霧の彼方
霧にけぶる海は雨の日のコンクリートに似ていた。
そこへ一歩踏み出せば、どこか果てまで歩んでいけるような気がして、惹かれるままに足を踏み出そうとしたら、半歩もゆかぬうちに引き留めるものがあった。
振り向いて見上げれば、雲へ連なる霧の合間から合羽を纏った彼女の手が私を掴んでいた。
眼を戻せば遠く荒れた海原がある。
目を落とせば、無事では済まない落差がここにはあった。
打ち付け纏わりつく飛沫に目を細め、風にあおられてバランスを崩す。
甲高い音と重量を携えて目の前を横切った列車に、ここがどこだかを教えられた。
ほとんど崖の中腹に、張り付くようにしてこの駅はあった。
雨をしのぐ屋根も心許無く、無人の改札には人の居るべき空間さえ確保されていない。
横に立った彼女に連れられて、岩に砕かれる波を見渡すために、ここへ来たんだ。
ただ、あまりにも惹かれる光景だったから、あやうく引き込まれてしまうところだった。
しかと踏みつけることの叶わないあの海の向こう、霧に隠されたその果てで、誰かが私を呼んでいる気がした。