白黒付けない異世界生活
『君たちは私の実験体だ…いい結果を期待しているよ。』
最後に見たのは変なジジィの不適な笑い。最初に見たのは見慣れない建物。
体を起こした場所は棺桶で、周りには空っぽの9個の棺桶、そして1人の男が立っていた。
「おはようさん。相変わらずの寝坊助のようで。気分はどうや、ギン。」
「そのしゃべり方…霞か?どうしたんだお前…イメチェンか?」
「なんでやねん。」
見知らぬ男の正体は、どうやら幼馴染みの霞のようだ。見た目は大きく変わってしまっているが、雰囲気や仕草から霞だとわかる。
「ギンはあんまかわらんなぁ…まさかお前が僕らをここに連れてきた犯人か?」
「ナンデヤネン。」
霞は冗談や、と肩を窄めて建物を見渡す。
「教会…やろか。この棺桶もようわからんし…どないする?」
「誰もが霞みたいに冷静じゃないんだよ。俺は軽いパニックなうだ。もう少し待て。」
「ほなちょっと外出て来るわ。」
そう言うと霞は危機感のかけらも見せずに教会の外へと足を運んで行った。
「…さすがに冷静すぎるだろ。あれが霞なりの落ち着く方法なのか?」
あまりにも冷静な霞を見て、俺もわずかな落ち着きを取り戻すことができた。こんな風に霞の冷静さに助けられるのは何回目だろうか。
「さてと…」
俺も霞同様、外に出ることにした。いつまでも気味の悪い棺桶に入っていても仕方が無い。
教会はそこそこ広く、日本ではなかなか見ることができないだろう、立派な物であることがわかる。
ぐるっと教会を見渡し、何もないことを悟った俺は、先に霞が向かった教会の外へと向かった。
「…どうした?」
「なぁ、ギン、ここどこやと思う?」
教会の入り口の扉を開け外に出ると、霞はまだ扉の前で突っ立っていた。
理由はすぐにわかった。なんせそこは…
「少なくとも、日本じゃないことは確かだな。」
俺たちの異世界ライフが始った。
_______________________________________________
「そろそろ仕事せんと、ほんまに飢え死にしてまうで。」
そう言って霞はあきれ顔で、ソファで寝転がる俺をのぞき込む。
「確かに…じゃあこの婦女暴行事件。これなんかどうだ?」
「人が亡くなってるいうのに、お前はいっつもそうやな…」
俺は体を起こしソファへと座り直すと、机の上の新聞をそのまま霞へと渡した。」
「確かに、この犯人やったらよさそうやな。なんなら遺族からお礼とか、警察からも何かしらもらえるやろうから、ええんちゃう?」
「やろ?」
「エセ関西弁はやめぇ言うてるやろ。」
そう言って霞は俺と向かい合う形で机を挟んで対面のソファに腰を下ろす。
霞が飲んでる紅茶はもうずいぶんと前に入れたもので、かなり冷めてるはずだが…ずいぶんと熱そうに飲んでいる。
「せやけどこの犯人、ずいぶんと手の込んだ人らやで?ええんか?」
「人ら?それ、複数人の犯行なのか?」
「記事見たらわかるやろ。警察もわかってへんのやったらだいぶアホやで。」
「説明求む。」
霞はなんでわからへんねん…とでも言いた気なため息をこぼす。
「ええか?一回で理解せぇよ?まず犯行現場やけどな、ぜんっぶバラバラや。1人でやっとるとしたらだいぶ面倒くさいで?
ただこれだけやったら、犯人が1人で一生懸命やった~言うてもおかしない。けど2回目と3回目の犯行現場。これは不可能や。
被害者がほぼ同時刻に死んどるんやからな。」
「ストップ、記事には被害者が死んだ時間もだいたい書いてあるが、距離的には魔法車で1~2時間程度…別におかしい話じゃないだろう?」
魔法車は文字通り、現世で言うところの車だ。
速度もそれほど変わらず、機構もよくにている。
ただこちらの世界にはガソリンがなく、代わりに人がもう魔力を動力源にして動いているため、人によって速度が違うのが欠点だ。
その代わりに音が小さく、最高速度も上限がないのが利点であり、F1レーサー顔負けの速度で街中を駆け抜けていくこともある。
「ギン、お前天気予報とかぜんっぜん見んタイプやろ。まぁこっちの世界で天気予報とかないけど。」
「安心しろ、現世でも見たことない。おかげで鞄の中には常に折りたたみ傘が入っている。」
「なんの自慢にもなってないっちゅうねん。」
霞は軽く咳払いをし、「話戻すで。」と再び話し始める。
「その3回目の犯行現場、死亡推定時刻のちょい前に突然雪が降ったんやって。一瞬やったらしいけどな。
その日は猛暑やったはずやのに…不思議な話やろ?」
そう言ってまた熱そうに紅茶をすする。
ここまでの説明でようやく俺にも理解ができた。要するに…
「魔法か何かで死亡推定時刻を大幅にズラした…って訳か。」
「ご明察。わざわざそこだけ同じ日に、違う場所で人殺してるねん。間違いないやろ。
しかも結構ええ腕した魔道士が絡んどる可能性が高いってわけや。」
「めんどくさそうな事件だったんだな…。どうする?」
「そんなもん、僕らがやらなしゃーないやろ。」
霞は即答した。
いつも面倒事は極力嫌う霞だが、こいつも現世では警察の端くれ。こういった事件は見逃せないのだろう。
「だろうな…じゃあちょっと、考えるわ。」
「頼んだで。」
俺はまたソファに横になり、目を閉じる。
いつもの光景に小さく微笑んだ霞は、また紅茶を熱そうにすすっていた。