日常なようなもの 1
人を見かけで判断してはいけない。
子供の頃から親や先生に口煩く言われ、今時小学生でも知っていること。
しかし、そうと理解していても実際に見た目で判断していない人はごく少数にすぎない。
特に面接等、初対面の人を見極める際においては「見た目で決まる」とも言われるほど大事な評価項目となっている。
今の自分の容姿は客観的に見ても極めて美形だと言う自信があるが、いかんせん。髪色がいけない。
どれだけ容姿が優れていても、反社会的なこの髪色が全てを台無しにしてしまう。最低評価へと変えてしまうのだ。
そのことを強く痛感しながら今日も一人、成果を出せず帰路へ着く。
◆
「くそ、誰が遊び歩いてそう、だ。何が真面目そうじゃない、だ。完全に偏見じゃないか! 髪色だけでネガティブな判断しやがって。何も知らないくせに勝手なこと言うんじゃねぇよ」
「その様子だと、やっぱりダメだったんですね。それ私も言われたことありましたよ」
帰ってそうそう毒を吐く俺に、珍しく家に居た緑髪が苦笑を浮かべた。
「いたのか…今日は早いんだな」
緑髪が就職してから三週間。
身分証明無し、髪色が緑。とそんな人材でも雇ってくれる会社は当然真っ白ホワイトなモノではなかったらしく、仕事の忙しさから緑髪は家に居ることが少なくなっていた。
午前七時出社にも拘らず午後九時過ぎまで帰ってこれず、加えて月に二、三度土日出勤がある。しかも内容はひたすら数字をエクセルに打ち込む事務作業。
この姿になる前、そこそこ良い企業に就いていた俺としては少し過酷なんじゃないかと思う毎日を送っている日々。しかし、緑髪の表情に疲労は見えず、常に溢れんばかりの充実感で満たされていた。
「働けることが嬉しいんです。え、疲れないのか、って? 私が皆さんの役に立ってる。そう考えるだけで疲労なんてぶっ飛びますよ!」とは緑髪の言。
働きたいと思っている俺でも、流石に同意出来かねない。いろんな意味でぶっ飛んでいた。
「今日は午前中で上がらせてもらったんです。本当はもっと働きたかったんですけど、誤魔化しが効かなくなってしまうから今日はもう帰ってくれって言われてしまって」
「へぇ…」
ブラック企業だと思っていたが、そこまで黒くはないのかもしれない。なんて俺の中で緑髪の会社の評価を改める。
「ところでソラさん。カガリさんの話ってもう聞きました?」
「カガリ? えと……たしか、赤髪の吸血鬼だっけ。金髪エルフのところに引きこもってるくらいしか聞いてないけど、なんかあったの?」
「今度皆で集まろうって話ですよ。ほら現代に戻ってから集まることなんてなかったじゃないですか。だから進捗報告も兼ねてパーっと飲もうって」
「別に集まるのは良いんだけどさ。どこに集まるんだよ…。コスプレって言って誤魔化すのも限度があるぞ」
「場所に関してはなんか当てがあるみたいでしたよ。決まり次第適当に伝えに来るとは言ってました」
そんなたわいのない会話を繰り返していると、先程から会話に参加することなく、一人小さなちゃぶ台の上で黙々と内職である造花作りに勤しんでいた銀髪小人が、忙しなく動いていた手を休めた。
「ちょっと休憩…。信じられるかい、こんなに作っても千円にもならないんだぜ。嫌になってくるよね」
どう見ても小学生……頑張っても中学生。
そんな見た目をしている銀髪小人は遠い目をしながら、淡々と呟いた。
同情はする。
月給約四万。内職は基本的に相場が安く、あまり稼ぐことが出来ない。
しかし銀髪小人の見た目では普通に働くことが出来ないので、稼ぐためにはやらざるを得ないのが現状。
外にすら出られない吸血鬼や龍人よりは幾分かマシだが、それでも銀髪小人は不憫だった。
「ならやめてしまえばいいんですよ。大丈夫です、生涯私とレンさんで養いますから」
「簡単に言わないでくれるかな!? 僕にだってプライドってやつがあるんだよ」
「じゃあ大きくなるまで養います」
「それ意味変わってないから!? これ以上大きくなれないから…」
涙目になって声を荒げた銀髪小人は、視線を俺に移すとパンパンと手を合わせ頭を下げた。
「…ソラちゃん」
「なに?」
「就職なんて諦めて僕と一緒に本格的に内職を極めてみないかい? ソラちゃんまで働き出すと僕が居苦しくなるんだ」
「知らねーよ。ほら、まだ今日のノルマ終わってないんだろ? 手伝うから貸して」
「あ、私も手伝います! これ、どうやって作ればいいんですか?」
「えー、全然休憩したりないんだけど。まぁ、いいんだけどさ。二人ともありがとね。じゃあ、さっさと終わらせちゃおうか」
今日もまた一日が終わる。
明日は小さな会社の面接と工場の面接。そろそろ受かって働き場所を決めたいところだ。
異世界にいたときの実験漬けの毎日とは違い、大して代わり映えのない平穏な毎日。
暮らしは貧困ながらも、異世界では決して手に入れることが出来なかったものがここにはある。
住めば都とはよく言ったもので、異世界での暮らしも何だかんだ悪くなかったが、やはり俺は根っからの現代っ子だったらしい。
何気ない普通の日常に浸れることを喜びながら、俺は黒髪剣士が帰ってくるまでの間、造花作りに没頭した。