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日常のようなもの 6

 夕焼けで茜色に染まった空をバックに、俺は一人ブランコを漕ぎ、金属の軋り音を奏でていた。




 …はぁ。



 ーーこれで通算何回目だろうか。少なくとも百は越えただろうな。就活ってこんなに過酷だったっけ…。

 

 面接で落ちた回数を脳内でカウントしながら、俺は再び大きな溜息を吐いた。


 溜息をすれば幸せが逃げていく。

 何て話を耳にしたことがあるが、それが本当だとしたらもう俺には一切幸せなんて残ってないだろう。

 思い返せば現代に戻ってから溜息しか吐いてない気がする。



 これも全て、あの声のせいだ。「祝福です」とか言ってたけど、容姿の不変とか、もはや完全に呪い。

 近所の人に容姿が変わってないことに気づかれたら面倒なことが起こることは分かっている。故に、長い期間同じ所に滞在できないし、同じ仕事を継続することもできない。


 つまり、数年経ったら転職をしなければならない。現代社会で暮らしていく上で、今後就活は何度も繰り返さないといけない。

 なのに就活するたびに百回も落とされてたら、流石に身が持たないしキツすぎる。


 

 せめて髪色くらいは自由に変えさせて欲しかった。


 空でさえ、こんなに色が変わると言うのに。

 まるで変化の兆しも見せない自分の空色の髪を指にクルクルと巻き付け、それを傍目に空を見上げた。



 青だったり、赤だったり、黒だったりと空は様々な色を持つ。

 空色、だと言うならば俺の髪も空と同じように変化しても良いはずだ……。



「…なんてな。馬鹿じゃねーの、俺」


「あれ、あの髪色は…ソラちゃんか?」


 背後から、ふとそんな声が聞こえてきた。

 振り返って見れば、フェンスを挟んだ先に同居人の黒髪の剣士が突っ立っていた。


 格好は作業服で、顔は煤だらけ。

 つい先程まで仕事をしていた感を醸し出していた黒髪剣士は、俺の背丈ほどあるフェンスをヒョイっと軽々と乗り越えると、顔に付いた煤を袖で拭いながら言った。


「どうしたんだ、こんなところで?」

「特に他意はないよ。何となく寄ったのがここだっただけ。黒髪こそ仕事は?」

「今は休憩中。あと十分くらいで戻るさ。それにしても暑くなってきたな……なんか買ってくるけど、何がいい?」

「じゃあ、あったかいコーヒーで」

「まぁ、確かにソラちゃんには暑さは関係ないな。わかった買ってくる」


 そう残して公園の入り口にある自動販売機に向かっていく黒髪剣士を、のんびりと眺める。



 人間で、長身で美形で、何より黒髪と。

 黒髪剣士は現代社会で生活するにおいて、転生者仲間の誰よりも素晴らしい容姿を誇っていた。またそれに劣らず内面もかなり良い。

 そのため、一番初めに職に就くことが出来たのも彼だし、今の住処を見つけてくれたのも彼だった。

 

 就活の回数も、俺とは違い一回で終えた彼なら、今後職を離れる時もスムーズに新しい職場を見つけることが出来るのだろう。

 

 素直に羨ましい。それに比べて俺は…。

 あーあ、世の中って何でこんなに不公平なんだろうか。


 異世界転生にしたってそうだ。

 結局転生した理由も分からずのまま、いつの間にか魔王倒されちゃってたし。

 俺たち転生した意味あったのか? 否、絶対無かった。




「…コーヒー買ってきたぞ。って、ソラちゃん。どうしたんだ、その表情は?」

「強いて言うなら世界の不条理に嘆いてる表情だな」

「何だそれ、まぁいいや。ほら、コーヒー」

「ありがと」


 苦笑を浮かべる黒髪剣士から、缶コーヒーを受け取った俺は、流れるようにして蓋を開け、口に含んだ。


「あれ? 久々に缶コーヒー飲んだけど、こんな味だったっけ?」

「分かる分かる。レーテちゃんが淹れるコーヒーを飲んだ後だと何か違う気がするよな。俺もそうだった」

「銀髪が淹れてるのってインスタントじゃないの?」

「あれ、ソラちゃんは知らなかったっけ? レーテちゃん、コーヒー淹れる前は必ずフライパンで乾煎りして、少しでも美味しく感じるように作ってくれてるんだよ」

「え、初耳なんだけど。それホント?」


 普通に知らなかった。

 聞き返す俺に、黒髪剣士は「ホントホント」と笑いかけた。


「今度作ってる所を覗いてみるといいよ。俺も覗いて知ったし。どうせ本人に聞いても素直に答えてくれないだろうからね」

「まぁ、アイツは素直じゃないからな」

「照れ屋っていうか、ツンデレ気質があるよね」

「……プッ………クッ……!」


 真顔で言われたので思わず吹いてしまった。


「……た、確かに言われてみればツンデレだな…。じゃ、じゃあさ。黒髪から見た緑髪はどんな感じ?」

「アホの子」


 即答である。


「ま、迷いもなく言ったな……お、お腹いた………」

「仕方ないだろ。目の前で奴隷に志願する姿を見せられたら誰でも弁論出来ないって」


 笑いすぎて腹痛で苦しむ俺に、でもまぁ。と黒髪剣士はさらに言葉を繋げた。


「それ以上に大切な存在だよ。勿論、レーテちゃんもソラちゃんもな」


 恥ずかしげもなく公共の場で語る黒髪剣士に、俺も小さく頷いて返す。


「………うん、同感だよ」


 

 人との繋がりは脆い。些細な事で簡単に裏切ることが出来てしまうほどに。

 だが、緑髪や銀髪、黒髪なら………信じてみてもいいかも知らないーーー



「……って、黒髪! 時間大丈夫? そろそろ時間じゃない?」

「うげ、もうこんな時間か…。悪い、もう戻らなきゃ。ソラちゃんも用事がないなら早く帰った方がいいぜ」

「分かってるよ。これ飲んだら帰る」


 半分程残ってる缶を見せると、黒髪は行きと同じようにフェンスを乗り越えようとして。

 思い出したかのようにこっちを振り返った。


「あー、そうだ。明後日の土曜日だけどさ。予定空いてるか?」

「明後日? まだ予定入れてないけど、何するの?」

「ちょっとさ。行きたいところがあるんだ」

「ふーん。まぁ、いいんじゃない? 他の皆には聞いたの?」

「いや、まだソラちゃんだけだ」

「じゃあ帰ったら銀髪には伝えとくね。早く帰ってきたら緑髪にも伝えとくから。さっさと戻ったら?」

「あぁ。悪い、頼んだ。じゃあな」




 今度こそフェンスを乗り越え、職場に走って戻っていく黒髪剣士から視線を外し、残った缶の中身を一気に飲み干す。


 温く冷めてしまったコーヒーはやはり微妙な味がした。

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