踏切と背中
しなびた背中が、他のいくつもの背中の群れから外れて、暗い路地へと入っていきました。踏切の音が聞こえてきて、背中がわずかに上下しました。
「ここの踏切、長いんだよな」
ぽつりとつぶやいて、猫背に曲がった背中は伸びをするように反対にそりました。そして、わずかに上を向きます。
「……こんなに星って、あったんだ」
しばらくそったまま、背中は止まっていました。星は変わらずまたたいています。踏切の音だけが、暗闇にむなしくひびいていきます。
「こんなたくさん星があるなら、だれも知らない星ってのもあるんだろうな。誰にも名前をつけてもらえていない、見つけてもらえてすらいない星もあるんだろう」
電車のガタンガタンという音が近づいてきました。背中はまだそったままです。そして、電車が踏切の前を通過していきました。
「……おれの仕事だって、きっとそうなんだろう。それに、おれの人生だって」
背中が再び丸まりました。電車は通り過ぎ、ようやく踏切が開きましたが、背中はまだ動きません。と、背中のとなりを、一人の男が通り過ぎていきました。
「ふんふふーん、ふふんふーん……」
背中がハッとしてふりかえりました。若い日の思い出が、走馬灯のようによみがえります。
――あの星をおれはつかむんだ! そしておれが、おれの歌が、あの星と同じようにみんなを照らすんだ――
――なんでやめるんだよ! なぁ、ベースはお前しかいないんだよ、そうだろ? もう一度考え直してくれよ――
――とうとう、ひとりぼっちになっちまったな。……なぁに、弾き語りでもなんでも、いくらでも方法はある。おれはあの星をつかむまで、絶対あきらめないぜ――
――「ありがとうございましたー」……はぁ、バイトの連続で、歌を作る時間もない。それどころか、早く定職につかないと、おやじとおふくろが――
――来る日も来る日も、パソコンに向かって数字を追いかけて……。ギターも売っちまった。あの星、まだあるんだろうか――
――疲れた……早く帰って寝よう――
ずっと昔に歌った曲が、ハミングで聞こえてきて、若かった、そして今は年老いた男は、相手の背中をじっと見つめていました。踏切が再び鳴り始めます。男は踏切の先の闇を、そして背中を交互に見て、そして……。
「待ってくれ、なぁ、あんた……!」
背中がふりかえりました。ずっと昔に見た顔が見えて、男たちはわずかにほほえみました。
「……もう一度、星をつかまないか?」
質問した男も、質問された男も、二人とも空を見あげました。ちょうど流れ星が落ちていきましたが、男たちの目にはにじんで見ることはできませんでした。……ですが、確かに流れ星は落ちたのです。男たちが、確かに昔星を追っていたのと同じように、確かに……。
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