3章 我が父は鬼となりしや
本話の登場人物
吉乃 一章の主人公。巫女の血筋。城井の姫君に侍女として仕えていた
八郎 吉乃の腹違いの弟。彦山の僧に付き従う少年
千代姫 吉乃が仕えていた城井の姫君。
大野小弁 黒田家の家臣。城井家との戦いで命を落とす。
大野小弁の弔いに来ていた、黒田三左衛門一成や後藤又兵衛らの一行と別れた後。
吉乃と八郎の姉弟は山道を帰っていく。
「八郎、どのように見た」
「大野小弁様に関しては、命を落とされた場がよろしくなかったのかと。あそこには元々、古き神がいらっしゃいましたから」
「また、大野小弁か。ほんに、やっかいな男よ」
吉乃は、うんざりした様子でぽつりと漏らす。
八郎は、姉の様子を見て、気遣いの言葉をかける。
「あねうえ、顔色がすぐれぬようですが。少し休んでいかれては」
吉乃は、山道が少し広くなったところで傍らにある岩へ腰かける。
笈の中から、八郎が水の入った瓢箪を取り出して吉乃へ手渡す。
「前も何かあったのですか」
「城井の城に持ち込まれていた大野小弁の首からして、禍々しい気を放っていた。叔父上も危ういと感じ取られたらしく、特に供養を行ってはいたのだ」
「それはまた、困ったことです」
「まだある。小弁殿が命を奪われるきっかけとなったのは、雑兵の振り下ろした椿の棒でな。以来、怨霊が椿の木で出来た“おうこ”に乗り移って不吉な出来事を起こすと、城井谷の方では囁かれている」
八郎は、頭をふるふると振って息を漏らす。材が椿、というのもまた良くない。
椿はもろいので、荷物を運搬する際の“おーこ”の材として使われることはまずない。
わざわざ黒田方との戦いのために作ったのだ。椿の花は散る際に、花の形を保ったままぼとりと落ちる様子が首が落ちることを思わせ、武家にとって不吉な嫌がらせとなると考えて。
が、椿などは元来、それこそ神代の昔から霊力の宿る木ではないか。
人を殺める道具などにしていいものではない。
吉乃が顔を覆ってうなだれる様子を見て、八郎は悲しそうに目を細めた。
姉上は随分、弱っているように思われる。姉の身には、この半年本当に様々なことがあったのだ。
仕えていた姫は磔にされた。かつて寝食を共にしていた城井の侍女たちは逃げ延びる途中で斬り殺されて、姉が一人ひとりの身元を確認して遺族へと引き渡した。
ようやく故郷へ帰ったと思えば、今回のようなたちの悪い“たのまれごと”は次々持ち込まれる。
今日は、仇たる黒田の武士たちに会って、悲しみが強く起こされてしまったのかもしれない。心配そうに顔を覗き込む八郎へ、吉乃はかすれた声を出す。
「八郎、すまぬ。しばし休ませてくれ」
頭を下げ、目を閉じた吉乃は、意識の中へと沈んでいく。
―――大野小弁、か。
黒田兵と、城井の軍勢が小山田での戦いを終えた後。勝利をおさめた城井の武将たちは、意気揚々と取った手柄首を城井上城へと持ち帰って来た。
その首のうちの一つが”大野小弁”であった。千代姫が、首化粧の作法を習ういい機会だということで、吉乃も武将の首が集まる場に居合わせていた。
兄、城井朝房の嫁である竜子から首化粧を教えてもらっていた千代姫が一息つき、部屋の中を見回した。
並べられた首のうち、千代姫が一つを持ち上げる。
白く首化粧を施され、髪も整え直された美しい首。髷に括りつけられた札から、この若武者が”大野小弁”という名だったことがわかる。
「この首が・・・こちらをとても睨めつけている。ような気がするのじゃ」
吉乃は生首を見る。表情自体はとても穏やかで、目もぴったりと閉じられている。一般に凶相とされるものではない。
しかし、千代姫が気になるというのだから何かあるのかもしれない。
元々、城井家。つまり城井谷に土着した宇都宮家は、神功皇后が指揮を執った三韓出兵の際にも行われた、戦勝祈願の儀式を代々受け継いできたような家系。つまりはそういう力を持った一族なのだ。
吉乃は、千代姫に答えた。
「くわしく・・・見たほうがよいかもしれませぬ」
「そうじゃな。よしの、たのんだぞ」
微笑む千代姫を部屋へと送り届け、吉乃は侍女部屋へと戻る。他の侍女は、戦勝を祝う宴の手伝いで出払っており、薄暗い静寂が吉乃を包む。
吉乃は床へとしゃがみこみ、考えを巡らした。
呪術師の家の出であるのに、“巫女殿”の娘のくせに。己が身に、神も死者も降ろしたことがないことを、城井家の人々は、千代姫は知らない。
こういった時に頼りになる叔父も今、外へ出ている。
それでも、知らなければ。
5章で完結する予定です。