日常の裏話 1
正直言って、異世界帰りの転生者にとってこの現代社会は過ごしにくい環境だ。
派手な髪色は勿論のこと、現代社会の人間にとっては強大すぎる力が主な要因で。
普通に生きるためには力を隠さねばならず、肩身が狭い生活を送るしかない。
人目が少ない田舎であればまだしも、それが都会であれば尚更だろう。
しかしそれでも何かと便利な都会に住みたいと考えている転生者が多いのは事実である。
一概には言えないが、大抵の現代人にとっては、田舎でゆっくりとしたスローライフを送るより、都会で慌ただしい日常を送る方が性に合っているのだ。
勿論、目立つことを避けるため田舎に向かったものもいるが、それはほんの一握り。
殆どの転生者が、狭い空間で貧しい生活を送りながらも都会に住みついていた。
燃えるような赤髪をした吸血鬼ーーカガリもその一人である。
髪の色だけならまだしも、背中から蝙蝠のような羽を生やし、鋭く尖った牙を持つ。明らかに普通の人間とは異なっている彼女の容姿は都会に住むのに適していない。
それは彼女の同居人である白髪の龍人も同じで、尻からは強靭な尾を、頭からは珊瑚のような形をした角を二本生やしている彼も到底都会で普通に生活出来るような容姿ではなかった。
故に、都会に住んだところで自由に出歩けないことは確定している。
しかし、それでも彼女は都会を選んだ。
理由は単純な話でーー
のそり。
布団に包まるようにして眠っていた赤髪吸血鬼は、そこから芋虫のように這い出ると、カタカタとキーボードを打ちつけた。
そしてパソコンのモニターを見て、ニィと口を歪めて笑う。
モニターに映るは彼女が異世界に行くまで使っていたSNSのアカウント。
『天使降臨キター! 山奥の村で六枚の羽を持つ少女を見た!』
『また面接落ちたのかな? 〇〇町で話題の青い髪をした美少女が一人ブランコで黄昏てた』
『〇〇通りで女の子二人組のゲリラライブがあったんだけどさ…もう凄くて……思わず投げ銭しちゃったよ』
町の名前を検索したらすぐヒットした呟き。
十中八九転生者仲間のことである。
パソコンを入手してから毎日彼らの話題が上がらないことはなく、この確認が彼女の趣味となっていた。
「ふむ。今日はミカとソラ。アップルとレモンか。皆元気そうで何よりだな」
赤髪吸血鬼はウンウンと頷き、「リュー」と呼びかけるようにして言った。
それから十秒も立たず白髪の龍人が彼女の元へ現れる。
「お嬢、もう起きたんですか。珍しいですね。まだ十四時ですよ。タイマー掛け間違えました?」
「軽口はいい。それより、リュー。喉が渇いた」
「あー、はい。分かりました。直接にします? それとも注ぎます?」
「何度も言うが私に男を吸う趣味はない。例えお前が元女だとしてもな。なるべく早く頼む」
「承知いたしました、お嬢」
台所に向かう白髪龍人の後ろ姿を眺めながら、赤髪吸血鬼はこの身体も楽じゃないとため息を溢す。
映画や漫画の吸血鬼みたいに日の光を浴びたら灰になる、なんてことはないものの物凄い不快感を感じ、また夜は力が湧いてきて妙に目が冴えてしまう。
そのせいで規則正しかった生活リズムは完全に狂ってしまった。
そして何よりも厄介なのが『渇き』だ。
生物の生き血を飲まなければ幾ら水を飲もうと和らぐことのない異常な喉渇き。
それだけでも厄介なのに、生き血は何のものでも良いわけではなく対象によって味が変わる。
動物の生き血は飲めたものではなく、言うならば泥水を直接飲んでいるかのように感じ。
亜人の生き血は酸味が強く、飲めないことはないが、必要最低限飲みたくないと感じ。
人間の生き血は、甘みが強く、果実ジュースを飲んでいるかのように感じた。
中でも特に人間の処女の生き血は格別だった。
飲むと幸福感に満たされ、辛いことを全て忘れることができた。何度挫けそうになっても乗り越えることができた。
しかし、その事実は赤髪吸血鬼の人生を大きく変えてしまった。
いつからか彼女は人間の女にしか愛を向けることが出来なくなってしまっていた。
極上の処女を自分だけのものにしたい。
そう考えるようになっていた。
しかし、自分は異形。事情を知らない人間に自分が認められることなど無いに等しい。
だから、だからこそ。
赤髪吸血鬼は自分を認めてくれるだろう転生者がーー転生者の中でも人間の女が住みつく都会に自分も住むことにしたのだ。
せめて一人。欲を言えば六人全員落とすつもりで。
無論、緑髪の魔法使いもターゲットの一人である。
元男だろうが関係ない。今が人間の女で有ればそれでいい。
転生者仲間でハーレムを作る。
それが赤髪吸血鬼の今の目標であり、不便な都会に住んでいる理由だった。
ちなみに白髪龍人はそんな彼女に付き合わされているだけである。
「お嬢、持ってきました」
「あぁ、ありがとう」
注がれた血で満たされたグラスを傾け、コクリと喉を鳴らした。
酸っぱい。不味い。
思えば現代に戻ってから一度も血を飲んで美味しいと感じたことがなかった。
「……リュー。次の集会で誰か一人確実に落とすぞ」
「またその話ですか、いい加減聞き飽きたんですが」
「うるさい。黙って協力しろ」
「はいはい、分かりました。分かりましたよ、お嬢」
降参とばかりに両手を上げた白髪龍人は、小さくため息をついて「それにしても」と苦笑する。
「なんだ?」
「いや、まさか集会を開く理由がお嬢のハーレム作りの為なんて誰も想定していないだろうなと思いまして。きっと誰しもがこう考えてますよ。魔王を倒した者の確定の為、と」
「ハッ。そんなものはどうでもいいさ。私にとって大事なのは過去よりも未来だ。すなわちハーレム。それ以外は眼中にない」
「少なくとも一年前までは聡明な方でしたのに。何故こうなってしまったのでしょうか…時の流れとは残酷ですね」
「ほう、喧嘩を売っているなら買うぞ?」
「いえ結構です」
白々しい笑顔を浮かべる白髪龍人に、額に青筋を浮かべたまま微笑みかける赤髪吸血鬼。
集会まであと一週間。
波乱の予感がしていた。