闇の王子
麻弥は空を飛んでいた。妖精がいたのだ。魔法のほうきがあってもおかしくはない。麻弥の腰を押さえている青年―顔が隠れているので本当に青年かは分からないが―は何も言わずにどこかへ向かっている。
麻弥がヘレナ達妖精と遊んでいると、突如妖精の元へこの黒い格好をした青年が現れたのだ。魔法のほうきが気になって、青年の言うがままに乗ってしまったが、今思うと間違っていたかもしれない。
森の上を通り抜けると、なんだか暗くなってくる。するとまもなく全体的に黒っぽい色をしたお城が見えてきた。城の屋根の窓から中へ入ると、青年は門番らしき兵士に声をかけて麻弥を手招きする。麻弥がついて行くと、とある部屋に通された。中は外と同じように暗い色をしている。部屋を見回していると、窓辺に黒いマントを羽織った影があった。
「スイ、お前は部屋から出なさい、君らもだ」
窓辺に立つ人が冷たい声でそう言うとスイと呼ばれた麻弥を連れてきた青年は身をひるがえして出ていく。それに続いて見張りのような兵士も部屋を出ていった。ドアが閉まると、スイ達の主らしき人物はこちらに振り返った。もっと年をとっているように思っていたが、その正体は左目に眼帯をつけた若者だった。
「やぁ、俺はピーター。君が麻弥だね?」
スイがいる時とは随分と違う声音に驚いていると、ピーターは部屋のソファーに座り、麻弥にも座るようにすすめた。ここで逆らってもどうしようもないと思った麻弥は素直に従った。
「闇の王子という立場上、部下にはあのような口調で命令しなければならないんだよ。怖かったかもしれないね、申し訳なかった」
明るい口調で語りかけてくれるピーターに悪意は感じられなかったが、闇の王子という言葉を忌避しているように感じられた。何か裏がありそうな人物というのが第一印象だ。麻弥を姉から引き離し、知らない場所へ連れてきたのだから、何かしら企んでいるはず。その上、闇の王子という立場に不満がありそうな表情をしている。
「君が俺を怪しむのは当たり前さ。何しろ突然こんな暗い所へ連れてこられたのだからね」
麻弥が黙っていると、優しい笑顔になったピーターが話し続ける。
「俺は君に協力して欲しい事があってここに連れてきてもらったんだよ。それについては後々話すとして、今日はもう休むといいよ。スイが部屋を用意しているはずだ」
「闇の王子だっけ?部屋を出る前に質問に答えてよ。どうして私に協力を求めるのか、どうして私の名前を知っているのか。それからどうしてあなたは王子であることを不満に思っているのか」
麻弥は初めて口を開いて、質問する。この世界に来たばかりの私について知っているのは不思議だし、王子ならいくらでも協力者がいるだろう。ピーターの方を見ていると、一瞬冷たい視線が当たったようだ。
「君は随分と鋭いね。君についての事は王子だから分かっているとでも言えば納得するかな?それから僕が王子であることに不満を持っているなんて初めて言われたけど、確かに満足はしていない。それにも理由はあるが、君に教えるには君がこの世界を知らなさすぎだ」
そう答えたピーターはベルを鳴らしてスイを呼んだ。スイは麻弥の背中に手を添えてそっと部屋から出るように促す。部屋のドアを開けたとき、ピーターは「後で部屋に様子を見に行く。それまでに着替えておけ」と初めのような重い声で言い放った。