10. 遠い国の誰か
二階に上がると、僕の住む市と姉妹都市になっているというドイツのとある市の歴史を紹介する展示が期間限定で行われていた。
「へぇ…。こんな小さな市でも姉妹都市なんてあるんだね。」
ずいぶん昔から交流があるのか、交流開始から100年記念と書かれている。日本の鎖国っていつまでだっけ?
展示の品物は殆どが写真とレプリカらしいが、どれもかなり強烈な物ばかりだ。
魔女を拘束するための手かせ、足かせ、そして拷問用の器具。見ているだけであちこち痛くなりそうなトゲトゲだらけの椅子や、ペンチみたいな指を潰す道具。
おぇ~。ヤダヤダ。僕、そういう趣味はありません。
やる方もやられる方も勘弁です。
展示の最後の方に、大きなパネルにその町に伝わるお話が書かれたものがあった。
話はこうだ。
今から百三十年ほど前、彼の地では魔女狩りが盛んに行われていたそうだ。他のものに影響を与える者や、知識の高い者、とにかく政府に不都合な者達は皆魔女として狩られ、民衆の前で見せしめのごとく焼き殺されたのだ。
中には、本当に不思議な力を持ち、その地の民のために尽力したものもいたという。
ここで、紹介されていたのは、ある家族だ。
その家族は四人。高齢の祖母、若く美しい母、まだ十歳にもならない息子、三歳の娘。
魔女狩りの犠牲になった家族だ。
この家族は代々薬草の採取を生業とし、病人を治し、周りからとても慕われていたのだという。
ところが、隣町の薬屋を営む男が、自分の利益を増やしたいがために、この家族を魔女の一家だと政府に密告し、それを知った町の若い衆がこの一家の家に火を放ち焼き殺されたのだという話だ。
炎の勢いはすさまじく、焼け跡からは死体も何も出てこなかったらしい。
しかし、その後、この町では恐ろしい流行り病が広まり、町の薬屋の薬では病は治ることもなく、たくさんの人が死に、町の人口は半分以下に減ってしまった。
この一家に火が放たれた日は満月で月が異常に青く光っていたことから、このことを現地の人たちは〚蒼い月の悪夢〛と呼んでいるそうだ。
「へぇ、青い月ねぇ。さっきも青い月出てきたね。」
「くすん、何だか悲しいのです。」
アダムはテンション下がりまくりの様子だ。たくさんの死者を出してしまったその町では、焼き殺された一家を悼みその後は一切魔女狩りは行われなかったそうだ。
この蒼い月の悪夢が起きたのは一八七五年七月二十八日と記述がある。
僕は、ふと視線を下げた先の展示品の影に写真立てがあることに気が付いた。
覗き込んで見ると、背筋が凍るような感覚に襲われた。
「ア、アダム、これ、これ見てくれよ。」
「何ですか、ライル。うぇ?」
その写真立てには、色褪せた古い写真が入っていた。
そしてその説明には、魔女と言われ焼き殺された一家。と書かれている。そして、その家族の中に、僕と全く同じ顔の少年が写っていた。
誰なんだ、この遠い国の誰かは。
僕は思わずよろめき、その写真立てに手を触れてしまった。
「あっ。」
「あーっ。」
僕とアダムの声が同時に発せられた。
僕の手が、写真立てに触れた指先から、キラキラと金色の砂の様に崩れ落ち、消えてゆく。
一瞬の事だった。
ライルは、消えたのだ。
今までは、ライルが頭の中で考えるだけでダダ漏れだった彼の思考もアダムにはもう入って来ない。
アダムは、その場から転げるように資料館を後にした。
とにかく家へ、とにかくライルの父上様に、このことを説明しなければ。
途中何度も転びながら、アダムは家へと急いだ。