言っておくけど、犯罪ではないから。」
リリアナは金塊を一か所に集めるとそれを現代のユートレア城の王の間のクローゼットへ転移させた。
「物だけ送ることもできるんですか?」
「そうみたい。」
「じゃ、行きましょ。」
アンドレの手を取り二人でユートレア城の王の間に転移する。
クローゼットに入ると大量の金があった。
そのうち三~五センチくらいの塊を三個手に取り家に戻る。
キッチンにある秤で重さを量ると三百グラムほどあった。
「これでしばらくは大丈夫かな…。」
これをどうするんですか?と聞くアンドレの口をふさぐようにリリアナは口づけをし、二人は一人に合体した。金髪の長髪に碧眼の青年になった。
「うん、完璧~。でも最後にこれだけはアンジェラに頼まないと無理か…。」
「なんですか?」
「この姿での身分証明書発行。金を売るには必要なの。でも二人には身分証明書がないでしょ?それに、アンジェラと同じ顔で金なんか売りに行ったら大騒ぎになるから。」
「なるほど…。」
二人は、その姿のままアンジェラとリリィのいるアトリエに走って行った。
「うわっ、誰?」
アンジェラの意外なリアクション。
「アンドレとリリアナの合体バージョン。」
「なんで合体なんてしてるんだ?」
「この顔で身分証明書作ってほしいの。アンドレの顔はアンジェラと同じで外ではキャーキャー騒がれちゃうから。」
「確かにそれは言えてるな…。いいよ、ちょっと電話して来てもらうから待ってて。」
「ありがとー。」
リリィがまじまじと合体した二人の顔を見る…。
「僕とアンジェラが合体した時はアフロディーテで、僕とアンドレの時は黒髪と銀髪で両方女性だったけど、アンドレとリリアナだと金髪の男の子になるんだ…。へー。」
「名前はどうする?」アンジェラが質問をする。
「それは、アンドレ・ユートレアでいいんじゃない?あ、素のアンドレの身分証明書も作ってほしい。リリアナのはもうちょっと大きくなってからでいいけど。」
「ところで、どうして身分証明書が欲しいの?」
僕が聞くと、少し恥ずかしそうに下を向いた後答えが返ってきた。
「事業を興して金を稼ぐ。」
「ほぉ、頼もしいな。でも金ならいくらでも使っていいんだぞ。」
「わかってる。そう言ってくれるって知ってるけど。自分たちの力も試したい。」
「だったら、その姿でデビューしたらどうだ?ジャンルはアイドルだな。アンジェラプロデュースで。」
「それじゃ、また外を出歩けなくなる。」
「反対向きに入れば姿は変わるだろ?」
「あ、そうか…。じゃあ、ちょっと失礼して。」
合体を解いた二人は、今度はアンドレがリリアナに口づけを…って長くないか?
三歳児相手にチューが長い…。
ピンク色の光の粒子が二人を包む。
「ピンク?初めて見たね。」
粒子が徐々に実体化すると…ゆるふわのピンクがかった薄い金髪に、細身のすらっとした足、そしてこぼれそうなほど大きな碧眼にピンクの小さな唇。
「かわいい~。」
思わず僕が叫んだとき、アンジェラが写真を撮っていた。
「どうしたの?」
「事務所の方に写真送っておいた。こっちを見たら、さっきのが地味に見えて仕方がない。ところで、男か女か教えてくれないか?」
「あ、男です。」
顔を赤くしてアンドレが答えた。というか、声は混ざらないんだ。少し高めのアンドレの声のみしか聞こえてこない。
事務所から返信が来た。
「おぉ、そいつを絶対捕まえておけ。と返信が来たぞ。デビュー決定だな。」
「ねぇ、翼は出るの?」
ザシュ。
「出た。」
「何か要望はあるか?なんでもいいから言ってみろ。」
「仕事は週に一日しかしたくありません。」
「いいだろう。年齢設定が難しいな。後で名前を考えよう。」
「ねぇ、ジュリアンってどう?」
「いいな。雰囲気が合ってる。」
そのあと、すぐにアンジェラが手配した身分証明書を作ってくれる人が来たので、アンドレは十八歳、ジュリアンは十六歳、そして金髪のアンドレは二十歳として3パターンの身分証明書を作ってもらうことになった。
身分証明書を作ってくれる人が帰り、一息ついたところで、事務所とオンラインミーティングが始まった。
「アンジェラさん、その子はどちらで見つけたんですか?」
事務所のデビュー担当者が質問を始める。
「うちの中だ。」
「え?」
「あ、あぁ、うちの親戚の子供なんだ。今うちに一緒に住んでるんだよ。」
「なるほど…。」
「それは伏せてデビューさせてくれ、出身地不詳、年齢も不詳、性別は男。」
「特技は何かありますか?」
「馬術と武術と剣術と…。あと、多分ピアノ弾けます。リリィのおかげで。」
「聞こえたか?脱げるのは上半身まで。ちょうどあと三日でうちのサンルームが出来上がるんだ。そこにピアノを入れるから、ビデオ撮って送るよ。」
「わかりました。それを見てからどういう方向で売り込むか考えます。」
とんとん拍子にデビューが決まった。オンラインミーティングが無事終了した。
最後にアンジェラが一言追加した。
「稼いだ金は全部自分たちのために使え、いいな。だがギャンブルと薬物は禁止だ。」
「言われずともわかっております。」
なんだか仕事しているときのアンジェラが超かっこよくて、僕は見とれちゃった。
アンドレとリリアナはというと、合体を解いた後にアンジェラにおこづかいをもらって買い物に行ったみたい。
三日後サロンの工事が完了し、真っ白いグランドピアノが設置された。